ニュース・最新情報
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PRS、200本限定のジョー・ウォルシュ・モデル「McCarty 594 Singlecut Joe Walsh Limited Edition」発表
ポール・リード・スミス・ギターズより、イーグルスのギタリスト、ジョー・ウォルシュの限定モデル「McCarty 594 Singlecut Joe Walsh Limited Edition」が発表。
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ジョー・ウォルシュとブライアン・ジョンソン「僕ら、バンドを始めるべきだ」
イーグルスのジョー・ウォルシュが、AC/DCのブライアン・ジョンソンに新バンド結成を呼び掛けた。
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ジョー・ウォルシュ、ジョン・エントウィッスルと疎遠になった理由を語る
イーグルスのジョー・ウォルシュが、ザ・フーのジョン・エントウィッスルが亡くなる前、彼と疎遠になっていた経緯を明かした。
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ジョー・ウォルシュ、『ホテル・カリフォルニア』完全プレイ公演「大変だったが感慨深い」
イーグルスのジョー・ウォルシュ(G)が、名盤『Hotel California』(1976年)を完全演奏するイーグルスの特別公演について語った。
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ポール・マッカートニー、リンゴ・スター&ジョー・ウォルシュと共演
ポール・マッカートニーが土曜日(7月13日)、ロサンゼルスのドジャー・スタジアムで開いた<Freshen Up>北米ツアー最終日で、リンゴ・スター、イーグルスのジョー・ウォルシュと共演した。
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ジョー・ウォルシュ「ブライアン・ジョンソンとレコードを制作しているわけじゃない」
イーグルスのジョー・ウォルシュは今週初め、ブライアン・ジョンソンとの2ショットを投稿し、「旧友ブライアンとロンドンで音楽を制作するという素晴らしい1日」とつぶやいたが、残念ながら、現時点、2人のコラボが公開されることはないそうだ。
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ジョー・ウォルシュ&ブライアン・ジョンソン、音楽を制作
イーグルスのツアーで英国に滞在中のジョー・ウォルシュが、ブライアン・ジョンソンと音楽を制作したそうだ。
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ジョー・ウォルシュ、フー・ファイターズの公演にゲスト出演
フー・ファイターズが日曜日(7月22日)米ボストンで開いた公演に、イーグルスのジョー・ウォルシュと2015年デイヴ・グロールが足を骨折したときに治療した整形外科医Dr. Lew C. Schonがゲスト出演した。
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シェリル・クロウ、最後のアルバムでS・ニックス、K・リチャーズ、D・ヘンリーらとコラボ
シェリル・クロウが新作で、スティーヴィー・ニックス、キース・リチャーズ、イーグルスのドン・ヘンリー&ジョー・ウォルシュらとコラボしていることを明かした。
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ジョー・ウォルシュ、エルヴィスの聖地で特別公演
ジョー・ウォルシュが、5月6~8日、エルヴィス・プレスリーのグレイスランド(米メンフィス)でスペシャル公演を開くことを発表した。
プロフィール・バイオグラフィ・リンク
Eaglesで頂点に上り詰めた3年後、''78年にトップ20入りしたヒット“Life''s Been Good”は、彼が生き抜いた人生の変遷を面白く要約している。「僕のマセラティはスピードオーバー/ 免許は無くした、今は運転しない/リムジンの後ろに乗り/襲撃に備えてドアをロックする/ヒットは続出、ファンは待てない/ファンレターでは誉められる」。 そして次は、戦車にまたがり、家を破壊したカヴァー写真の『There Goes The Neighborhood』を発表。Joe Walshは全く面白い奴である。
Walshが''69年~''71年に在籍したバンド、James Gangの作品は、あまりユーモラスなものではなかったが、4枚発表されたアルバムでの彼のギター演奏は、より印象的なものだった。中でも、Whoの Pete Townshendはこれに感銘を受け、Walshのギターの腕を高く評価して、Whoの''71年のヨーロッパツアーの前座を務めるようJames Gangに申し出ている。Walshが参加した4枚のアルバムのうち3枚は、Walsh作の“Walk Away”と“Funk #49”(バンドと共作)のおかげでトップ30入りを果たした。
その後ケント州出身のWalshは、ドラマーのJoe Vitale、そしてベーシストのKenny Passarelliと、短期間ではあるが、新たにBarnstormという名のバンドを結成した。''73年の『The Smoker You Drink, The Player You Get』は、タイトルからしてWalshの風変わりさが明らかになってきている。このアルバムで彼は初のトップ10入りを果たした。これは“Rocky Mountain Way”がラジオでヒットしたおかげであり、この曲はWalshの代表作となった。
''74年後半の『So What』で、Walshは同じマネージメントに所属するEagles のメンバーから、スタジオでの作業に多大な協力を受け、Don Henleyと“Falling Down”を共作した。彼のソロアルバム2枚がトップ20入りを果たした時に、彼がBernie Leadonの後任としてEaglesに加入することを引き受けたのは驚きではあったが、今思えば、これは賢い選択である。彼はEagles が求めていた、よりハードなロックの鋭さをもたらした。これは『Hotel California』からトップ20入りを果たしたヒット曲“Life In The Fast Lane”( Walsh、Henley、そして Glenn Freyの共作)からも顕著である。
一方、Eagles は彼により多くのメディア露出の機会を与えた。おそらく、多額の報酬とともに。彼のキャリアを通して、唯一のプラチナアルバムとなったのが『But Seriously Folks... 』であり、これが、Eagles が最も売れていた''78年に発売されたことは偶然ではないだろう。アルバムには新たに得た名声をインスピレーション源としたヒット曲、“Life''s Been Good”も含まれている。
Walshは''82年の解散までEaglesに在籍し、ユーモラスなタイトル(『There Goes The Neighborhood』『You Bought It, You Name It, Got Any Gum?』) を付けたアルバムを発表していったが、ずば抜けたヒット曲はなかった。“Life Of Illusion”でトップ30入りを果たした後は、“Space Age Whiz Kids”(52位)を最後に、低迷し始める。''92年のアルバム『Songs For A Dying Planet』はチャートインすら果たせなかった。そして“駆け足の人生”は、徐々にはるかかなたの思い出となっていった。
しかし(ジャジャーン!)''94年にはEagles再結成ツアーが大きな話題を呼び、何年かぶりにステージに上がったWalshは、かつてないほどたくさんの人々を前にプレイすることとなった。Joe Walshの人生は、再度上々のようである。