【音楽ギョーカイ片隅コラム】Vo.79 「# Manchester Strong（3）」

渡英まで2ヶ月と迫った頃、地下鉄3カ所とバス1台がテロリストによって攻撃され、56人が殺されたロンドン同時爆破事件が起きた。その事件を受けて渡英するかについて深く悩んだが、日本にいたところでテロ攻撃に遭わないという確約もないと考え、計画通り渡航を決行した。

テロの脅威を初めて感じたのは、マンチェスターだった。それはミックロックの写真展をやっていたビルの周辺もIRAによるテロ攻撃で死亡者が出たことがあると聞き、ゾッとした。それは当時からたった10年前の出来事だったのでとても怖かった。ロンドンで暮らしていた頃にも自分がいた場所から1本隣りのストリートに爆弾らしきものが仕掛けられ、街が封鎖されたこともあったが、時は流れたとはいえ爆破が起きた現場に立つ経験をしたのはマンチェスターが初だった。

散々書いたが、マンチェスターでの暮らしの大部分を好きにはなれなかったけれど、すでに廃れていたとは言え数多くのロックが生まれた街には小さいライブハウスからアリーナまで様々な顔をした個性的で伝統ある箱が存在していたので、ロックは勿論のこと、学割を利用してクラッシック音楽のコンサートやフリーイベントを楽しむこともできる環境にはとても満足していたが、そうしたテロの脅威を遠くない距離で感じる土地に身を置いたことで、どんなことも対岸の火事とは思えなくなったし、俗に言う平和ボケした日本人ではなくなった。






しかし、ショックだ。あれほど嫌いだと思っていた土地だが、その地で、自分も訪れたことのある会場で行われたアリアナ・グランデ公演直後に起きた襲撃事件によって、22人もの音楽ファンの命、そして負傷された方々の尊い時間、肉体、その日の良き思い出などが一瞬で奪われ、傷つけられたことに途轍もなくショックを受けている。

2015年11月に起きたイーグルス・オブ・デス・メタルのパリ公演での悲劇とはまた違うやり方で、音楽という文化を愛し、共有する人々が、一部の酷く身勝手な者によって壊された。アリアナが事件後呟いた‘Broken'という言葉そのものだ。彼女はその後に予定されていたヨーロッパツアーをキャンセルしたし、彼女以外の公演のキャンセルも続々と発表された。マンチェスターは、音楽的な側面において完全に壊されたと思っていたのだが、それは少し違ったようだ。

市庁前で行われた追悼式では、一人の市民が「Don't Look Back In Anger」を唱い始め、それに合わせて多くの市民が同曲を唱っていた。その光景は美しく、人の持つ強さが存在していて、正しくManchester Strongだと感じた。それから、歌い出した女性は取材に対して次のようにコメントしていた。

「私はマンチェスターを愛しているし、オアシスのことも愛している。それに「Don't Look Back In Anger」はこの状況を言い当てているわ。私たちは過去を振り返らず、未来に向かって前に進まなければならない。皆で力を合わせ、うまく乗り越えていく。それがマチェスターのやり方よ」

マンチェスターとは、地元のヒーローであるミュージシャンの歌で市民が団結でき、不屈の精神と音楽が脈々と根底に流れる街なのだと、一目瞭然の光景であったし、彼女の人間力を表す言葉でもあった。そうした一市民の頼もしい言葉と大勢の心通った歌声を耳にし、なぜ自分があの地に惹かれ、向かったかの理由が今更ながら分かったような気がしている。

そして今日、アリアナはマンチェスターへ再び戻り、彼女に賛同する多くのミュージシャンを引き連れてベネフィットライブを行い、テロ被害者のための資金を集めるという。今回の襲撃事件によって、最高級の娯楽のひとつであり、空間芸術でもあるライブ／コンサートを、いつの日かテロリストの脅威に奪われてしまうのではないかという不安でいっぱいになった世界中の音楽ファンの心を軽くしてくれたのが、このアリアナの出した決断と勇気ある行動ではないだろうか。彼女の声明文を読んで、彼女と彼女の音楽をもっと知りたいと思ったし、今夜のライブが無事に終わるように心から願っている人は私だけではないだろう。

ミュージシャンが音を鳴らし、オーディエンスが熱狂する空間作りの歯車のひとつになりたくて、私は音楽ギョーカイに入った。だからこそ、人の心を癒やし、豊かにするものであるはずの音楽が人を傷つけるために使われることは絶対に許せない行為だと声を大にして言いたい。自分のために、次世代のために、音楽が紡ぐ空間芸術を残し、続けていくためにできることを全力でやっていきたいし、またいつかマンチェスターを訪れて、あの土地で暮らす強烈で熱い人々と共にライブを存分に楽しめる日が来ることを切に願っている。


文＝早乙女‘dorami'ゆうこ