【音楽ギョーカイ片隅コラム】Vo.72 「本のチカラ、『だれも知らない小さな国』に思う」
連休中、古ぼけた実家の本棚にあった本に目が留まりました。タイトルは『だれも知らない小さな国』。この青い鳥文庫シリーズの代表作の初版が刷られたのは昭和34年3月。団塊の世代から現在の小学生に至るまで、日本の子どもと大人たち300万人以上を半世紀以上に渡って魅了してきた作品です。生みの親である作家・佐藤さとる氏は先月逝去されたことを思い、相当久しぶりに手に取りましたが、やはり‘子ども向けのファンタジー'ではなく、年齢無関係に楽しめる名作と再認識し、忘れていたものを思い出すことができました。
「うまくいかないことがあった日も、仲間外れにされた日も、誰も遊んでくれない日にも、いつでも楽しい空想世界へ誘ってくれる本が家にある。だから早く家に帰って、コロボックルに会いに行こう」
こんな気持ちを抱えていたあの頃のように、「こびと」や「豆粒ほどの犬」を信じていた純度の高い心にはもう戻せませんが、いまだに息をのむような美しい景色や自然に触れた時、ひっそりと「ここならいるかも」と探す癖は健在ですし、そんな自分を嫌いではありません。
こうした心と思考の大部分は、幼少期に読んだ本によって育てられたものと受け止めていますし、小説は音楽同等またはそれ以上に読み手の想像を掻き立て、日常とは異なる別世界へと誘う美しき芸術ですから、育児にも必要不可欠。心を動かすものに触れた分だけ、豊かな心と想像力を育めるという信条を高らかに掲げ、息子にもできるだけ多くの芸術に、特に音楽と本に触れてほしいと日々環境整備に注力しています。
現在2歳の息子は、すべてにおいてボーダーレスな思想と純心を維持しているので彼にとってはすべてがリアル。時たま目にする上空のヘリコプターに乗りたいという彼の意志を叶えるため、連休で賑やかな遊園地へ行き、実行。念願だったヘリコプターに、しかも青と黄色の2台に乗れたことを大層誇らしげに、鼻息荒く興奮して話す様子はとても生き生きしていて、羨ましいほど素敵です。
そのキラキラ輝く目をした息子の姿と、本棚にあった『だれも知らない小さな国』の存在によって、幼少期の自分も彼に負けないくらいの想像力を持っていたことや、両手を広げてすべてを信じることができていたあの頃の気持ちなどの、すっかり忘れていたものを思い出しました。
一体、いつの頃から現実と妄想の狭間にあるボーダーを知り、サンタはいないし王子様も現れないと悟るようになってしまったのか。いつか息子もあのヘリコプターは本物ではなかったと気づくのだろうと想像し、少しばかり切なくもなりましたが、今は精一杯心を動かすものに出会って欲しいと願っていますし、筆者自身もまだまだ心を動かせるはずと思い直しました。というのも、歳を重ねることで経験や知恵も増え、見えていたものが見えなくなったり、信じていたものが信じられなくなってしまっても、幼少期に強く信じたものは数十年経っても消えずに心の片隅にあり続けることは、本でも音楽でも自己経験で立証済み。自己を形成してくれた芸術は、作者に感謝し、時がきたら、息子にしっかりと伝え、その時は自分の心も再び動かしてもらうつもりです。
最後に。佐藤氏のコロボックルシリーズは終わることなく、作家・有川浩氏によって書き継がれてゆくのをご存じですか?コロボックルシリーズを読んで育った有川氏に、佐藤氏自らが後継を誘い、有川氏が引き受けたそうですが、こうして書き手も読み手も世代を超えて愛され続けてゆく作品は大変珍しく、ユニークで、唯一無二です。
◆早乙女“ドラミ”ゆうこの【音楽ギョーカイ片隅コラム】
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