【インタビュー】宅見将典、グラミー賞獲得への道程「楽器を習っていなかったから、弱みが強みに変わった」

2025.05.06 11:15

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2023年に、アルバム『Sakura』にて第65回グラミー賞の最優秀賞グローバル・ミュージック・アルバム賞を受賞した宅見将典。2025年に開催された第67回グラミー賞でもシングル「Kashira」がノミネートされている。

そして、約12年間グラミー賞を目指し続け、アメリカに移住までして受賞に辿り着いたその軌跡を記した自身初の書籍「人脈ゼロ英語力ゼロ 無名のバンドマン、グラミー賞を獲る 途方もない夢の叶え方」(KADOKAWA)が4月に出版された。無謀とも思えるその挑戦に向かって、まずは英語を学ぶところからアメリカの音楽業界の一員となるまで、その全てが赤裸々に語り尽くされている。

そんな宅見将典に、自身の音楽人生についてや、グローバルで戦うためのサウンド作り、また、映画音楽などこれからの音楽活動について語ってもらった。

──初の書籍を出版されて、率直な今のお気持ちをお聞かせください。

宅見将典:ずっと音楽に没頭してきたので、2年前までは自分が本を出すなんて想像すらしたことがありませんでした。グラミー賞を受賞したあと、多くの方から「本を出さないの」と言われるようになり、そこではじめて意識し始めました。そして1年かけて完成したのが「人脈ゼロ英語力ゼロ 無名のバンドマン、グラミー賞を獲る 途方もない夢の叶え方」です。出版した今でもどこか現実味がなく、夢を見ているような感覚です。だからこそ、とても嬉しいと同時に不思議な気持ちでもあります。

──書籍には、人生のターニングポイントとなるような出来事がいくつも綴られていましたが、その中でも特に大きな転機だったと感じるのはどの瞬間ですか?

宅見将典:自分が音楽の道に進み、生涯関わっていくだろうと感じた瞬間です。小学4年生の時、担任の先生に言われてしぶしぶ吹奏楽部に入部したのですが、そこでソロでメロディを奏でる楽器であるトランペットを担当させてもらった事が、自分のその後の人生を決定づけたように思います。


──ターニングポイントに関連して、もし人生を最初からスタートできるとしたら、一番最初に何をしますか?

宅見将典:間違いなく「英語」です。あと10年早く英語を学んでいれば、もっとスムーズに目標に進めたと思います。音楽に関しては習ったことがなく、全て独学です。ピアノなど楽器は習っておけばよかったと感じることもありますが、習っていないからこそ、じゃあこうしようという発想ができています。昔は、プロミュージシャンのようにピアノやギターが弾けない自分を中途半端だと感じて落ち込んでいました。でもアメリカに行き出してから「楽器を全部やる人っていないな」と思考が変わりました。ひとつの楽器だけピックアップされたら負けるけれど、全部合わせてコンテンツを生み出す新しい存在になろうと。その思考を変換する発想力が少しずつ生まれていきました。楽器を習っていなかったからこそ、弱みを強みに変えることができたんです。僕はよくライブのステージ上で、ルーパー(楽器の音やボーカルなどを録音し、ループ再生できる機材)を使って、ギター、ベース、鍵盤、ドラムなどあらゆる楽器をその場で演奏して重ねて、作曲したりパフォーマンスしたりするのですが、それ自体がひとつのエンターテインメントになっています。そんなことをしている人はほとんどいません。だからこそ、どこにもいない人になるというのは非常に大事だと感じています。

──書籍には今音楽業界で何かを成し遂げたいと思っている人々に、どんなメッセージを込められたのでしょうか?

宅見将典:この本は、価値観に対する問いかけというのが一番の大きなテーマです。誰でも、叶わないと思うほど無謀な夢を追う可能性はありますよね。でも、無理かもしれないと思うことはダメなことじゃないよっていうこと。無理かもしれないけれど、やり続けることで開けていく道があって、ずっと継続していたら大きな夢にたどり着ける可能性もあるということを一番伝えたいです。


──ゴールも見えないようなところに向かって長年継続するモチベーションはどのように保たれたのでしょうか?

宅見将典:やっぱり1年とか2年で達成しようとすると心が折れると思うんです。たとえば英語やピアノを始めるときに「最短でどれくらいでできるようになる?」と質問する人がいらっしゃいます。皆さん、その夢に早くたどり着きたいんですよね。でも僕は、最初から「最低10年はかかる」と思っていました。また、言語は関係ないと言う人もいますが、僕自身はそう思いません。音楽での世界最高峰のスキルがあれば英語はいらないかもしれませんが、僕はそうではなかったですし。だからこそ、ちゃんとコミュニケーションを取れることの大切さを実感しました。アメリカでは友達になったら「あいつ友達だから呼ぼうぜ」と自然にチームに入れてくれるので、それがすごく大事だなと思いました。そこで喋れない、理解できないとそもそも友達になれないんですよね。そういう実感が、継続の原動力にもなっていたと思います。

──そんな長年こつこつと継続されたことが実を結んで、2023年のグラミー賞受賞へ繋がったと思いますが、今振り返ってみて、改めてどのようなお気持ちでしょうか?

宅見将典:いまだに「本当に現実なのかな?」という気持ちがあります。でもグラミー賞をきっかけに、自分の音楽、過去に作った作品も含めて、まわりからの見られ方が変わったのは本当にうれしかったです。受賞した後に、別の業界の方から今までにないようなお仕事も頂けたし、過去に別のコンペでボツだった曲も全部生き返ったり(笑)。やっぱり音楽って目に見えないものなので、それを異業種の人に分かりやすく伝えるのがアワードということですよね。現実味は正直まだないですが。

──多くの経験を積まれ、賞賛もされてきた今、宅見さんご自身が考える自分の一番の強みは何でしょうか?

宅見将典:音楽面では、やはりメロディですね。精神的な強みでは「弱みを強みに変える方法を知っている」ということだと思います。大人になってから留学も移住もして、自分で動いた事が良い方向に転じました。

──グラミー賞にノミネートされ、受賞された楽曲「Sakura」についてですが、和楽器を使用した日本の伝統的なサウンドの音楽ですよね。それをグラミー賞という舞台に出される際に、アメリカの観客をはじめ、グローバルに向けて何か意識された工夫などはありましたか?


宅見将典:とてもたくさんあります。アメリカの昨今のビート感や、ベースの帯域、特にヒップホップを中心とした今のトレンドの帯域に、和楽器の世界を混ぜてみたらどうだろうと。ブレンド自体は誰もが取り組んでいることかもしれませんが、その中ですごくキャッチーなものにしたかったんです。お正月に流れる「春の海」のような「初めてお箏の曲を聴くならこの曲」っていうシグネチャー的な作品にしたかったんです。そのためには、まず大きく歌えるテーマがあることが重要でした。僕の曲はインストゥルメンタルですが、明確なメロディを和楽器の力で作り、それをアメリカのビートとベースの帯域に混ぜました。過去に和楽器の世界の音楽でこんなに低音が出ているアルバムはなかったのではないかと思います。ロサンゼルスに3年間住んで学んだトラックメイキングと、日本特有の和楽器の力を借りて、そのハーモニーで自分の思い描く曲を作るということを意識しました。


──最近取り組まれている映画音楽などについてもお伺いしたいのですが、映画音楽ならではの作曲や工夫など、ご自身の音楽と異なる部分はあるのでしょうか?

宅見将典:実はずっと映画音楽に携わりたいと思っていました。過去にアニメのサウンドトラックも制作していたのですが、2007~2009年当時のお仕事では制作スケジュール的な問題で原作の単行本だけを見て想像して書いていたので、映像を観ていないことが多かったんです。そのシーンが悲しい・嬉しい・戦いといった、ブリーフだけで作っていました。なので、新たに携わった映画音楽で、映像があって役者さんの動きに対して音楽を付けるというのは、実は初めての方法だったんです。これって、自分の音楽が本当に全然違うものになるんです。そのシーンやシチュエーション、役者さんの表情とかによって、普段自分では作らないものが引っ張られて出てくるような感覚です。例えば、怖いシーンに怖いものを当てるのもいいのですが、怖いシーンにコミカルな楽しい曲があったら狂気性が出て実はもっと怖くなったりもするんです。

──そういう意外な掛け合わせみたいなものも生まれるのですね。


宅見将典:怖さのタイプが変わってくるというか。そういうところがすごく面白いです。役者さんたちに書かされているっていう感覚でもあって、自分の作品ではありますが、半分自分じゃないような。特に5月23日に公開する『ゴッドマザー ~コシノアヤコの生涯~』という映画は、自分の一番の得意分野であるメロディーや感動系の音楽がたくさん詰まっています。泣けるけど楽しい音楽とか、逆に楽しいシーンで悲しい音楽とか、そういうちょっと変化球も今回投げてみて、すごくうまくハマりました。そういうところが自分がアーティストして作り出すインストゥルメンタル作品の世界ともう全く違います。メロディーや主旋律は役者さんで、それの伴奏を付けるという感じでした。相手がどう出るからこうするっていうのが自分のソロの音楽だとない感覚なので、すごく楽しいし、自分は向いていると改めて今回の映画で思いました。


──2025年2月には、グラミー賞を目指すクリエイターや音楽ビジネスのためのオンラインプラットフォームであるG-ACADEMYを設立されましたよね。これにはやはり、日本の音楽業界を盛り上げていきたいという思いがあるのでしょうか?

宅見将典:そうですね。僕は46歳なのですが、そろそろ次にバトンを渡すようなタイミングなのではないかと感じるようになってきたんです。実際に現地でグローバルな音楽シーンを見ていると、日本の現実と乖離しているところもあるなと感じます。そしてやはり、世界での活躍を目指すならアワードは避けて通れないと思っています。インディーズでもそれは同じです。でも、「グラミー賞を目指そう」なんて、ほとんどの人は思わないし、どうすれば目指せるのかもわからない。僕自身、一から会員になって、エントリーして、ノミネーションを受けて受賞するというプロセスをひとりきりでしてきたので、その過程を聞きたいと言っていただく機会がこの2年間で本当に多くありました。やっぱりこれは、みんなが知りたいことであるし伝えていくべきことなんだと実感したんです。そろそろ日本人も、もっとそういう世界に踏み出していってもいいのではないかという思いもありました。

──後進のためにもなりますし、本当に日本の音楽がもっとグローバルに届くきっかけになるかもしれませんね。

宅見将典:まさに、きっかけになるし、多くの若い方々が世界を意識するだろうと思います。世界最高峰の音楽アワードであるグラミー賞に触れることで音楽人として明らかに変化するはずです。そして、その道のりを日本語で具現化しているサービスは恐らくありません。まず英語の壁もありますし、だからこそ日本語でわかりやすく説明しながら、僕が実際にどうやってここまで来たか、その歩みを伝えていければいいなと思います。プラットフォームの中には音楽的な講義もありますが、それだけではなく、エントリーの方法から、書籍で触れたような精神面の話まで、幅広く自分の経験をお伝えしています。まだ試行錯誤しながらですが、「こういう仕組みがあれば役に立つかもしれない」と思ったのがきっかけです。


──グラミー賞を受賞され、ご自身の中で大きな目標は達成されたかと思いますが、今新たに目指していることがあれば教えてください。

宅見将典:グラミー賞を獲ったことで、海外でも名前を覚えていただきコラボレーションの話も多くいただくようになりました。2年前にはイギリスのバンド「ポリス」のドラマー、スチュワート・コープランドのプロジェクトに参加し、「ポリス」の楽曲を民族楽器でカバーするアルバムで三味線を演奏させていただきました。今も、海外のあるアーティスト達と3人組で新しいプロジェクトを進行中です。グラミーをきっかけに、これまで想像もしていなかったようなことが現実になってきていて、それが今すごく楽しいですね。


──幅が広がったんですね。

宅見将典:これからは、より映画音楽の世界に邁進して行きたいです。日本のみならず世界中の映画の音楽ができたら素敵だと思っています。映画音楽って、オーケストレーションを書けたりとか、知識や経験がものをいう部分がとても大きい。でもその中で、奇をてらったアプローチやブレンドの工夫で、新しい音楽を作る余地もあるんです。たとえば映画界に旋風を巻き起こしたハンス・ジマーの音楽がそうだったと思います。彼の音は一度聴いたらすぐにわかるし、オーケストラの中に別の要素のサウンドの力を組み込んだ新しい表現を作った。だから僕も、映像音楽に力を入れていきたいですし、サウンドトラックの中で、今までの経験とトレンドの部分の音をどのように自分のサウンドとして生かして行くのかを突き詰めていきたいです。

──まだまだ追求すべきものが満載ですね。

宅見将典:それから、アーティストのプロデュースです。ちょうど5月1日にデビューした「ココラシカ」という10代の3人組バンドのデビュー曲などをプロデュースさせていただいています。まだ10代なのにクオリティーの本当に高い楽曲を自分たちで作るシティポップ風の素敵なバンドです。もともと僕自身がバンドをしていたので、そういうアーティスト経験を基に今後はトレンドの音楽にプロデューサーとしても関わっていきたいです。縁の下の力持ちじゃないですけど、そういう方向に少しずつシフトしていけたらいいなと思っています。

──最後に、音楽で人の心を動かすために、今も挑戦し続けていることはありますか?

宅見将典:一番大切にしているのは「自分自身のリスナーとしての耳」です。実は、音楽を作る時は違う自分になっている感覚があるんです。受賞曲の「Sakura」も含め、基本的にはなぜああなったのかを全然覚えていません。まず、右脳の「音楽家の自分」が一度がむしゃらに作り、しばらく時間を置いてから、もう一人の「フラットな自分」が聴いて、「ここは直そうか」「これはいいな」と冷静に判断する。その工程を何度も繰り返します。なので、作っている最中はどんな作品ができるのか本当に分かりません。でも、最終的に「自分自身のファン」であるもうひとりの僕が「これはいい」と思えない限り、その曲は絶対に世に出しません。そして、そのリスナーとしての自分が良いと感じたものなら、きっと多くの人の心にも届くのではないか、そんな自信を持っています。

単行本「人脈ゼロ英語力ゼロ 無名のバンドマン、グラミー賞を獲る 途方もない夢の叶え方」

2025年4月22日発売
1,760円(本体1,600円+税)
つまづいて、もう一度だけ立ち上がる―必要なのは確率論ではなくて精神論。
2001年にスリーピースバンドのドラムとして華々しくメジャーデビューした著者は、わずか2年で脱退。オリコンチャートは、公表されるもっとも下であるという300位が最高だった。その後、作曲家としてアニソンやミリオンセラーのグループなどに楽曲提供したり、編曲者として活動していた。2011年ひょんなことから世界の音楽の祭典グラミー賞を見に行って衝撃を受け、「舞台に立つ側として戻ってくる」という決意を固める。
それから12年、Masa Takumi名義でリリースした通算5枚目のアルバム『Sakura』が、第65回グラミー賞最優秀グローバル・ミュージック・アルバムを受賞した。
英語力もゼロ、人脈もゼロ、音楽家としても世界では無名の状態からいかにして受賞にたどり着いたのか。
その戦略を惜しみなく公開する。
・はじめに 突然始まった挑戦
・第一章 音楽との格闘
・第二章 10年を見越したロードマップをつくる――焦らない、あきらめないための第一歩
・第三章 周囲に仕掛けを張り巡らせる――常識に流されないための環境づくり
・第四章 33歳からのなんちゃってイングリッシュ
・第五章 人間関係を広げるための戦略――どこに行ったら目的の人と知り合えるか
・第六章 大きな月より小さな星がいい――自分を輝かせて売り込む方法
・第七章 最後はいつも自分との闘い――日々の自問自答で歩みは止まらない
・おわりに 夢の先に見た新しい世界


◆宅見将典オフィシャルサイト