火を吹く、血を吐く、空を飛ぶ。地獄の使者のさよならツアーだぜ。
火を吹く、血を吐く、空を飛ぶ。 地獄の使者のさよならツアーだぜ Kiss最後のツアーが3月11日に始まった。初日の会場は、アリゾナ州フェニックスのブロックバスター・デザート・スカイ・パヴィリオン。大量に設置されたアンプ、そして炎を噴き出すパイロの個数は、他のどんなバンドと比べても3倍を軽く超えていた。観客は1万7000人近く。大部分は、英雄たちの姿を最後にもういちど見に来た熱狂的なファンだった。そして会場を去るとき、ほぼ例外なく彼らの表情は満ち足りていた。 会場の照明が落ちると、ステージ上の3つのヴィデオスクリーンに映像が映し出された。冒頭の言葉は「アタマがおかしいとおれたちは言われた。いまでもそうだぜ」。続いて映像は、27年にわたるこのバンドの歴史を振り返る。時代を追って紹介される写真や古いフィルム、ヴィデオ映像は、彼らにとって重要な日付けや時期に関するものだ。設立メンバーだったPeter CrissとAce Frehleyの脱退、彼らのいない時代、そしてファンのなかに2人が帰って来たときの勝ち誇った姿。映像が終わると、頭上からステージと同じ長さの横断幕が降って来る。そこにはKissのロゴが。そして、炎を噴き上げるステージにGene Simmons、Paul Stanley、Frehley、Crissの4人のメンバーが降りて来たとき、客席は噴火のような歓声を上げた。 メンバーが楽器の位置に着くと、オープニング恒例のセリフがPAから流れる。「最高のが見たいんだろ、最高のはここにいるぜ。世界一熱いバンドだ、Kiss!!!」。そしてバンドは“Detroit Rock City”でショーを始めた。冒頭のスタッカートのリズムに合わせて、炎が噴き上がる。ステージ前方に立ったStanley 、Frehley 、Simmonsが、彼らの発明した3人一体の振り付けをキめる。歌に入ると、ファンの歓声がいっそう高くなる。曲の後半では、この曲のテーマを完璧に映像化したアニメが流されていた。ハンドルの利かなくなったKissパトカーが、対向して来るトラックに正面衝突するのだ。 『The Destroyer』のスタンダードをもう1曲、“Shout It Out Loud”が演奏される。そして曲が終わるとPaul Stanleyが客席に叫んだ。「忘れられない夜があるかい。今夜をその夜にしてやるぜ!」 “Heaven's On Fire”が終わると、Stanleyがクイっと顔を動かす。Crissはストリップショーみたいなビートを叩いている。ファンが笑って奇声を上げると、Stanleyは客席を指差して言う。「ひとつだけ教えてやろう。この女は裸だぜ!」 あっという間に“Deuce”“Calling Dr. Love”“Shock Me”“Psycho Circus”と続く。その次が“Firehouse”。Stanleyは、70年代のあの赤いプラスティックの消防帽をかぶっていない。しかし、Simmonsは今夜もこの曲で火を吹いた。観客が大喜びする。曲が終わりに近づくと、またアニメが流れる。こんどは、ガイコツの消防士が梯子車の階段を上って行った。 その次は『Dressed To Kill』から“Do You Love Me”。このころには観客が全部の歌詞を合唱していたので、Stanleyはこの曲の1番の歌詞を観客に歌わせた。続く“Let Me Go Rock And Roll”では、Kissのトレードマークとなった3人一体の振り付けをいっそうフィーチャー。曲が終わるとStanleyが言った。「1万9000人の親友と夜を過ごすって、たまんないもんだぜ」 続く“Into The Void”では、Ace Frehleyがセンターステージへ。この夜2回目のリードヴォーカルだ(1回目は“Shock Me”)。Frehleyが長めのギターソロを弾いていると、彼のギターのピックアップがおなじみの煙を噴き出した。ところがこの夜は煙が出すぎたようで、Frehleyはステージの端から端へ、煙に呑み込まれないように逃げていた。その後彼は、ギターをワイヤーに引っかけた。音が生きたままのギターは、フィードバックを起こしそうになりながらステージ上方へ吊り上げられていく。Frehleyは同型のレスポールに持ち替えて、ソロを弾き続ける。最後に彼は“新しい”ギターで上空に狙いを定め、ギターヘッドから噴き出す閃光で宙吊りのギターを“撃って”みせた。 次の曲は“Cold Gin”。Stanleyの弾くイントロは『Alive!』のアレンジそっくりだった。唯一の違いは、いまが70年代ではないことだ。酔っ払い運転はやめよう、とStanleyは言った。この曲はSimmonsが1番の歌詞を歌い、曲を書いたFrehleyが2番を歌った。途中で、最前列にいた女性がブラジャーかビキニのトップらしきものをStanleyに手渡した。彼はその曲が終わるまで、それをギターのヘッドに吊るして演奏していた。 わずかな合間の後、深くて不吉な轟音がPAから洩れて来た。あれしかない。Simmonsが血を噴く時がやって来たのだ。彼は期待に応えた。Simmonsは不気味な緑色の照明を浴び、鮮やかな赤いライトがステージの床面(と、それを覆うスモーク)を照らしていた。口から血を噴き出すと、Simmonsは宙吊りになってステージ上方の照明機材まで飛び上がる。そこにマイクが準備されていて、彼が“God Of Thunder”のリードヴォーカルを取る。Frehleyが間奏のギターソロを終えると、緑色の炎が噴き上がり、Simmonsはステージに舞い降りて曲の後半を歌った。 それからStanleyは、メイキャップを落とす決心をしたときの話をした。もしあのときファンがついて来てくれなかったら、バンドはダメになっていただろうと彼は言った。あのときリリースしたアルバムがすぐプラチナディスクになって、Kissはただのギミックバンドじゃないと証明できた。だから“Lick It Up”や“I Love It Loud”を出したんだ。彼はそう言った。彼が言わなかったこともある。Frehley とCrissは、その2曲のオリジナルヴァージョンに参加しなかった。だから、2人がこの2曲を観客の前で演奏するのは、この夜が初めてだったのだ。 続いて彼らは“100000 Years”で追憶の世界へ入って行った。この夜のアレンジは『Alive!』と同じ。Stanleyが観客に「気分はいいか」と繰り返し問いかけるところまでそっくりだった。付け加わった点もある。この曲でStanleyは、WhoのフロントマンRoger Daltrey風に、コードを持ってマイクをぶんぶん回してみせた。さらにStanleyは、回っているコードを窒息死しそうな勢いで首に数回巻きつけて、マイクをキャッチ。そしてコードをほどいていった。 “100000 Years”の後、ヴィデオスクリーンには“拍手メーター”が2つ映し出された。この針がレッドゾーンに振れたら客席に入っていくとStanleyが言う。観客たちは「もっと、もっと」とせき立てられる。針はついにレッドゾーンへ。そしてStanleyが頭上から降りて来た宙吊り用ハーネスをつかむと“Love Gun”が始まった。彼はファンの頭上を浮遊して、共鳴壁の近くにあった壇上に着地。観客の手が届く距離で“Love Gun”を歌う。何人かと握手し、まわりのみんなに手を振る。バンドの演奏は続いている。ふたたびStanleyがハーネスをつかんでステージへひとっ飛びしているあいだ、会場にはFrehleyのギターソロが鳴り響いていた。 アンコール前の最後の曲は“Black Diamond”だった。巨大なミラーボールが降りて来て、さまざまな色の光線を会場に散りばめる。1番の歌詞は観客が歌った。もっと大きい声で、とまたStanleyがせき立てる。あさってコンサートがあるテューソンの連中は、もっとでかい声してるぜ。テューソンは同じアリゾナ州のライヴァルだから、ここフェニックスの観客は俄然大きな声で歌い出す。そこから先は、バンドがこの曲を引き継いだ。曲の終わりに、ドラムキットがステージからせり上がり、照明に届く寸前まで上昇した。それにつれて見えてきたのは、シルク地に刺繍した2匹の大きな猫らしきもの(『Alive II』のジャケットの絵に似ていた)と回転する車輪だった。エンディングで曲のテンポが遅くなると、車輪は火花を散らしていた。 Kissが短い休憩を取っているあいだ、観客はバンド名をリズミカルに連呼していた。バンドが戻って来ると、Stanleyはマイクに近づいて言った。「この曲は、おまえたちのことだ」。そして“I Stole Your Love”で、彼らは1回目のアンコールに応えた。またわずかの休憩をはさんで、今夜初めてPeter Crissがソロを取る。歌った曲は“Beth”。PAから演奏が流れると、Crissはステージ前方の椅子に腰かけて、観客にバラをあげたりもらったりしていた。ファンたちは彼と合唱した。曲が終わるころ、彼は体がヘトヘトだという素振りを見せた。 一瞬照明が落ちたが、すぐにステージは明るくなった。次の曲は「ロックンロールの国歌」だとStanleyが言った。“Rock And Roll All Night”が始まると、観客は立ち上がる。ステージ前方に並んだ空気砲が、この曲のあいだずっと紙吹雪を打ち続ける。曲が終わるまでに、Simmonsの顔には何枚か紙吹雪が貼り付いていた。ソロを弾くFrehleyのギターヘッドには、火花を散らして回る車輪が付いていた。Stanleyは観客とおなじみのコールアンドレスポンス。やがて曲がエンディングを迎えると、Stanleyがステージにギターを叩きつけた。数回かかったけれどギターはいくつかの破片に砕け、彼はそれを客席に投げ入れた。 それが最後の曲だった。曲が終わってKissのメンバーが舞台袖へ歩いていると、ヴィデオスクリーンがメッセージを映し出した。「Kissはフェニックスのみんなに感謝してるぜ」。そして客席の明かりが点いて、英雄たちとの2時間15分で完全燃焼した観客たちは駐車場へ歩き出した。 この夜のショーは爽快だったが、欠陥がなかったわけでもない。何回かStanleyのマイクが切れているようだった。コーラスのタイミングが合わなかったところもあったし、ミキシングも100%ではなかった。あの精巧な火炎装置でさえ、2、3回調子がおかしかった。けれどこの夜は初日だったから、こういうミスはしかたない。Kissの名誉のために言っておくと、そういったことが、曲を演奏しファンを楽しませる彼らの足をすこしでも引っ張ったわけではない。それにこの種のミスは、すこしステージを重ねればなくなるにちがいない。 この日の前座はTed Nugentだった。彼は今回、Kissのツアーの全日程に同行する(さらにあとからSkid Rowが加わる予定)。Nugentは、ヒット曲を知名度の低い曲でサンドウィッチにして約1時間演奏した。“Kiss My Ass”を歌ったときには、すこしのあいだ政治的な発言も行った。この歌の途中で彼は、この曲のタイトルどおりにしろと言って、ジャネット・リノ司法長官やアル・ゴア副大統領のような人々をからかったのだ。Nugentの締めくくり3曲は“Cat Scratch Fever”“Stranglehold”“Great White Buffalo”。“Cat Scratch Fever”の演奏を始めるとき「これは史上最高にセクシーなリフじゃないかな」と彼は言っていた。けれど曲が終わると、彼はハッとした顔で「しまった、最高にセクシーなリフはこれだった!」と言って“Stranglehold”の演奏を始めた。 Bruce Simon |