公式ホームページ上では3年くらい前から情報が流れていたポール・マッカートニーのベスト『夢の翼~ヒッツ&ヒストリー』が2001年5月9日にいよいよリリースされ、話題を集めている。
何故3年も前からファンに知らされていたのかというと、このベストに絡めて作られる同名テレビドキュメンタリー用の映像なり音源なりの貴重な素材提供をファンや各メディアから募っていたためだ。つまり、自分でも把握できないほど、素材が世界各国に散在しているということ。それほど、長期にわたってワールドワイドな活動を続けてきたという証明だ。
このテレビ・プログラムはリリースに合わせて、アメリカABCで放送されるという。そして、年末にはレアトラックを集めたボックス・セットのリリースも予定されている。というわけで、この2枚組は’70年代ポール・マッカートニーを振り返る壮大なるプロジェクトのイントロ。
このアルバムには何はともあれ外せないヒット曲と代表的ナンバーを集めてみようという主旨のもと全39曲が収録されている。’79年リリースの『ウイングス・グレイテスト』’87年リリースの『オール・ザ・ベスト』の2枚のベストとダブる曲も多いが、音質は24ビットのデジタル・リマスタリング。未発表曲を1曲収録している。
ビートルズの歴史を一連の『アンソロジー』プロジェクトで総括し終え、その後は当然のようにソロ作品に移行、昨年から今年にかけてジョンもジョージもソロ・アルバムのリマスター盤がリリースされ、好評を得た。
今回いよいよポールの登場となるが、解散後も最も精力的に音楽に取り組み、多くのマテリアルを残しているアーティストだけに、その活動を総括し、編纂する苦労は相当なものだったと想像される。
そしてそれ以上に、ポール自身、この時期を思い返すのはとても複雑な心境だったのではないだろうかと、思わずにはいられない。
’70年代のポール、つまりウィングス時代のポールは常にバッシングの対象でありつづけた。ビートルズ脱退宣言を行なったため、ひとり悪役となり、元メンバーはおろか世界中のビートルズ・ファンまでも敵に回してしまったショックは相当ヘヴィな出来事であったに違いない。しかもポールはメンバーの誰よりもビートルズ存続を願っていたことを考えても、その思いは複雑であっただろう。そんな’70年代を振り返るためには、30年間の長い時間もいたしかたなかったのかもしれない。
ヘヴィな問題を抱えつつも、’70年代のポールは音楽的、人間的にもエネルギーに満ちていた。
愛妻リンダを得たことによって、心のリハビリを終えると、本格的に音楽活動を再開。メディアからのバッシングをバネとし、袂を分かった盟友ジョン・レノンをライバルに想定したことで、ポールの才能は一気に爆発することになる。
アルバム『マッカートニー』『ラム』の酷評を気にも留めず作品を作り続け、ウィングスを従えた’70年代中期以降のアルバム『バンド・オン・ザ・ラン』『ヴィーナス&マース』『スピード・オブ・サウンド』は世界中で大ヒットを記録した。思い返せば“元ビートルズのポール”という形容が必要なくなった唯一の時期だったかもしれない。
そんな時期のポールの姿を克明に捉えたのが’76年のUSAツアーを収めた映画『ロック・ショウ』である。
ここに映し出されているポールの姿は、ビートルズの時代も含めた全キャリアの中で最もまぶしく輝き、『夢の翼~ヒッツ&ヒストリー』のライナーノーツで和田唱(トライセラトップス)も言っているが、長髪でリッケンバッカー・ベースを構える姿はこれこそがロックスターだという雰囲気を醸し出している。個人的なことで恐縮だが、’90年の来日の時、至近距離でポールに遭遇したことがある。もちろん驚いて、嬉しかったことは確かだが、近寄りがたいようなスター然としたオーラはあまり感じなかった。でも、もしそれが’76年のポールだったら、おそらくわたしは失神していたであろう。それほど、この時期のポールは華やかである。
この『夢の翼~ヒッツ&ヒストリー』は「ヒッツ」と「ヒストリー」の2枚に分けられていて、「ヒッツ」にはその名の通りのヒットナンバーが、「ヒストリー」にはアルバムの中の名曲が収められている。
ドラマティックで華やかなロックスター、ポールを味わいたいのなら迷わず「ヒッツ」を、ポールのもうひとつの側面、地味な英国小市民的エッセンスを感じたいなら「ヒストリー」をお薦めしたい。
「ヒストリー」は、’70年代初期、自宅に引きこもって地味にレコーディングしたナンバーを中心に選曲されており、こちらは一転して手作り感覚になっている。曲調も切なくて悲しいものが多い。特にアルバム『ラム』は、最近になって中村一義や山崎まさよしなどのアーティストから名盤と再評価されている。派手なときは徹底して派手に決める一方で、地味なときは素人か、と思うほどシンプルにしてしまう二面性。ここがポールの作風のカギであり魅力でもある。
改めて『夢の翼~ヒッツ&ヒストリー』を聴くとポールの大衆性と実験性や、アーティストのパーソナリティと芸術性が拮抗し合いながら融合しているバランス感覚の良さに驚かされる。それらの要素の