【BARKS編集部レビュー】ソニーMDR-EX1000が描き出す、恐ろしいほどのディテール
「これ、超いいっすよ」とスタッフから差し出されたのがソニーのMDR-EX1000だった。発表会に出向き現場で試聴した連中が口々に「良かった」と言っていたので、非常に気になっていたものだ。
◆MDR-EX1000画像
ちょっと見慣れない異形なルックスに「どうやって耳に固定するのかな…」と若干戸惑いつつも、イヤーピースを素直に耳に突っ込んだら、あっけなく耳介にはまりフィットした。見た目は耳から飛び出してロボットのようだけど使用感は上々。好きになれそう…と、いつものiPodを再生した。
一聴して強烈な音像が耳に飛び込んできた。なんというのか、その感想は「いい音を絵に描いたようなヘッドホン」だ。ま、音は絵には描けないので例えが間違っているが、万人が「いい音」と認めてくれるに違いないと信じきれる感覚とでもいうのか。ダ・ヴィンチって絵が上手いですよね?「はい!」のように、MDR-EX1000って音いいですよね?「はい!」と即答してしまうだろう感覚だ。
MDR-EX1000が作り上げる解像度の高い音空間は、言わばばっちり矯正されたメガネをかけたときのイメージである。恐ろしいほどにディテールと物事の相対関係がくっきりばっちり見えてしまうのだ。感動的なまでのクリアさは、前傾姿勢でサウンドをガツガツ聴き込むときには最高のパートナーとなってくれる。全ての情報が鮮やかに飛び込んでくるため、聴覚がガンガン刺激されて、いつもの音楽がまるで違って聴こえるほどだ。1.2KHz~1.5KHzあたりの高域が何の障壁もなく飛び込んでくるので、エッジの効いたヘヴィーなオーバードライブ・ギターサウンドがいつもより確実に抜けて聴こえたり、リバーブ成分のディケイが長く感じられ、本来の音像の広さがリアルに広がって見える。耳に届く情報量が桁違いに多くなった感覚で、まともに聴き込むと音を処理しきれずにぐったり疲れてしまうほどだ。
こうなると、音数の少ない音楽…ラグタイムのようなアコースティック・ギター1本のインスト作品などは、作られる音像に至高の喜びを感じることができる。まさしく「目の前で生で弾いてくれている感覚」が堪能でき、理想の到達地点が手に入った興奮を禁じえない。
一方で、音数がめちゃめちゃ多い作品もやはり楽しい。楽器隊がひとつずつ重なっていくようなアレンジ作品をたくさん聴いてみたが、トゥッティになっても各音が独立して聴き取れる心地よさは、なかなか貴重な経験だ。音のレイヤーがどれだけたくさん重なっても、決して曇ることもなくぼやけることもない。細かいディテールまで描き切ってしまう尋常じゃない解像度の高さ、切れ味するどい音場作りは、デリケートな音像再現を必要とするプロの現場でも頼りにされることだろう。
MDR-EX1000のサウンドは、ガリガリ鍛えまくって脂肪率数パーセントにまで絞り込んだアスリート…ボクサーの身体のような音だ。生半可の瞬発力とスピード感じゃないのである。硬派でカッコイイ音だが、その反面、心地よく安らぎを与えるような要素はない。短距離走と長距離走がひとつの肉体に共存しないように、例えば身体で受ける音圧やライブで浴びる大音量の心地よさを疑似体験させてくれるような肉感的なドライブ感というのは、MDR-EX1000には求めるべきではないだろう。
褒めてばかりでは気持ち悪いので、多少ムリクリにネガティブポイントを探してみた。ひとつは、風切り音が気になる点。特にイヤー・ハンガー部分がノイズを拾いやすい。とはいえ、きっちりカーブさせて耳にしっかりと沿わせれば症状は劇的に改善されるので、さほど問題ではないのだけれど。
もうひとつは、電車内での使用感。本来は電車の騒音によって全帯域がマスキングされてしまうところだが、このMDR-EX1000は、その驚異の高域ディテールの描き出し能力が災いし、外のノイズにまぎれることなく、高域成分だけはしっかりと耳に飛び込んできてしまう。結果、低域~中域がマスキングされて、ハイが目立つ音になってしまうというアンバランスさを生む。もちろん付属のノイズアイソレーションイヤーピースを使用し遮音性をしっかり確保すれば、これも問題視するところではないけど…。
音像を決めるのはリバーブだ。残響のない音は距離感を失い耳にへばりつく平坦な音像になるし、初期反射で空間設計が見えてくる。我々が近くの音か遠くの音かを聞き分けるのも、残響を嗅ぎ分けている人間の能力である。そんな音空間の設計に直接関与するリバーブ成分を、恐ろしいまでの再現性で耳まで届けるMDR-EX1000だからこそ、音場が非常に広いのも当然の話だ。
あとの問題は61,950円という破壊力のある希望小売価格に対し、資金繰りをどうしたもんかという、生々しい悩みだけ。ま、ここが一番のウイークポイントなんですが。
text by BARKS編集長 烏丸
◆MDR-EX1000オフィシャルサイト
◆BARKS ヘッドホンチャンネル
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