【インタビュー】井上ヨシマサ、作家デビュー40周年記念3部作が完結「まだ全然やりきってない」

1985年に小泉今日子に楽曲提供をして作家活動をスタート。2025年に作家デビュー40周年を迎えた井上ヨシマサ。
AKB48の数々の大ヒット曲を手掛け続けていることでも知られるヒットメーカー、シンガーソングライターでもある彼の作家デビュー40周年を記念したアルバム3部作が、ついに最終章を迎える。
2024年7月リリースの第1弾アルバム『再会 ~Hello Again~』、今年2月リリースの第2弾アルバム『井上ヨシマサ48G曲セルフカヴァー』を経て完成された第3弾アルバム『Y-POP』は、「ポップス」に改めてじっくりと向き合った作品。明確な答えがないテーマに対して多彩なアプローチをした10曲について語ってもらった。
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◼︎いよいよアーティスト・井上ヨシマサとしてやっていく為の大切な一枚になるよね
──3部作全体の構想や各々の方向性は、最初から明確に決まっていたんですか?
井上:決まってはいなかったです。プロデューサーとの最初の打ち合わせで、「3部作でやろう」という話が出たんですけど、僕は「やめてくれ」と言いましたから(笑)。
──なるほど(笑)。
井上:1年ちょっとで3枚ですからね。でもまあとりあえず提供した楽曲をリアレンジする最初のアルバムを作る事になったのです。デュエットもすることになって、やることが増えていきました。それで1枚作って、もう終わりにしようと僕は思っていたんですけど……。
──終わらなかったと?
井上:はい。プロデューサーは人を誘うのが上手くて、「じゃあ第2弾はAKB48グループのカバーだから簡単だよね」ということに(笑)。コロナ禍の時期にいろんな活動が止まっていた中、「音楽を止めるわけにはいかない」と、X、当時のツイッターに毎日僕が投稿していたアレンジがあったので、「あれをそのまま作品にすればアルバムができるよ」という話だったんですよね。でも、やり始めたら大変でした。投稿したのは1番とかサビだけだったりしたので、フルコーラスにするために2番も間奏も新しいアレンジを追加しなければならないですからね、SNS投稿用のラフなアレンジからアルバム用のアレンジにする為の細かい作業が山積みでした。
──2枚目のアルバムを作り終えた時は、どのような心境でした?
井上:2枚目も大変だったので「もうやめよう」と思っていたんです。でも、プロデューサーからは「3枚目はオリジナル曲のアルバム。いよいよアーティスト・井上ヨシマサとしてやっていく為の大切な一枚になるよね」と。「そうですよね」ということでまた立ち上がって作ったのが今回のアルバムです。配信で既にリリースしていたオリジナル曲もあって、リマスターしてアレンジし直しているものもあるし、レコーディングし直したものもあります。あと、AKB48劇場がリニューアルされるというので、Xへの投稿用に作った曲もあるんですよね。
──「僕の居場所」?
井上:はい。もともとは自分で歌うつもりはなかったんです。「ああいう曲は自分のオリジナルアルバムではやらないの?」という話も出ました。「提供を想定して作った曲を自分で歌うことに対する抵抗感はあるの?」という探りが入りました。その話を聞いて、自分の中で無意識に分けていた事に気づかされました! 「それなら提供曲として作ってストックしていたあの曲やこの曲も歌えるなあ」と考えるようになったのは大きな変化でした。歌ってみたら歌いやすくて、聴きやすかったりもして。
──今作のタイトルは『Y-POP』ですが、ご自身にとってのポップスに向き合ったんですね?
井上:はい。僕の最初のアルバム『JAZZ』(1987年リリース)を作った時は、「ポップス」イコール「歌謡曲」という時代背景も含めた意味でタイトルをつけたんです。美空ひばりさん、フランク・シナトラとかもそうですけど、ビッグバンドで演奏してSWINGを歌いつつも、歌謡曲、ポップスと呼ばれていたじゃないですか? そういう意味での『JAZZ』。「長年、美空ひばりさんの歌を支えてこられたシャープス・アンド・フラッツ(原信夫とシャープス・アンド・フラッツ)が演奏をしてくださった事は、そう言う意味でも嬉しかったし感慨深いものでした。
──『JAZZ』の「ポップス」と、今作の「ポップス」とでは意味が異なりますよね?
井上:はい。提供曲として作ってストックしたものも含むので。僕の中で「歌を出すのは初めてなんです」というような方々に提供するのと、自分が歌うために作る曲とでは違うと思っていたというか……そう思いたかったんですよね。
──提供曲とご自身で歌う曲の創作上の意識の違いみたいなものは、作家として活動し始めた頃から明確にあったんですか?
井上:例えばキョンキョン(小泉今日子)への提供曲は非常にアーティスティックにできたんですけど、他にもいろんな方々の曲も書かせていただくようになった中、自然になんとなくそうなっていったんです。例えば、自分で歌う曲に関しては、「8ビートじゃなく細かい譜割で自由に作って良いんだ」とか考えてやっていたところがあって、オリジナルアルバムを作る時も自然にそういう考えに寄っていたんです。でも、提供する用に作った曲も、歌ってみると楽しいんですよね。だから40周年を迎えたこのタイミングで、そういう境界線を初めて取っ払いました。「こんな高い声も出るんだ」とあらためて気づいたり、面白いトライもいろいろできました。
──提供する曲に関しては、歌い手のスキル、出せる音域の範囲とか、ある種の制約を踏まえて作る部分も大きいですよね?
井上:はい。例えば作曲家として活動を始めた当初発注くださったディレクターさんからは「16部音符など細かい譜割は避けてください」だとか、アイドルの曲のメロディは、1オクターブと3音で作ってくださいというオーダーがあったりするんです。でも、令和の今、世の中に流れているポップスってファルセットもありだし、結構3オクターブぐらい使っているんですよね。。でも、僕はAKB48も含めて頑なに、半ば習慣みたいな感じで1オクターブと3音とかの範囲でやってきたところがあるんです。ですが、オリジナルアルバムにおいては音域の制約が無い。じゃあ4オクターブ使って作るのか?と言われれば、そうでは無かったんです。自由な音域の中で作られるメロディーも蓋を開けてみれば1オクターブに収まっていたり急な高音を使ったとしても感情の赴くままにあてがわられた音は決して歌い辛いものではなく出なかった筈の音域まで出たりするのです。そんなことを今回のアルバムを作って思うようになりました。それによって作るメロディの幅が今後もっと広がるかもしれないです。制約を取っ払ったら、嫌がっていた制約の内側に収まっていた!という事です(笑)。

──今作の制作は、発想や視点を広げる機会にもなったということでしょうか?
井上:今回のアルバムを作る中でプロデューサーが「なんか『これぞヒット曲』みたいなのもあってもいいかもね」って言ったことがあって。「そんなのできるわけないじゃないですか」と言いかけて、「あっ、できるわ」と(笑)。提供する曲でそういうことをずっとやってきたわけですから、「そこをなんで作ろうと思わなかったんだろう?」ってなりました。その結果、好き勝手やっている曲もありますし、自分の今までを振り返ると大事な曲になっているCMソングも入っているアルバムになりました。ポップスってなんでもあり、ノージャンルなのが面白さですからね。
──昭和の頃の歌謡曲もノージャンルのミクスチャーでしたよね。
井上:そういえば、子どもの頃、僕の兄貴がハードロック、ヘヴィメタ好きで、襖の向こうでKISSとかを聴いていたんです。僕はオスカー・ピーターソンとかの練習をしていたから、「うるさいなあ」と、仲悪かったのですが(笑)。憧れのプレイヤーたちがPOPSシンガーのレコーディングに参加していたり編曲をしている情報を共有するうちに会話も弾んで理解を深めたりしました。POPSの懐の深さですよね。
──今回はかなり多彩な1枚だと思います。例えば「Lonely Umbrella」や「リハーサルタイム」とか、80年代頃のAORとか、当時の歌謡曲的なテイストを感じます。
井上:「Lonely Umbrella」は、僕がドラムを叩いているんです。ドラムだけじゃなく生の質感を大事にしてますね。下手なので、録ったものをすごく直しているけど(笑)。
──ボーカルのリバーブ、80年代を彷彿とさせます。
井上:自分が好きだった音楽の時代のボーカルの感じなのかもしれないですね。今はシンセのプリセットの音でいろいろなことができますけど、生ドラムも含めて敢えていろいろやっています。下手なドラム、AIにはできないじゃないですか? ハーモニカもそうです。そういう原始的な楽器に興味が湧いてるんです。
──「BANZAI」でハーモニカを吹いていますね。
井上:はい。生っぽい感じは、いろいろな曲に出ていると思います。
──歌詞も、生の生活感みたいなものを感じます。「Lonely Umbrella」は夜景やドライブを描いていますが、こういう描写は80年代のポップスの定番だったという印象です。
井上:この歌詞を書いていただいたのは、舞花ちゃん(佐藤舞花)ですね。YANAGIMANさんに紹介していただいたすごく若い作詞家さんです。音に敏感に言葉を乗せてくださるので、歌ってみて「そうそうそう!」ってなりました。
──「ノンアルコールで乾杯」で、ジャズの要素が入っている感じも、懐かしいポップス的な雰囲気です。
井上:この前、<かわさきジャズ>というイベントで「ノンアルコールで乾杯」を歌わせていただきました。カシオペアの安部潤さんが手弾きビブラフォンで、豪華メンバーでしたね。
──モダン・ジャズ・カルテットとかもそうですけど、ビブラフォンの入っているジャズっておしゃれです。
井上:僕、昔やったCMソングでビブラフォンを入れたんですけど、映像ディレクターに「この浜辺っぽい南国みたいな音、要らないんじゃない?」と言われて、悔しかった思い出があるんです。あのビブラフォン、ミルト・ジャクソンのイメージだったんですけど……。それ以来、「CMはやりません」って、断っていたら、「それぞれの夢」によって「CMしかやらない人」くらいの感じになっちゃって(笑)。これはまったくの誤解なんですけどね(笑)。







