【音楽ギョーカイ片隅コラム】Vo.121「歌の神の化身・矢野まきとの出逢い」

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矢野まき。私が唯一、姫と呼ぶ人だ。歌の神の化身のような彼女の傍らで右も左も分からないまま現場マネージャーとして過ごしていたのは今から20年前の、前年には椎名林檎と宇多田ヒカル、少し後には鬼束ちひろが同レーベルからデビューした時期のこと。今回は彼女との出逢いについて振り返ろうと思う。


1999年の春、7月にメジャーデビューを控えた彼女のために、当時の所属事務所は専任マネージャーを探していた。一方、社会に出て初勤務したアニメ制作メインの音楽出版会社を退社したばかりの私は行きつけの美容室で「ミュージシャンのマネージャーになりたいんです」と夢を語っていた。それがきっかけでその店に通っていた客の音楽ギョーカイ人を紹介してもらい、とんとん拍子に話が進んで面接へ出向くことに。その一次面接で「次の面接までに聴いておくように」とカセットテープを渡された。後に彼女のデビュー曲となる「初夏の出来事」とその他数曲が収録されていたデモテープが歌い手・矢野まきの歌声との最初の出逢いだった。

もちろん女性アーティストのマネージャーという職を得るための面接と知って受けはしたものの、内心ではバンドのマネージャーになることに憧れていたし、90年代の日本を風靡していた電子系に高音域の女性ボーカルがのっかったサウンドが好みではなく、当時売れていた作品をほとんど聴いていなかったので「どんな女性アーティストなんだろう?」という不安な胸中でいたのだが、そんな気持ちや迷いはその歌声によって軽々と吹き飛ばされ、いわゆる“ピンときた”というわけだ。「その時の心境は?」と尋ねられれば「本当にびっくりしました」としか言えないほどその歌唱力に驚いたし、そして甘くなくて力強いその声もまたすこぶる良かった。

資料の中からプロフィールを手にとって眺めると彼女が自分より一つ年下の19歳であると知り、年も近いし、才能もありそうなこの人のスタッフになりたいと思ったし、次の面接にも向かおうと心が決まった。おそらく1曲を聴き終える前にそう決めたので、その後の私の人生の1ページはものの数分、彼女の歌声で決まったことになる。かなり一方的ではあったけれど、コネも何もなく音楽ギョーカイを志す二十歳そこそこの女子にはそれが運命の出会いとしか思えなかった。

その後も事務所の方々との面接を重ね、最終面接で本人と対面した。確か場所は当時の事務所近くにあった渋谷の寂れた喫茶店だったと記憶している。

そうして私は彼女のマネージャーになった。後で聞いた話だが、私以外にもかなりの数の人と面接をしていたそうだ。しかし最後は彼女自身が決めたという。それを聞いて単純に嬉しかったし、頑張ろうと思えた。

それから1999年7月16日のデビューを経て、2003年シングル「夜曲」のリリース直前に担当変えになるまでの時間を彼女と共に過ごした。彼女自身がデビュー日を“七色の日”と美しく称していたのがとても好きだったので、一年に一度やってくる七色の日には必ず彼女のことを想い、彼女の音を届けようと懸命だった頃の自分を思い出してきた。


ステージから降りた彼女はとても優しくて周囲に気を配る気遣いの人で、繊細さと真面目すぎるほど真っ直ぐでチャーミングな面もあり、笑いの絶えない和やかな現場が多かった。20代で仕事に思い切り邁進できたことも、何にも代え難い経験と今も大切な存在である人たちとの出逢いを与えてもらえたことも、すべては彼女の歌との出逢いがもたらせてくれたものだった。それほどの恩恵や感銘を受けながら、担当していた期間中に彼女の歌を満足いくほど世間に広く届けることはできなかった。どれほどの才能を持った人でもタイミングや運などが大きく作用するのが音楽ビジネスの世界と頭では分かっていながらも、もっとできたのではないだろうか、他にやり方があったのではないだろうかと20年経った今でも後悔の念に似た思いに駆られることがある。きっとこのことは生涯心に残るのだろう。


▲担当変えの時に本人からいただいた直筆イラスト入りメッセージ

それ以後の彼女については「【インタビュー】矢野まき、『ALL TIME BEST』から鮮烈な20年を振り返る」で訊いたとおりで、私のマネージャー人生はすでに終わっているが、矢野まきは歌い手として今を懸命に生きている。

そんな彼女のデビュー20周年を締めくくる<矢野まき 20周年企画「ありがとうのうた」完結編 東京>が、1月21日に東京・渋谷のduo MUSIC EXCHANGEにて開催された。会場は彼女のデビュー20周年をともに祝福しようと集まったオーディエンスで埋め尽くされ、2019年にデビュー20周年を記念してリリースされたベストアルバム『矢野まき ALL TIME BEST』に収録の「ポートレイト」を共作したスキマスイッチの大橋卓弥がゲスト出演するなど、見所、聴き所、泣き所が盛りだくさんのライブだった。この日のライブレポートは後日BARKSでお届けするので楽しみにしていてほしい。

文◎早乙女‘dorami’ゆうこ
撮影◎Kozue Aoki(2020.1.21ライブ写真)

◆早乙女“ドラミ”ゆうこの【音楽ギョーカイ片隅コラム】
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