【コラム】BARKS烏丸哲也の音楽業界裏話053「もしかしたら、こんな楽器が誕生するかも」

2025.12.15 20:48

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AIの進歩により、今後どのような新しい楽器が誕生するだろうか。

人間のフィジカルは何も変わっていないのだから、当然それはメンタルへの直接的な働きかけや、プレイヤーに対する先読み機能や便利なサポート機能が内包されるだろうとは思うのだけど、そうなってくると楽器というのは単に「音を出す装置」というよりも「演奏という行為そのものの定義を拡張する存在」になってくる。

例えば、AIが最も得意とする「演奏者の意図を読む」機能に着目してみたらどうだろう。ギターでもピアノでもドラムでもいいのだけれど、楽器にAIが常駐しプレイヤーのタッチやダイナミクス、ビートの揺らぎをリアルタイムで汲み取っていく。フレーズのクセや音楽へのアプローチといったその人の特性も難なく学習してしまうだろう。であればこそ「弾こうとしている音」や「本当は鳴らしたかったニュアンス」を理解し、それを補正・増幅してくれるフィードバック機能が心地よく働くのではないか。

勘違いしていけないのは、これはオートチューンの延長ではなく、演奏者の「未遂の表現」を救い上げる楽器に成りえる点だ。初心者でもうまく演奏し、熟練者はさらに深い表現へ到達できる。本来表現したかった個々のパーソナリティをくっきりと際立たせる。いわば個性の解像度を飛躍的に引き上げる機能だ。

そしてそれは、どの程度のフィードバックを受けるかダイナミクスのパラメーターやしきい値の設定次第で、楽器は先生や師匠になったり、気の置けない相棒や良き理解者にもなるかもしれない。情操教育にも寄与する可能性もある。決して気分や気まぐれで裏切りもしない頼りになる楽器の誕生だ。

そしてその先には、楽器との対話も進みそうだ。「セッションしようぜ」と命ずれば、フレーズの続きを返してみたり、あるいは驚きの展開を提示してみたり、あえて裏切るプレイで刺激を与えれば、休符という沈黙でサプライズを打ってくるかもしれない。演奏はソロではなく二重奏の厚みを持つ。自分の分身が、自分に刺激を与えるというかつて経験したことのない音楽体験が訪れる。なんせ演奏者は自分のレプリカなんだから。

もちろんフィジカルに反応する楽器も、大いなる進化を遂げるだろう。脳波も筋電位も、心拍や血圧、血中酸素濃度、呼吸…あらゆるデータは、プレイヤーとしての自分を数字化したプロンプトでもある。呼吸がリズムになり、心拍がテンポを揺らし、視線の動きが音程を変えるとなれば、もはや「弾く」必要はなく、存在していること自体が演奏になる世界。

つまりは、その時の自分を「音楽化する」という新領域の表現が誕生する。踊る人、佇む人、考え込む人…その時の人間をサウンドとして表現する楽器だ。…なーんて、ちょっと表現が大袈裟になってしまったけど、そもそも「鼻歌」なんてそういうものでしょ? つまりは鼻歌がアンサンブルになっちゃう時代、そんな感じじゃない?

文◎烏丸哲也(BARKS)

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