マーシャ・クレラが素敵である、14の理由
いよいよ11月17日から、ベルリンの女性アーティスト、マーシャ・クレラ初の来日ツアーが原宿VACANTを皮切りに始まる。本当に楽しみ!で、今日は彼女の音楽が素晴らしい14の理由を数えてみた。約20年におよぶ彼女の足跡を14枚のアルバムとともに。そう、月末のライブを楽しむために!
◆マーシャ・クレラ画像
1.リズムギタリストとしての才能
●NMFarner "Die Stadt"(2004年)
2004年に結成したベルリンのパワーロックトリオで、マーシャはギタリスト、キーボーディスト、コーラスとして参加。NMFarnerの音楽はドイツ語で歌われるパンキーなオルタナティブロック。ベルリン発の切実な叫びを、彼女の理知的かつメロディアスで鋭いギターリフが盛り上げる。最新アルバムでのギターソロがニール・ヤングに例えられたりしているが、ギタリストとしての彼女の才能は見過ごせない。今年のドイツツアー、ハンブルクのライブハウスのライブ告知文で「ベルリンが生んだ女性版キース・リチャーズ」と彼女は形容されていた。それは決して誇大広告ではなく、リズム・ギタリストとしての彼女の才能は素晴らしい。ギターのカッティングに卓越した歯切れ よさとグルーブがあり、トーンはクリアで華麗。そして、ステージで演奏中の彼女のリズムのとりかたは実にキュートで、それだけを見ていても飽きない。かなりグルーヴィ。これは、優秀なリズムギタリスト全員に共通する特長だ。
2.ベースラインのかっこよさ
●Contriva "Tell Me When"(2000年)
1995年ごろマーシャは大学の友達とContrivaを結成する。Contrivaはインストルメンタル曲メインのポストロックバンド。このバンドの音楽にはときおり、東欧のユダヤ音楽やロニー・レーンのスリムチャンスを聴いているかのようなフォークの香りというか牧歌性がある。彼女はこのバンドで主にベースギターを担当しているが、彼女のピック弾きのベースラインはしっとりと確実にグルーブの骨格をとらえ、ときにダブベースのように骨太にガンガンと響く。ギターの演奏と同様、彼女のベースラインにはいつも歌心がある。そしていいベースラインが持つカタルシスがある。多分コード進行は帰結のある物語だから。「今日は映画を見たい気分」など彼女の率直なベルリンでの生活 風景が伝わるヴォーカル曲「Next Time」のベースリフのかっこよさは何回も聴く価値あり。
3.天真爛漫でかわいらしい私小説のような歌詞
●Mina "A to B" (2001年)
テクノ系に分類されることも可能なバンド、Minaでマーシャは主にキーボードを担当した。このアルバムには彼女がメインボーカルをとる佳曲「Desk Top」が収録されている。マーシャの歌詞には物語がある。それは決して大仰な前提から始まらず、フツーの日常生活のなかの”ふと”した気分から生まれてストーリー性を帯び、ひとつの心をうつ歌になる。それはあたかもエーリッヒ・ケストナーの「エーミールと探偵たち」に描かれるベルリンの風景と物語のよう。天真爛漫に色とりどりのおもちゃ箱を引っくり返したようなビデオクリップ(youtubeで閲覧可能)が楽曲にマッチしており、彼女を象徴する作品のひとつだ。そのときに感じたこと、思ったことに忠実に生きている彼女の生き様の美しさが彼女の歌に映っている。
4.力みのない実験精神
●Mina "Kryptonite"(1999年)
実験性という言葉は、頑固な求道精神と見なされるケースも多いのだろうが、彼女がMinaやContrivaで行ってきたことは、頭でっかちな実験ではなくて、子供が無邪気におもちゃで遊んでいるような雰囲気を持っている。彼女は1990年代半ばより東ベルリン、プレンツラウアーベルクの街で音楽活動を始めた。プレンツラウアーベルクでは詩人の朗読会やアートイベントのような催しが頻繁に、あまり力むことなく開かれるのが日常風景の一部だ。その土壌ももちろん投影されているのだろうが、ベルリンのインディーズ音楽は「実験を力まずに軽々とやっている」遊び心に満ちている。それは、アートロック、グラムロック、パンク、オルタナティブが生まれていた当時持っていたも のだ。本アルバムの冒頭、「Svens Schlittschuhe」で囁くように漂う彼女のVoiceにもその遊び心が満ちあふれている。ノーマン・ニーチェの骨太なベースを筆頭にMinaのタイトでグルーヴィーなリズムは、ロックファンのみならず、テクノファン、ダブファンにも受け容れられるだろう。
5.嫌いな理由、好きな理由を数える正直なラブソング
●Masha Qrella "Luck"(2002年)
2002年、マーシャはソロアルバムを発表。Contrivaの「力まない実験性」は彼ら自身の音楽を「歌がないシンガーソングライターの音楽」と自ら例えたことですべてが語られていると思うのだが、彼女のファースト・アルバムもその志向性の延長にある。彼女はこのアルバムをほぼ一人で作り上げている。尊敬するロバート・ワイアットに捧げたContriva風のインストルメンタル曲「Mr.Wyatt」、今でもライブで演奏される「I Want You To Know」、恋人の好きなところの数え歌「14 Reasons」、嫌いな知人の嫌いな理由をとうとうと歌う「I Don't Like Her」を収録。彼女のラブソングはかなり個性的で、その肩に力が入っていない実験精神と同様に、愛だとかみたいなお題目に押しつぶされることなく、地にしっかりと足をつけて嫌いな人間を含めた他者に対してしっかりと向き合おうとする誠実さがある。
6.コミュニティを大事にする
●Masha Qrella "Unsolved Remained" (2005年)
この2005年のアルバムで彼女は東ベルリンのレーベルMorrと契約する。前作よりもポップ色は増しているが、一見軽やかに聴こえるポップソング「Feels Like」でさえも、彼女自身の心の暗闇と闘う彼女の姿を描いている。そういう意味で一見華やかであるが本作は前作よりもさらに内省的で私的な作品群で占められていて、彼女ならではの作品と言うことができるだろう。故にソロ作品のなかでは本作をベストアルバムとして考えるむきも多い。特に春、ベルリンを訪れた旧友との再開を喜ぶ「Sister, Welcome」が美しい。この曲には自分が育ってきた、そしてともに生きているコミュニティに対する優しさ、暖かいまなざしが感じられる。ドイツのメディアから、目立った商業的成功もないマーシャが「無冠のインディーズの女王」と称されることもあるが、彼女は商業的な成功よりももっと、ベルリンのコミュニティを大事にしているのだと思う。
7.ミュージシャンシップ
●Masha Qrella "Saturday Night"(2005年)
コミュニティに対するその優しいまなざしは、ベルリンの音楽仲間たちにも向けられる。2006年に発表したブライアン・フェリーの「ドント・ストップ・ザ・ダンス」のカバーシングルのB面で彼女はベルリンのバンド仲間、Komeitの佳曲「Saturday Night」の、はかなげで美しいカバー作品を録音している。また今年の10月にはKomeitのユリア・クリーマンとのデュオ、Bandaranaikを結成してライブ活動を行っている。そういえば5月には久しぶりにMinaの再結成ライブをベルリンで行っていたりと、彼女は周囲のミュージシャンシップを本当に大事にしている。これもいい音楽家に一環して見て取れる姿勢のひとつだと思う。
8.ベルリン・ロックの母
●Sitcom Warriors "I've been Waiting for this a Long Time"
彼女は東ドイツの高級官僚であった祖父の遺産をスタジオとしてベルリンのミュージシャンたちに開放した偉大な人物でもある。今年日本に来日したポップな魅力満点のIt's A Musicalや、Rough Traceからアルバムをリリースしているドイツの女性シンガーChristiane RosingerやMoorレーベル所属のミュージシャンの多くが彼女のスタジオでアルバムを録音しており、そこではMinaとNMFarnerの同僚、ノーマン・ニーチェの繊細なサウンドコラージュ技術が輝いている。またドイツで行われるライブではエレクトロニカ風、プログレ風などジャンルを問わない若いバンドを前座として起用して、客席の前方でそのステージを一生懸命に見る。Sitcom Warriorsもその中のひとつのヴェルヴェット・アンダーグラウンド風のバンドで彼女はエンジニアとして手伝っている。ひとつひとつの出会いと音の粒を大切にする彼女の懐の深さが伝わる作品だ。
9.映画、舞台など芸術ネットワークからの信頼
●V.A."Kleinruppin Forever"(2006年)
そんなマーシャの交流関係はミュージシャンに限ったものではない。彼女はドイツの映画音楽や舞台音楽を多く作曲、演奏している。実際最新アルバム『Analogies』に収録された「Take Me Out」は最近ドイツ公開の映画「Meine Freiheit.Deine Freihei」のテーマ曲であるし、超ポップなナンバー、「Fishing Buddies」も女優Tilla Kratochwilとの2人舞台のために書かれた曲である。このことからも彼女が地元の芸術家ネットワークから大きな信頼を寄せられていることがわかるだろう。「Kleiruppin Forever」は2006年に公開された恋愛映画のサウンドトラックで、マーシャは同時期のContrivaのアルバムに収録された楽曲の別バージョンを作曲、演奏している。
10.歴史・文化遺産への真摯なまなざし
●Masha Qrella "Speak Low"(2009年)
文化総体に対するマーシャの貢献を語る上で欠かせないのが2009年リリースのこのアルバムだ。ブレヒトの生誕記念を祝うイベントにたいして、マーシャはナチスの圧力によてアメリカに亡命しハリウッドの映画音楽を作曲していた時代のクルト・ワイルの楽曲を俎板に載せる。このアイデア自体が面白いし、取り上げられた楽曲、「Wandering Star」はパンクロックに、「Drunken Scnene」はメロウなレゲエに姿を変える。過去の文化遺産を大切にして、それを自分なりに解釈して新たな響きを創り出そうとする姿勢に満ちている。
11.万華鏡のような演劇性
●Masha Qrella "Analogies"(2012年)
いままで述べてきた要素のひとつの集大成と呼べるのが、今年リリースされたアルバム『Analogies』だ。収録された楽曲が映画や舞台のために作られた楽曲であり、その作品のテーマを陰影として帯びていることによるのだろう、本作での彼女は、様々な配役を演ずる女優のように振る舞っており、曲によって万華鏡のように変化する彼女の歌を楽しむことができる。ワイルのカバー作品を除く初期ソロ作品2作とはいくぶんか異なった色彩を放ち、彼女は彼女のロックとポップの原点を見つめ直しているように聴こえる。しかし「Fishing Buddies」が、永遠の名曲に殿堂入りを果たすべき名曲であることを、疑うものはいないだろう。こういうシンプルでただただ美しい曲をかけるミュージシャンは世界にそんなにいない。
12.新雪に溶けていく声
●Sport "Aus der Asche, aus dem Staub"(2012年)
2012年、マーシャはハンブルクのオルタナティブロックバンド、Sportのアルバムの一曲「Dunnes Eis」にゲストヴォーカリストとして参加した。Sportはソニック・ユースのような脆い、やや危うげな美しさを孕んだバンドで、天使に生まれ変わったキム・ゴードンのように悲しげで儚さに満ちた声で、マーシャは合唱している。彼女が敬愛するロバート・ワイアットの声は世界一悲しそうな美しい声であるが、マーシャの声も同じ系統だ。しかしそれは陰鬱で重い方向に決して向かわず、青い空の空気や、美しすぎる新雪の光に見事に溶けて天空に昇っていくような、女神のような明るい声。マーシャの音楽は常に、この希有なヴォイスに彩られている。
13.さわやかなブルー
●Contriva "Separate Chambers"(2006年)
2006年にMorrレーベルから発売されたContrivaの名盤。ある意味で東ベルリン~プロイセン地方のフォークロックは、このアルバムで確立したと言うこともできる。
初期のContrivaが内包している、実験性が必然的に生むであろうバチバチ感、トゲトゲしい感触は陰を潜め、10年の活動を経てひとつの達観の境地に、Contrivaは達したかのようだ。マーシャがヴォーカルをとる「Befre」と「I can Wait」もその達観を反映しているようだ。「Tell Me When」がロキシー・ミュージックのファーストかセカンドアルバムとしたら、この「Separate Chambers」はContrivaの「Avalon」なのだろう。マーシャの音楽は青い色がよく似合う。ジャケットに映る青い空のように非常にさっぱりしたアルバム。必携!
14.前に進まなければ、命を落とすだけ
●Masha Qrella "Don't Stop the Dance"(2005年)
14番目の理由として、重複になるが2006年にブライアン・フェリーの楽曲をカバーしたこのシングルを。アコースティックギターがジャカジャカ鳴る、このややブルージーなカバーバージョンを初めて耳にしたとき、僕は衝撃を感じた。そして「前に進まなければ、命を落とすだけ」という切実な歌詞を、か細い声で、ポツリと呟く彼女の存在に、何かしらものすごく巨大で計り知れない、様々な色彩が混じり合ったセピア色の背景を感じた。ベルリンの街で道に迷って泣いているエーミール、大げさかもしれないが映画『ドイツ零年』でベルリンの街を彷徨う主人公の少年のことを思い出した。マーシャ・クレラの音楽には、確実にこのような深い深いバックグラウンドが拡がっ ている。
文:小塚昌隆
◆来日ツアー主催オフィシャルサイト
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