【対談】ミヤ (MUCC)×CIPHER (D’ERLANGER)、「何しろキーワードは“発狂”だからね」

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■狂気というか、なんかちょっとアホな匂いというか
■イッちゃってる感じというか。そこじゃないですかね──ミヤ

──ひとつ僕自身、MUCCに対して危惧があるのは、イベント全体を仕切る役割をまっとうしようとするあまり、振り切ったステージをやりにくくなるんじゃないかということなんですけども。

ミヤ:うーん、どうでしょうねえ。でも俺的にはそこは、わりと楽観してて。こういうメンツで、まさに来るやつは来るっていう感じだろうし。あれこれお膳立てする必要は多分なくて、このメンツが集まって普通にライヴをやるだけで何かが起こるはずだと思ってるんで。そうなるようなメンツしか俺は集めてないというか。むしろ心配なのは、打ち上げの段取りぐらいですかね。あとは喫煙所(笑)。

CIPHER:ふふっ。

ミヤ:出演者の顔ぶれについては、上手いとか聴きやすいとか、そういうところでの判断ではなくて。ちょっと前にツイッターでもつぶやいたんですけど、全出演者がなんか、武器みたいなバンドばっかなんですよ。ナイフとか、ハサミとか、カッターとか。ちょっと何の気なしに触ったら怪我するような。なんかその、ステージから出てる音にそういうものが宿ってるバンドばっかりなんで。

CIPHER:何しろキーワードは“発狂”だからね。

ミヤ:ああ、ポスターの話ですね。

CIPHER:このイベントのポスターに“発狂”って文字が書いてあるんです。まさに『INSANE』じゃないですか。わかってるなあと思って(笑)。

──『INSANE』というのは、DANGER CRUEレーベルの第1弾リリース作品でもあるREACTIONの1stアルバム。いわばDANGER CRUEにとっての根源でもあるわけですけど、それにちなんでこの言葉を選んだんですか?

ミヤ:元々、そのREACTIONのレコードの帯に“発狂するナントカカントカ”みたいなことが書いてあって。

CIPHER:「これ、いただき」みたいな?

ミヤ:ええ。帯に“発狂する”なんて言葉を掲げるとかって普通はないよな、と思って。でもまさに俺が言いたいのはこれだと思えたし。今回、販促用にポスターをひとつ作ったんですよ。とにかく情報の少ないポスターを。イベントのロゴだけ載っていて、上に“発狂”って書いてあるだけのやつを。こんな情報の少ないポスター、逆に目につくんじゃないかなと思って、面白がりながら作って。いろいろ言葉として書き連ねる代わりに、自分の言いたいことをそこに詰めたようなところがあるんです。非日常というか、普通ではあり得ない空間であって欲しいじゃないですか、やっぱライヴハウスとかそういう場所って。ちょっと怖い場所というか。それをアートワークで表現するとなった時に……まあロゴ自体もわりといい感じにできあがってきたんですけど、このメンツの並びを一言で言い尽くせるような言葉って何かないだろうかって考えて。で、これしかないと思ったんです。たまたまそのレコードが社長の部屋にあるのを見つけて。まさにレーベルが始まる切っ掛けになったアルバムじゃないですか。あれって何年前になるんでしたっけ?

──『INSANE』の発売は1985年。ちょうど30年前のことですね。

ミヤ:それからそんなにも時間が経った今、俺がやるイベントで同じ言葉を掲げられるっていうのはすごくいいなって思って。

──さきほど、今のDANGER CRUEもまた別モノになっているという話がありましたけど、もしかしたらまさにそういった狂気の部分が薄れてきているのかもしれない、という想いもあったんではないですか?

ミヤ:まあ多分、そういうことだろうと思うんですよ。うちの社長もそれを言葉にはしないですけど、おそらくそういうことを言いたいはずで。狂気というか、なんかちょっとアホな匂いというか、イッちゃってる感じというか。そこじゃないですかね、求められてるものって。根本的なところって多分そういうところだと思う。少なくともうちらは、お客さんがライヴハウスに日常を求めて来るとは思ってないから。

──狂気とか殺気とか、そういうものが満ちた空間を作りたいわけですね?

ミヤ:うん。ただ、いちばん難しいのは、それを言葉にするっていうことで。言葉にならないものだと思うんですよね、本来。それを体感して、実際にどうだったかを感じた時に、のちのち言葉になってくるというのはあるにしても。ライヴやイベント自体、どういう感じなのかわからないなかで想像に想像を重ねていった末に臨む、という楽しみ方だったのが、最近は、インプットしてインプットしてインプットして、そこから選んでいくっていう感じになっていて。それも悪くはないんですけど、それだとなんかちょっと、退化していくような感じがしてしまって。そうじゃないことを今この時代に、こういう世代のバンドと一緒にやれるってことに、俺は結構、意味があるんじゃないかと思っていて。

──殺気とか狂気。そういったものが全般的に失われつつあるという感覚はCIPHERさんにもありますか?

CIPHER:うん。ただ、それを持ってる人たちというのは、そのことを意識してないはずだとは思うけど。

ミヤ:ですよね。意識してないからこそ多分、殺気がずっと出てるんだと思う。

CIPHER:逆に俺は、それを出したい、それを持ってるというふうに見せたいと意識してる人とかバンドというのが、多い気がする。しかもなんかもう、丸わかりなやつが多くて、逆にしらけてしまうんですよ。

──それは出そうとするものじゃなくて、出てしまうものであるはずです。

CIPHER:ええ。自分なんて、まったく出してるつもりないですからね。

──こんなに出しておきながら。

CIPHER:目茶目茶ポップじゃないですか、ボクたち(笑)。

──今の“ボクたち”という一語にすら殺気が感じられます(笑)。

CIPHER:だからね、いまだに俺がちょっとどこか悩んでるのは……。俺は本来、イベントで予定調和的にセッションするっていうのは、ああいう仲良しクラブ的な感じが嫌だから、あんまりやりたくなかったのね。ただ、このイベントに対するミヤの想いを知ったがゆえにOKを出したんだけど、俯瞰でそのセッションを観た時にどんな感じになってるかというのは、いまだによくわからないところが実はある。

ミヤ:それはわかりますよ。すごくわかります。

CIPHER:しれっと出ていって、紹介も何もないまま、パッとやって帰っていくぐらいのスピード感でやるほうがね……。もちろん最後にみんなで集まって「今日はありがとうね!」と言ってやるのも美しいエンディングかもしれないけども、こんだけ“発狂”だなんだって言っておきながら結局そうやって終わるというのは、なんかあんまり美味しくないよなと思うんだよね(笑)。

──セッションのあり方って難しいですよね。かといって殺伐とし過ぎてしまったら、イベントとしての後味はよろしくなくなってしまうかもしれない。

ミヤ:だから……実は俺が最初に考えたのは、ライヴの当日、「今から1曲やるんですけど、ステージに出てもらっていいですか?」って直接言おうってことだったんです。ただ、当初はそうするつもりだったけど、それはなんかちょっと違うかなと思ってCIPHERさんには電話をしたわけなんです。で、その後、吞みに連れてってもらって、いろいろ自分の気持ちとかも聞いてもらって、OKをいただいたんですけど……。結局、セッションをやる時、自分が主宰者だってことは少なくともお客さんはわかってくれてるわけで、その自分がステージの最後にこのギタリストと一緒にギターを弾きたい、と。その図を目にしたならば、「ああ、なるほどね」ってことになると思うんです。俺としては、そこで弾けたっていう事実だけで良くて。それよりも、そこに何人か他のやつらを絡ませたいんですよ。なんでこういうことをやってるのかっていうことを、それによって伝えたいというか。俺的にはそういう意味で、そこでセッションをすることに意義があると思っていて。たとえばMUCCというか俺が主宰だから、自動的にうちのSATOちがドラムを叩くというんじゃなく、逆に自分を見て賛同してくれた若手が居たなら、その若手に俺が背中を見てる先輩の曲を叩いてもらいたいというか。そういうところのほうが俺はデカくて。だから俺自身も、よくありがちな、みんな出てきて紹介して、みたいなものにしようとは思ってないんです。そこは絶対、俺は譲れないと思ってるところで。演奏だけで何かを伝えたいんですよ。言葉にはあんまりしたくなくて。実際、セッションの概要とかも、まだ詳しくは話してないんですけど。

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