【レポート (後編)】<マニピュレーターズ・カンファレンス>、「シンセサイザーを“作る”ということ」

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電子楽器とコンピューターを活用した音楽制作の普及/教育に取り組む『JSPA (日本シンセサイザー・プロフェッショナル・アーツ)』の活動に、革新的な音楽とアートの創造、世界に発信する場所としてアーティストをサポートする『Red Bull Studios Tokyo』が賛同して開催された、最新シンセサイザーとDAWに関するレクチャーおよび参加者同士の討論によるカンファレンスが<マニピュレーターズ・カンファレンス>だ。10月30日に行われた“Vol.2”では、フランスを拠点にハードウェア/ソフトウェア・シンセサイザーをデザインする一方で、LADY GAGAワールド・ツアーの音色プログラミングを担当し、さらにはオリジナルの新楽器「Theresyn (テレシン)」を完成させた生方ノリタカ氏が登壇。“シンセサイザーを「作る」ということ”をテーマに、貴重なトークが繰り広げられた。

◆<マニピュレーターズ・カンファレンス Vol.2> 画像

先ごろ公開したレポート前編では、ナビゲーターである同カンファレンス・プロデューサー藤井丈司氏 (音楽プロデューサー/JSPA理事)と生方氏のトークから、同氏の経歴や、ARTURIA「Mini Brute」開発秘話を紹介した。そして今回の後編では、KV331「Synthmaster」、PreSonus「Mai Tai」の解説から、LADY GAGAワールド・ツアーでの音色制作エピソード、そして、“自由でありたい”という自身の音楽的信念を具現化させた「Theresyn」の魅力について紹介しよう。

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■生方氏の理想に限りなく近づいた
■“モンスター・シンセ”──Synthmaster

レクチャー後半、最初に紹介されたのは、生方氏がヴァージョン2.5から開発に関わっているソフト・シンセKV331 AUDIO「Synthmaster」。同社はトルコのメーカーで、生方氏が手がけたARTURIAのソフト・シンセに搭載されたプリセット音色を聴き、アプローチしてきたという。

「KV331 AUDIOは、兄弟のエンジニアが2人、あとは営業と経理など、4~5人の会社です。社長は、かつてDigidesign社にいた人物で、全員トルコ人。だから、“ケッヘル331 (トルコ行進曲)”に由来して、社名が“KV331”なんです」──生方

ここからは実際に音を鳴らしながら、生方氏によるSynthmasterのレクチャーがスタートした。

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藤井:生方さんは、Synthmasterのどこに魅かれたのですか?
生方:たとえば、FMシンセシスもできたりと、とにかく“モンスター”なんですよ。何よりもすごいのが、“裏オシレーター”があって、同じ波形を8個まで重ねて、デチューンをかけたり、パン (定位)を振ったり、位相をずらせること。しかも、それぞれのオシレーターの波形を微妙に変えられるんですよ。
藤井:それも、生方さんのアイデア?
生方:いえ、これは違います。もちろん「ああしろ、こうしろ」と言いましたけど、でも、元々は彼らが考えてきたことです。
藤井:ちゃんと仕様を考えられるメーカーが生方さんに「シンセをプロデュースしてくれないか?」と、アプローチしてきたわけですね。
生方:そうなんです。それで、私がシンセに対して欲しがっていた機能と、このシンセで実現できることが、非常に近いものになりました。たとえば、このオシレーターは倍音加算もできて、しかもサイン波だけでなく、いろんな波形が使えます。さらに、倍音加算で作った音にFMシンセシスもかけられるし、変調元の波形まで変えられる。Synthmasterは、ARP2600だとか、膨大な数のサンプリング波形を持っているんですよ。(その場で音を複雑に変化させながら)この段階で、私はまだ、フィルターもエンベロープもかけていません。それなのに、ここまで音色を変えられるのが、Synthmasterのすごいところなんです。
藤井:なるほど。ソフト・シンセのオシレーター波形というのは、元はサンプリング波形なんですか?
生方:シンセによって違います。物理モデリングで発音しているタイプもあるけど、それだとCPU負荷が大きい。サンプリング音源のいい点は、CPU負荷が軽いこと。ただ、別の問題として、サンプリング音源は、高域で“折り返しノイズ (エイリアッジング)”が出てしまう。ただ、Synthmasterは波形処理が見事なので、ほとんど折り返しノイズが出ないんです。

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そんな“モンスター”には、他にもシーケンシャル・サーキットProphet VSに搭載されていたベクター・シンセシスや、PPG Waveなどのウェーブテーブル・シンセシスも搭載。外部入力にも対応していて、オーディオ・インに声を入れればボコーダーにもなるなど、あらゆるシンセ音源が搭載されている点が、大きな特長だ。エフェクト部も充実しており、たとえばEQの設定は、エンベロープやLFOで変調させられるなど変幻自在。こうした仕様は、「どうせソフトなんだから、エフェクターのパラメーターも、シンセのパラメーターでコントロールできるようにして欲しい」という生方氏の要望により実現したもので、すべてのパラメーターは、当然オートメーションで動かせるように設計されている。



■バスドラム波形から生み出された
■LADY GAGA「Swine」のベース・サウンド

オシレーターの説明だけでも、Synthmasterのすごさは十分に伝わってくるが、「でも、もっとすごいのが、フィルターです」と、生方氏は続ける。

「ハイパス、ローパス、バンドパス、シェルビング、デュアル・フィルター、さらにはフォルマント・フィルターのように使えるコンボ・フィルターなど、考え得るすべてのフィルターが搭載されています。しかも、アナログ・フィルターは、スロープを無段階でシームレスに変えられます。一般的なシンセって、スロープが12dB/Octや24dB/Octに固定されているか、あるいは、いくつかのタイプを選ぶだけじゃないですか。これは、そのスロープを自由に可変できます。しかも、実際のアナログ・シンセのフィルターって、12dB/Octという仕様であっても、正確ではありません。必ず誤差がある。その誤差まで、Synthmasterはシミュレートできるんです。さらにこいつの恐ろしいところは、フィルターに対するオシレーターの信号レベルを変えて、歪ませられること。モーグMinimoogの音が太い秘密は、フィルター部に対して、オシレーターの出力が大きすぎることです。歪んでいるけど、その歪みはディストーションと感じるほどではない。だから“ブオン!”と、ぶっ太い音が鳴るんです。そこでSynthmasterは、プリゲインを調整してドライブさせられるうえに、どこで歪ませるかを選ぶことができます。フィルターの前なのか、フィルターの中なのか。その歪み具合も、ビジュアル的に調整できるんですよ。一番ぶっ太い音になるのは、“ビフォア・フィルタ”ですね」──生方

こう説明しながら、生方氏がSynthmasterを鳴らすと、その傍らで藤井氏は、「こんな大音量で、オシレーターの“素の音”を聴くイベントなんて、他にないよね」と会場の笑いを誘う。そこから話題は、生方氏が手がけたLADY GAGAワールド・ツアーのシンセ・プログラミングのエピソード・トークへと移っていった。

「実際のLADY GAGAワールド・ツアーでは、バンマスがARTURIA「Origin」を使っていて、それで音色を作ったんですけど、「Swine」 (アルバム『ARTPOP』収録)で“ジージー”と鳴っているベース、あの音をライブ用にOriginで再現するのは、本当に苦労しました。結局、Originが持っているベクター・シンセシスの波形を使って何とかしたんですけど、既存の波形では、あの音をどうしても作れなかった。それで、オリジナルのあの音を一波長分だけサンプリングして、ピッチを下げてみたら、何とそれがバスドラムの音だった。つまり、アルバム制作時は、バスドラムの音をサンプリングして、それをベースに使っていたというわけです。それが分かったので、私も同じように、別のバスドラムの音をサンプリングして、それをいろいろと処理することで、「Swine」のライブ用ベース音色を作りました」──生方

これら、LADY GAGAワールド・ツアーで手がけたプログラミングのノウハウを反映させ、アルバム『ARTPOP』の音色を生方氏がSynthmasterで再現した拡張音源が、「Nori Ubukata Pop Hits Vol4」だ。同じように、クラフトワークやYMO、タンジェリン・ドリームなどの音色を忠実に再現した「Dawn of Electronic Music Vol.1~4」など、生方氏は多数の拡張音色を制作している。中でも、YMOサウンドの再現クオリティは、坂本龍一氏が絶賛したというお墨付きだ。これらの音色は、Synthmasterに膨大な拡張プリセットがバンドルされた『SYNTHMASTER - EVERYTHING BUNDLE』で入手できる。気になった人は、ぜひチェックしてみてほしい。

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