陰陽座、『魔王戴天』インタビュー

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陰陽座 魔王がごとく天に昇りて世を統べる

ヘヴィメタルの頂点を極める快心の一作『魔王戴天』をリリース

■インタヴュー

──タイトル『魔王戴天』は、相当な覚悟を秘めた決意表明だと受け取りました。クイーンが「ウィ・アー・ザ・チャンピオン」と歌ったように。

瞬火:宣言したつもりはないんです。もちろん自分たちを何かの“王様”だとは思ってもいません。魔王というのは織田信長のあだ名なんですが、彼に代表されるように、善悪は抜きにして確固たる意思と理想を持って何かを成し遂げる存在を象徴的に捉えて、アルバムの骨子として掲げました。とにかくやるんだ作るんだという行為そのものを魔王と位置づけ、戴天=この世に存在するということから、魔王的な作品を世に放ち、自らが魔王として存在するという意味と決意をこめています。クイーンはチャンピオンと歌いましたが、魔王は勝利者でもないし王者でもない。善なのか悪なのかも言い切れない。陰陽座としては、何かを成し遂げる意思を持って成し遂げたというシンボルを“魔王”と設定した、そういう宣言ですね。

──魔王とは仏教用語でもありますが、陰陽座は宗教に言及しているわけではないですからね。あくまで意味のシンボルとしての魔王ですね。

瞬火:そうですね。仏教用語でもあり、単に“悪魔の王”という意味でもありますが、陰陽座がこめたのはさっき言ったように織田信長的な存在の意志の象徴です。でもそういう仏教観を当て嵌めて深読みしてもらうこともできますよね。それは捉える人それぞれの自由ですし、興味を持って捉えてもらえるのは嬉しいことです。

──アルバム全体の構成が面白い。「序曲」を経てヘヴィメタルの最先端の音作りである「魔王」に始まり、様々なバリエーションを通った後、やんちゃなロックンロール「生きることとみつけたり」で終わる。これ、計算ですか?

瞬火:狙い通りというよりも、僕にはこの選択肢しかなかったですね。このアルバムを通しては、確固たるものを持って進んでいくんだという意思表明の歌詞だったり、生と死を小さく切り取ったり大きく俯瞰したり、陰陽座でこれまで追求してきたテーマがさらに掘り下げられているわけですが、妖怪が出てこようが出てこまいが、それがテーマなんですね。すごく壮大な生と死の物語とか、極悪な話とか、菩薩のように抱きしめるような歌とかを描きつつも、「生きることとみつけたり」で終われるのが陰陽座らしいと思うんです。これ、理屈じゃないかもしれません。陰陽座のライヴを思い浮かべてもらえばシックリくると思うんです。鬼みたいな顔をして“うぉー”とか言ってても、最後は笑顔で心は号泣みたいな。そうじゃなきゃ終われないんですよね。アルバムの構成にしても同じなんです、きっと。

黒猫:陰陽座のライヴもアルバムも“楽しむ”ということがモットーなんです。このアルバムも、アグレッシヴな曲、不気味な曲、悲しく美しい曲などいっぱいありますが、そういうドラマを経てきて最後に何があるのか。そこには絶望じゃなくて、“前を向いて生きていこう”という結論があるんですね。私もすごく座りが良いんです。陰陽座の意思としても、アルバムの流れにしても、そこに落ち着くしかないっていうことなんです。

──歌詞の内容的には無常観が漂っているのが多いので、最後に引っくり返してもらって、ほっと安心して聴き終えられるんですね。

瞬火:悲観的な角度で物事を見てるように感じられてしまうのは敢えて否定はしませんが、例えば「骸」なんて言葉自体は恐ろしいし救いのないことを歌っているようですが、じっくり読んでもらえば、人間が最後に死ぬことは変えられない。だから変えられるのは生きている間なんだということを読み取ってもらえると思うんです。死ぬことを忘れることは生きることを忘れること。最後に骸になるという結末さえわかっていれば、そこに至る“生”をどれだけ大事にできるかっていうことがわかる。だから言えることというのは、今を精一杯生きればいい。それしかない。そういうことなんです。僕としては悲観的で暗い歌詞というつもりはまったくないんですよ。むしろ世界一前向きな歌詞ですよ(笑)。

──陰陽座の楽曲は必ず1曲の中に1つの物語がありそれが陰陽座の魅力だと思いますが、「黒衣の天女」はそれが色濃い1曲ですね。

瞬火:世相を切るつもりはないんですが、昨今、想像力をもって物事を見なかったから起こったとしか言えない、嫌な出来事が多すぎると思うんです。それを自分がされたらどうだということを想像しないから、人にそれをしちゃう。それをやると、どんなことを引き起こすということを想像できない。この“想像力”というものが、人間の持つ有意義な能力の一つだと思うんです。歌詞を書いているときは、この想像力を張り巡らせているときなんで、自ずと物語性を帯びてくるんですよね。因果を考えると、自然に物語になっちゃう。

──聖母になったり鬼になったり、喜怒哀楽のあらゆる物語をフロントで表現する黒猫さんですが、それは楽しい作業ですか?

黒猫:歌唱技術として、怒りを表現するからシャウトすればいい、というだけじゃないんですよね。詞に秘められた意味や、どういう思いで書いたものかなどを自分なりに読み込んで咀嚼して歌いたいというのが凄くあるんです。表面的なものじゃなくて感情を声に乗せるなら、それに成り切るしかないんですよね。背景や気持ちを考えて、自分ならばどうだと、同じテンションで同じ感情になって歌うことなんです。それは苦労じゃなくて、もう心がそこへ行っちゃうので、自然とそれが声に乗るというのかな。ここで声を張ろうとかビブラートを掛けようとかの技術じゃなくて、物語の主人公を演じてるのに近い。歌詞とメロディがシンクロするときは、その方が重要ですね。

──楽しそうですね。

黒猫:楽しいです。怒りの曲だったら歌い終わったらゼイゼイ言ってますし、楽しい曲だったらニッコニコですもの。自分の感情もすごい振り幅で上がったり下がったりするので、私にとってはとても楽しい作業なんです。

──ちょっと演奏面の話もしましょうか。「骸」ですが、これは手の筋がツリそうな速さと激しさですね。ライヴでは大変そう。

瞬火:そうですね。けっこうキツイでしょうね。でもね、ステージに上がったら平気なんですよ、きっと。それくらいのアドレナリンが噴出するんです。レコーディングではこのテンポと激しさに手こずりましたが、それほどの困難はライヴではないと思うんです。

──最後に、陰陽座が提唱している進化と深化の意味を今一度聞かせてください。

瞬火:陰陽座がこれまで培ってきた音楽と音楽世界を、より深みのあるものにする、進化させていくということです。進化しない種族は滅びる。進化とは周りの環境に順応して変わっていくことですが、決して“変化”ではなく、種としての根底は守ったまま強くなること。音楽的に言うと、ヘヴィメタルという殻の中に閉じこもってしまうことなく、ヘヴィメタルという音楽が本来持つキャパシティの広さを証明したいですし、それができるのが陰陽座だと思うんです。でも、環境に順応するからといって流行に迎合したり、いいと思わないことまで取り入れることは一切しません。自分たちが心からやりたいこと、いいと思うことだけを養分として取り込んでいくというのが大前提です。もっとも、陰陽座の場合メンバー全員の音楽的嗜好がもともと幅広いので、好きなことだけをやっていても幅が狭まることはなく、常に広がり続けていますけどね。とにかく音楽的に自分たちの思う振り幅と深さを保ち、常により高い次元で作品やパフォーマンスに昇華できるように精進する。それが陰陽座の進化ですし、それらを咀嚼して血肉になるように徹底的に極める。それが“深化”なんです。

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