【BARKS編集部コラム】~将来音楽が生まれなくなる?~ミュージシャンの耳が危ない
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◆「イヤモニ導入で難聴に気付くミュージシャン」
耳を壊すとは、有毛細胞の破壊により聴覚を失うことを指している。若いうちは聴覚細胞も元気があるため、ダメージが蓄積されているという認識はなかなか持てないという。大音量にさらされて耳がキーンとしていても次の日にはケロッとしてしまうからだ。
有毛細胞にとって大きな音はダメージで、強すぎる刺激を与え続けると細胞が疲れてくる。長さの異なったたくさんの毛が並んで立っており、それぞれが各周波数を担当している構造になっているが、健康なときは全てがピンと立っているものの、刺激を与え続けると疲労し「もう今日はダメ」と、へにゃっと倒れてしまう。若いうちは休むことで回復しまた立ち上がることができるが、それも程度問題で、「もうダメ…」と倒れたまま復帰しないと、その周波数音域帯だけが聞こえなくなる。これが騒音性難聴の基本メカニズムだ。
騒音性難聴の特徴は、音の大きさとその時間の長さで危険性が変わる点だ。さほど大きくなくてもさらされる時間が長ければ危険度は大きくなる。逆に120dBなどという大音量となると7分が限界だ。それ以上は細胞破壊の危険が迫ってくる。騒音性難聴は4KHzと6KHzからダメージを受ける事が多く、その後3KHzから2KHzへと聞こえない領域が広がっていく。
騒音性難聴にかぎらず経年経過による老人性難聴の場合も、いっぺんに全部の有毛細胞が駄目になるものではないため、それゆえに特定周波数が聞こえなくなっている事実に気付きにくいという特徴がある。特定の周波数がなくなっても日常生活では困らないためだ。やっかいなことに「何か聞こえにくくなったな…」と自覚が出るというのは相当ダメージがある状態にあり、実は「時すでに遅し」なのである。
騒音性難聴になってしまっていることをイヤモニ導入で気付くアーティストも多いようだ。もともと耳の良いミュージシャンだけに、イヤモニによって各周波数がかっちりはっきり聴こえることで「右と左でバランスが崩れていない?」「左の4KHzをもっと上げて」といった話が出るという。お察しの通り、イヤモニのハードウエアトラブルではなく、難聴症状による知覚の差が生じてしまっているのである。もちろんイヤモニ自体はその部分の補完チューニングを施しバランスをとることはできるものの、生音で正しいバランスを知覚できないのは、音楽家にとって耐え難い損失であることは間違いない。
蛇足ながら、片耳モニターも良くない。両耳で聴いた時の量感を片耳だけで知覚するためには6dB音量を大きくする必要があると言われているためだ。会場の音を聞きたいために「自己責任でやります」というミュージシャンも少なくないが、反対の耳から入ってくる外音にマスキングされないように更に音量を上げていることもあり、もうそこは危険領域。耳を守るために生まれてきたイヤモニが、単に便利なモニターとして耳を潰す使われ方をされている悪しきケースの一例だ。
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一方で、こういった状況を把握し耳へのケアをはかりながら、イヤモニなしでのステージはもはや考えられないという現場も数多く存在する。日本を代表する某ロックバンドなどは、メンバーはもちろん、スタッフ全員がイヤモニを耳にはめている。全てマイクを通じてコミュニケーションをしており、場所を問わず会話ができるため、演出の変更や様々な情報をイヤモニ経由で連絡しているのだ。本番中の緊急業務連絡もイヤモニを通して伝達されている。全員が静寂の世界で最小限の音量で理知的に作業を進めることができるわけだ。大歓声で揺れる本番中も、遮音された別世界が存在しているのだ。
ただ、イヤモニを嫌うアーティストも少なくない。多くはライブ感の喪失を指摘する。フロアモニターから響いてきていた身体に伝わる空気振動がなくなることでの臨場感のなさや、振動がなくなることからの音の薄さへの嫌悪感だ。オーディエンスとの一体感を感じないという思いもあり、レコーディングをしているようだとも言う。
ライブ感を演者に戻すべく、会場の音をモニターに返すオーディエンスマイクを使えば解決する部分もあるが、マイクの場所に対し演者が動くと左右の位置関係が崩れ違和感が生まれる問題も発生する。左にいるオーディエンスの声が右耳から聞こえてくる事象が起こるわけだ。
音響関係者やアーティスト同士の会話の中でも、「モニター環境は私はこのようにやってます」といった話はほとんど聞いたことがない。ギタリスト間でエフェクターの話などは盛り上がるが、モニター話は出たこともない。共有しあうほどの情報もなければ興味もないのが実情なのかもしれないが、その必要性に対して、意識は薄く注目される機会もほとんどないというアンバランスな状況にある。
大きな会場でのリハーサルなどでは、照明とともにモニターのためのリハーサルは入念に時間をかけて行われるのが現実だ。バンドフルセットの曲と弾き語りとではモニターのセッティングも変わり、モニターとの合わせのためのリハはしっかり行われている。エンジニアからすれば、バンドのメンバーが固定であればイヤモニの機種も同一に揃えたいという話はよくあることだが、出力バランスを揃え、演者にとって最適な演奏音像を適切に提供するための、最適化作業の一環であろう。一歩ずつだが、日本の現場でも耳を守るための状況が広がりはじめているのかもしれない。
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