マーシャ・クレラとの、言語や国境を超えた出会い

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東ベルリンの女性シンガー・ソングライター、マーシャ・クレラはベルリンの壁など数奇な運命に翻弄された現代を、東ベルリンの地からクリア(白紙)な視点でとらえ、それを率直に等身大の視点で歌で描くことに成功している偉大なアーティストだ。

◆マーシャ・クレラ画像

2012年5月4日にMorr Musicからマーシャ・クレラの新作『アナロジーズ』がリリースされた。マーシャ・クレラはポーランド系ドイツ人として1975年に誕生。ベルリンの壁崩壊後の1990年代半ばより、フンボルト大学の学生仲間などとコントリーヴァ、ミーナというバンドを結成。コントリーヴァではベース、ギター、ヴォーカル、ミーナではキーボード、ヴォーカルを担当。マルチ楽器奏者であり作曲家でもある。

それだけではなく、彼女は東ベルリンのロックミュージックシーンに偉大な「箱」を整備した。彼女の祖父、アルフレート・クレラは元東ドイツ共産党のエリートで、共産党幹部が住んでいたベルリン市パンコウ区に遺産があった。マーシャはこの地下室を、東ベルリンのミュージシャンたちの“溜まり場”に変えてしまったのである。たとえば、2012年春に来日したイッツ・ア・ミュージカル(It's A Musicalのアルバム詳細を読んでほしい。「スタジオVilla Qrellaで録音された」と記されているだろう。彼女は1アーティストであるだけではなく、ベルリン音楽シーンの姉御でもあるのだ。ベルリンのエレクトロニカ音楽を象徴するレーベル、Morrミュージックの作品の大半が彼女のスタジオで製作されている。一音一音が繊細に扱われる珠玉のような作品ばかりだ。

2002年に1stソロアルバム『ラック(Luck)』をリリースして、女性ヴォーカリスト、ソングライターとしてもポピュラー・ミュージックシーンで認知されることとなった。音楽ジャンル的にはエレクトロニカ、オルタナティブ・ロックに分類された。その後、2005年に『Unsolved Remained』をリリース。2009年にクルト・ワイルとフリーデリッヒ・ロウ楽曲のカバーによる名盤『スピーク・ロウ』(「亡命中のワイルとロウ」という副題がつけられている)を経ての新作発表。5月から6月にかけてドイツ国内ツアーが行われた。そのうちベルリンとハンブルクでのコンサートを見た。バンドメンバーは以下の編成。

Masha Qrella (vocal, guitar or bass)
Rober Kretzchmar(drums, from "It's A Musical")
Sebastian Nehen (keyboards)

約20年にわたる東ベルリン音楽界への彼女の貢献と人望を讃えるかのように地元プレンツラウアーベルクの会場は満席。30代後半から40代前半のひとが多そうだ。水より安価なビールを飲みながらステージに乱入したりする聴衆を、持ち前の姉御肌で笑顔でいなしながら、新作曲を中心に、ワイル曲からは「I Talk to the Trees」の新解釈、ブライアン・フェリーの「Don't Stop the Dance」をスワンプ・ロックバンドが演奏しているかのような卓越したカバー曲を交えつつ、暖かい雰囲気のコンサートが繰り広げられていた。<私のホームタウンへようこそ あなたの古傷も癒されるわ>と歌う「Sister, Welcome」や<あなたが好きな理由を数えてみた>と歌う「14 Reasons」、非ラブソングの「I don't Like Her」が過去アルバムからアンコール曲として提供される素晴らしいライブであった。

ライブ後、Contrivaの楽曲が日本の元祖DUBバンド、ミュートビートに近しいものを感じていたため、ミュートビートのリズム隊、故松永孝義+屋敷豪太氏のユニットMatsunagotaのCDをプレゼントすると喜んでいただけたようで、翌日夕食をご一緒する機会をえた。

「どのようにして私の音楽を知ったの?」という問いに私は「Julia Gutherの『I knou you know』をジャケ買いしてその人脈であなたの音楽にたどり着きました」と応えた。マーシャはソロデビュー一作目で「Mr. Wyatt」というインスト曲を書いているため、「ロバート・ワイアットが好きですか?」と質問すると、「ええ。あなたも?」としばしソフト・マシーン関連の話題で盛り上がった。彼女のバンドのメンバーとも徹夜で会話したりした。帰国後もベルリンのいろいろなバンドの音源や情報をいただいている。

一枚のジャケ買いから、このような海外のミュージシャンとの“ナマ”の交流が始まるとは思ってもいなかった。好きな音楽が一緒だから、というだけの理由で、言語や国境を超えた出会いがある。だから、レコード・コレクトもジャケ買いもやめられないと思った。マーシャは、「Sister, Welcome」で歌われているような古傷を癒し、他者を歓迎する大きな大きなアネゴでした!

文:小塚昌隆

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