【インタビュー】中村滉己、新たな音楽を切り開く

2026.03.18 12:00

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民謡歌手で津軽三味線奏者の中村滉己が、大学卒業と芸歴二十周年を記念したアルバム『Next Trad』をリリースした。

民謡と津軽三味線の名門に生まれ、自身も津軽三味線全国大会史上最年少優勝の記録を持つなど22歳にして稀有なキャリアを持つ中村滉己。彼は自身のキャリアに裏打ちされた伝統を守るだけでなく、現代へ民謡や三味線の魅力を伝えるべく活動している。

アルバム『Next Trad』は、そんな彼の思いを体現した他のどこにもない作品に仕上がっている。民謡、三味線、伝統、一度そのような言葉をとっぱらって、彼の作る音楽世界を多くの方に味わっていただきたい。

今回は中村滉己本人にアルバム『Next Trad』についてたっぷり語ってもらった。

   ◆   ◆   ◆

──芸暦二十年、大学卒業、おめでとうございます。

中村滉己:ありがとうございます。前回のインタビューが大学1〜2年の頃でしたね。

──ですよね。あのときからいろいろな経験を積んで、かなり成長されたんじゃないかなと。

中村滉己:激動といえば激動でしたね。大学4年間通ったんですけど、体感2年ぐらいで終わっちゃったんじゃないかっていうぐらい、早かったですね。

──専攻されていたのも、音楽系の科目だったんですか?

中村滉己:主に心理学です。テーマとしては、Z世代を対象に、録音と生演奏で津軽三味線を聴いてもらって、どう違うかという調査などをしていました。

──大学生活中に大きく成長できたなという実感はありますか?

中村滉己:そうですね。いま振り返ると、大学1年生でコロムビアからメジャーデビューさせていただいたばかりのころは、ただうまく演奏する、ノーミスで歌うとか、とにかく完成されたものだけを目指していたところがあったなと思います。でもいろいろな現場に立たせていただいたりとか、さまざまなアーティストの方と共演させていただく中で、きちんと演奏したうえで“どうやって中村滉己をひとつのエンターテインメントとして魅せるか”というところを考えるようになりましたね。

──そう思うようになった一番大きな出来事というと。

中村滉己:やっぱりひとつは、メジャーデビューして羽生結弦選手のアイスショーで演奏させていただいたこと。そして、新浜レオンさんとのコラボです。ステージングが圧倒的で。人が変わったかのようなステージアクションを隣で見ることができたのはすごく大きかったかなと思いますね。あとは全国ツアーを回らせていただいて、お客様の声を直接聞くことができたのも大きかったです。

──前回のインタビューでは“上京してレベルがひとつ上のところで戦いたいんだ”っておっしゃっていました。それは叶いましたか?

中村滉己:そうですね、結構いろんな場面で戦わせていただいて、その目標は達成できたかなと思います。いまの目標は、その経験をどう糧にしていくかということですね。

──プライベートでの大学生活も満喫できましたか?

中村滉己:一番は、これまで自分が関わってこなかったような人たちと喋れたことが楽しかったですね。学生なのにすでに起業していたり、いろんな企業と業務提携しているとか、ハイレベルな人たちに囲まれるのが新鮮で、とても勉強になりました。

──それでいうと、中村さんご自身も名門の出身でキャリアも相当ですけれど。

中村滉己:いやいや。やっぱり違う分野のすごい人たちと関わると、刺激が大きいですね。あとバイトしたり、サークル活動したり、普通の大学生っぽいこともたっぷり楽しみました。

──紋付袴を着て三味線を弾いているお姿を見ていると、普通の大学生だったんだなというギャップがなんだか可愛らしくも思えてきます(笑)。

中村滉己:友達にも、着物をきてる写真を見ると「これは本当に滉己なのか」っていつも言われてました(笑)。

──大学のお友達がコンサートに来たりも?

中村滉己:ありました。これまで津軽三味線や民謡に触れたことのない友達の意見ってすごく面白くて。このアルバムを出した理由にもつながりますけど、やっぱり次に狙っていく層の年代の人たちなので。

──大学生活を送る中で、ご自身のやってきた音楽と周りの認知度の乖離を感じることなどもあったのではないかと思うのですが。

中村滉己:大学には比較的好奇心の高い人が多いので、高校のときとかよりは聴いてくれる耳は持ってくれていたんですけど。それでも大学で三味線のことを発表すると、ポカンとされたんですよね。やっぱり普及するにはもっと工夫が必要なんだなと思った瞬間でしたね。

──いただいている資料のコメントにも、「民謡従事者として、現代の生活の中でほとんど聴かれなくなっている現実に強い悔しさを覚えてきました」とありました。

中村滉己:例えば、ライブがあるんだって親しい人に言っても「あーね、三味線って“べべん”ってやつでしょ。考えとくわ(笑)」って感じなんですよ。で、実際に聴いてもらっても「和って感じだね〜」「OK、わかったわかった」みたいな反応をされることが多くて。それってやっぱ作ってる側としてはすごく悔しくて。

──そうですよね……。

中村滉己:もうひとつショックだったのは、日本の伝統的な音楽、文化なのに、日本人がそれに対して全然関心がないっていうことでした。

──今回のアルバムの“民謡を聴く、を日常に。”というテーマにも繋がってきそうなお話です。

中村滉己:民謡の三味線って「お正月だからまぁちょっと聴くのもアリかな」くらいの認識で、“何かがないと聴かない音楽”じゃないかなって解釈してるんですよ。なんですけど、いま流行っている音楽は日常的にサブスクで通勤中に聴いていたり、理由があって聴いているんじゃないですよね。そんな風にいつでも手軽に聴けること、イコール普及なのかなっていう風に考え始めて。なので、今回の“民謡を聴く、を日常に。”というテーマを立てました。

──アルバムを作ろうという計画はあって、テーマを考えていった形ですか?

中村滉己:はい。大学卒業でアルバムを出そうという計画があったので、コンセプトから考え始めました。もっと民謡が普及するためには、コンセプトから変えていかなきゃいけないんだと思って。いままでって、伝統的な邦楽を新しくしていくことが目的、みたいなところが正直あったかなと思うんですよ。なんですけど、邦楽が新しいものになったその先の世界というのは、聴かれるのが日常になることかなって思って。

──津軽三味線を聴いて新鮮!新しい!と思うのではなく、そこにある音楽として聴いてほしいということですよね。

中村滉己:はい。だから特異性を狙うというより、みなさんが日常で聴いているサウンドに近づけたいという思いがありました。

──今回アルバムを聴かせてもらって、EDM調の民謡があったり、ジャジーなアレンジのインスト曲があったり、民謡や津軽三味線って何にでも合うんだなという気づきがありました。こういった工夫も、中村さんご自身の中からでてきたアイディアですか?

中村滉己:そうですね。今回は自分が本当にやりたいことと、“民謡を聴く、を日常に。”というテーマに沿った11曲を出せたなと思います。例えば3曲目の「The Nights」や8曲目の「Body Back」はカバーなんですけど、こういう現代的な曲で、しかも自分が作曲するにあたってインスパイアされたものが入っていたりとか。「OHARA」とか「やまとのこころ」「TOKYO NEO SPACE」も、もう別に民謡ではないんですよ。民謡で培った力を、違うものに昇華させた作品なんです。

──オリジナル曲、民謡インスパイア、民謡リバイバル、カバー曲に分かれていますよね。ご自身で作曲もされているので、全部オリジナル曲にしたり、逆に全部民謡ベースの曲だけにしたりと、いろいろな方法があったと思うんですが、こういう風な構成にしたのは?

中村滉己:まず、三味線だけじゃなくて、まず歌をメインにするというのがあって。

──そうだったんですね。

中村滉己:津軽三味線ってロックなイメージがあってかっこいいと言ってもらえることもあるんですけど、民謡は三味線以上に関心を持っている人が少なくて。でも民謡の歌詞とか歌声っていうのは、その土地土地の魅力とか、その土地の人間関係や喜怒哀楽を飾らずに伝えてきたものなんですよ。すごく生々しくてリアルなもの。それは今のポップスにもつながるもので。そんな民謡をまず入れたい、歌として次に繋げて残していきたい、という思いがあったので、民謡インスパイア、民謡リバイバルの曲を多く入れています。

──それぞれの曲のベースになっている民謡は、いわゆる民謡界でメジャーな曲なんですか?

中村滉己:メジャーな曲もありますし、最近できた新民謡といわれるものもあります。その中でこれらをセレクトしたのは、やっぱり聴いてもらいたいかどうかという理由です。例えば「OHARA」は「鹿児島おはら節」がベースになっているんですけど、鹿児島の情景とか陽気な気質を歌っている歌詞が素晴らしいのでそれを聴いていただきたいと。「OHARA」に関しては補作詞をしているんですが、この曲をどうブラッシュアップしていこうか、みたいな時間もとても楽しかったですね。

──私は正直、民謡をひとつも知りませんでした。でも今回をきっかけに色々調べてみて、こんな歌詞だったんだと新たな発見があって興味深かったです。

中村滉己:「OHARA」では歌詞に《薩摩せごどん》と出てきますが、あれば西郷隆盛のことで。自分の土地にいた歴史上の人物に対して、あそこまで誇りを持って歌い上げる民謡ってあまりないんですよ。そうやってひとりの人物に対してリスペクトを込めているというところがまず面白いなと思いましたね。あとは、やっぱり南九州の方って陽気な方が多いなという印象なんですよ。それが桜島の火山が燃え上がるイメージとリンクするところがあっていいなと。ただ、フレーズはやっぱり現代の人には馴染まないかなというところで、この素晴らしい内容はそのままに、新しい歌詞をつけたらいいんじゃないかと思ったんですよね。

──新たに加えた歌詞には、どのような思いを込めましたか。

中村滉己:原曲から派生した部分もあるんですけど、自分の“民謡界に一石を投じたい”という覚悟を込めています。《風をきって進む 時代の船》というフレーズなんかは、あの桜島の海を越す船という考え方もできるし、逆風の中でも自分の船を進ませていくという捉え方もできるし。

──中村さんご自身で歌詞もサウンドアレンジも行ったのでしょうか。

中村滉己:歌詞は、僕がこうしたいという思いを伝えてFGCooさんという方と共作しました。サウンドアレンジは友田ジュンさんというジャズフュージョンのスペシャリストの方にお願いしまして、僕からも細かく要望を伝えさせてもらいながら編曲してもらいました。

──ピアノから始まるし、三味線よりもシンセが目立っているし、意外なアレンジでアニソンのような印象も受けました。

中村滉己:それも若干狙いではあって。日常に聞いてもらいたいという思いがあるので、最初に来る音が三味線ガンガンではダメなんですよ。みなさんが普段聴いてるポップスとかに入っているサウンドから始まるというのは、ひとつの作戦でした。

──そうですよね、私も中村さんのアルバムだから最初に三味線をガンガン弾くだろうと思っていました。でも、本当に聴きやすいですよね。

中村滉己:ところどころに、民謡の「ハァ〜」みたいな歌い方が入ってはいるんですけど、それがアレンジでうまくポップスに融合されているような作品にできたなと思いました。

──はい。一曲目にして“民謡を聴く、を日常に。”というテーマが伝わってきます。民謡なんだけど、民謡じゃない絶妙な匙加減ですよね。

中村滉己:そう思っていただけているのがすごく嬉しいです。前作までの曲は民謡を7割ぐらい残した上で、新しい音楽に載せてる、というイメージだったんですよ。でも今回は民謡という軸はあるんですけど、サウンドが絡み合う感じ。自分もそれを意識して歌ったし、弾きましたね。

──「MINATO」なんかは、結構民謡に近い方の曲でしょうか。

中村滉己:そうですね。これは結構残してるかな。僕、宇多田ヒカルさんが大好きなんですよ。あのR&Bテイストのグルーヴがすごくいいなと思っていて。でも考えたら民謡もブルースと言われればそうかもしれないと思って、合わせてみたらすごくマッチした感じです。R&Bにハマっていた時期でいろいろ聴いている中でアレンジを思いついたんですよね。

──そうやって編曲の方と話し合って制作を進められたのですか?

中村滉己:自分の知識だけでオリジナル曲を作るのもの楽しかったんですけど、違うジャンルで戦っているアレンジャーの方の意見を間近で知れて勉強になりました。綿密にやり取りをして、レコーディングまでに何回リハしたかな……合計で5〜6回とか、ライブのリハの回数超えてたんじゃないかな。企画段階から数えると10カ月ぐらい制作していましたね。

──三味線のフレーズはご自身で考える?

中村滉己:7割ぐらいは自分で考えました。これまで三味線のフレーズは絶対自分で決めてたんですけど、今回はそこも、もっといいフレージングないですかねっていうふうに人の意見を聞こうと思って。どうしてもこれだけやっていると手癖みたいなのがついてきちゃうんですよね。それは三味線っぽさでもあるし自分らしさでもあるからそれはそれでいいんですけど。三味線の弾き方も、他の方がどうやって考えているのかを教えてもらったりしましたね。

──カバー曲の「The Nights」「Body Back」はどうやって選びましたか?

中村滉己:「The Nights」は、2ndシングル「Labyrinth」を作るときにめちゃくちゃ参考にした曲なんですよ。アヴィーチーさんも大好きで、作曲するときにすごく聴いていて。あのペンタトニックスケールで使われる音階が、津軽三味線と親和性があるんです。「Body Back」のグリフィンさんにも、影響を受けていますね。ずっと、自分のやってきた音楽と、違う分野の音楽を組み合わせるということは意識していたんだと思います。

──新しさを感じる1曲目「OHARA」から、民謡を活かした2曲目「MINATO」、洋楽カバーの「The Nights」と、3曲目までですでにジャンルがバラバラですよね。

中村滉己:ここの3曲の並びはかなり意識しましたね。最初は「これが民謡なの!?」と思っていただいて、次に「ちょっと民謡っぽいのきたな、でもR&Bっぽいな」と思ったらアヴィーチーがくる、みたいな。結構最初から情報量が多いかなとは思います(笑)。

──そう、構成も面白いんですよね。そして4曲目で三味線曲が。

中村滉己:そうですね。ようやくここで自分の三味線スタイルががっつり出てくるという。

──なのに、こんなにストリングスが入って!

中村滉己:はは(笑)。意外に津軽三味線だけで出てくるのは7曲目の「NIKATA」までないっていう。

──それもあえて、なんですよね。

中村滉己:そうですね。三味線がメインになる曲って1stアルバム『民唄 -TamiUta-』から「Labyrinth」までバーンと出してきたので、今回は歌をメインにして、三味線を使うにしてもサウンドに絡んでいく使い方をしたかったので。

──歌といえば、「IWAI」の歌い方がセクシーでドキドキしました。

中村滉己:ありがとうございます(笑)。歌詞も色っぽいんですよね。昔って男尊女卑が激しかったので酒蔵には女性が入れなかったんですが、酒蔵で働いている鉢巻をした男性のことをかっこいいと思っている女性の歌ですね。お囃子言葉みたいな部分があるんですけど、そこをウィスパーっぽい声を使ってみたり表現を工夫しました。もともとドラマチックな曲なので。

──《ハァドッコイ》というところは、本来の民謡ではもっと力強いんですよね。

中村滉己:そうです。レコーディングするときに、《ハッ ハッ》って感じにしてみたらどうだろうと思ったら、こっちの方がいいじゃんってなりましたね。音程をつけずに言うだけで、お囃子がラップっぽくなるんだって、自分の中でも気づきでしたね。

──最後の《鶴さん御門に〜》というセリフっぽいところもカッコよかったです。

中村滉己:嬉しいです。これは僕の作品の中でも、民謡をあまり聴かないという方からの評判が良かった曲でしたね。

──民謡って、こうやって自由にアレンジしていいものなんですね。もっと格式張っているのかと思っていました。

中村滉己:自分はどんどんアレンジしていきたいなと思っています。自分で表現を変えてみることで、改めて民謡の良さにも気づいたりするので。

──失礼な話ですが「灘の酒造り祝い唄」と言われたら、すぐに「聴いてみよう!」とはなかなかならないと思うんです。

中村滉己:なので、タイトルも「なんだろうこれ」って思ってもらうために英語表記にしています。

──やはりそうでしたか。「SHIGESA」も、もとは「隠岐しげさ節」ですもんね。

中村滉己:「隠岐しげさ節」は、歌詞だけで言うと結構トップレベルに好きなんです。《船は出て行く波止場には いとし島の娘が涙で唄う しげさ節》って歌詞があるんですけど、いまの恋愛系のポップスに日本語の美しさをブレンドしたような表現だなと思って。

──ちょっと切ない歌ですよね。

中村滉己:多分、隠岐島に男性がお仕事の関係で隠岐島に来て、島の女性と恋愛して……でも男性はいつかは帰ってしまう。それを女性は島から見送っているという情景を描いていると解釈しています。美しい日本語で、民謡の艶っぽさを表現していますよね。

──それをピアノと歌ってしまうという。

中村滉己:Official髭男dismさんのサポートをしている善岡 慧一さんが弾いてくれているんですけど、こんなにポップス調になるんだってびっくりしましたね。

──リズムがすごく気持ちいいなって思いました。歌詞は重めなんですけど、軽快なんですよね。

中村滉己:一瞬、バンって落ちるとこもあるんですよ。そこで一番重い歌詞を歌っているという。

──へぇ!面白いですね。逆に「NIKATA」では歌わない選択をしたんですね。

中村滉己:これは歌うよりインストで聴かせたいと昔から思っていました。これって日本に数ある民謡の中で一番細かくてスピーディーな曲なんです。三味線って速弾きするときに力強さやロックな感じの魅力が出る部分もあって、それが全面に出る楽曲なのでいつも三味線でやるんですけど、今回はドラムの名手・竹内大貴さんと即興でやらせていただきました。

──え、これ即興だったんですね。セッションをそのまま録音した感じがしたのはまさにそれが理由でしたか。

中村滉己:これ、楽譜ないんですよ。録り方も、生でぶつかり合っている感じを聴いていただきたかったので、エンジニアさんにステージで録音する設定にしてもらって。ただ、レコーディングは一番緊張しましたね。途中でミスっても、もう繋げるとか絶対無理だから、2回ぐらいで完成させましたね。

──「仙北荷方節」という曲と、「秋田荷方節」という曲を混ぜてあるんですか?

中村滉己:どちらも浅野梅若さんという方が作った曲なんですけど、「仙北荷方節」は三味線だけで聴かせて、ドラムが入ってくるところからが「秋田荷方節」です。

──なるほど。三味線を聴いていたと思ったら、どんどん乗せられていくのが面白くって。

中村滉己:そうなんですよ。とにかく三味線とドラムのバトルを楽しんでいただきたいですね。

──そして次に「やまとのこころ」というシンプルな歌モノがくるという。

中村滉己:これは、自分の今までの活動を振り返る中でコンセプトが生まれた曲です。二十歳のとき、初めてひとりでパリに行ったんですが、向こうでいろいろな経験をして、出会う文化のひとつひとつが衝撃的すぎて。いろんな洗礼を浴びたんです。日本では礼儀正しいと思っていたことが向こうでは逆に失礼だったりとか。帰りの飛行機で旅で感じたことを思い返していたら、なぜかこのフレーズをパッと思いついて。すぐ飛行機のトイレに行って鼻歌を録音して、それを家に帰って打ち込んだフレーズを善岡慧一さんに伝えまして。作詩の吉本由美さんには、自分がパリで感じたことと、日本に帰ってきて改めていいなと思ったこととかを伝えて歌詞を書いていただいて完成しました。

──優しい曲でポップスではあるんですけど、これはもはや新たな民謡にもなり得るんじゃないかと思いました。

中村滉己:僕も、次の世代の民謡として残ってくれたら嬉しいなと思っています。

──覚悟を決めた日本男児の歌が、パリで生まれるというのも面白いですね。

中村滉己:いろんな方が、海外に行くことで日本の良さを知ることができると言っていたのを実感できました。セーヌ川で三味線を弾いたりしたんですよ。でも普通に弾いて手も全然集まってくれなくて。でもアクションつけて弾くとブラボー!って言ってもらえたり。すべてが刺激的でした。実際に行ってみることで、希望ばかりではないなということもわかりましたね。

──でもその結果、こんな素敵な曲が生まれて。

中村滉己:行かなかったら、多分このフレーズもなかったし、思いもなかったでしょうね。

──しかもこの先、中村さんが歳を重ねていくほどに深みを増していく曲のようだとも思いました。

中村滉己:そうなっていくといいですよね。聴いていただく方には、日本に生まれてよかったなと思っていただけたら嬉しいです。

──そして10曲目「TOKYO NEO SPACE」が続きます。

中村滉己:これはある意味、今回の起爆剤ですね。ここまでぶっ飛んだ編曲をしてくださる方はいないなって思いました(笑)。しかもこれ前半インスト、後半ボーカルという構成になっていて、こういうのも今までになかったですね。作詩作曲をしてくださったTOSHIKI NAGASAWAさんのご自宅にこもって、夜中まで2人で相談して。とんでもないものを作ってもらいました。

──本当に、すごい曲でした。どういう思いが込められていますか?

中村滉己:いまの東京から世界に飛び出すという自分の思いと、三味線も歌い方もいまとは違う新しい世界があるんだって感じていただくための一曲です。民謡にはこだわっていません。

──三味線も、こういう表現があるんだって驚きました。

中村滉己:ギターのエフェクトを三味線にかけたりしています。それ自体はまああることなんですけど、こういう歌の曲に入れるというのはあんまりなかったと思います。

──歌詞もいいですよね。《誰もたどり着けなかった あの先の未来を目指す》なんて、まさに中村さんが描いているビジョンのようで。

中村滉己:そうですね。自分が民謡の世界を大事にしつつも、日常的に聴いてもらうためにはもっと飛び出さなければいけないという。前例がないところに挑戦していくという自分の想いを歌詞にしていただきました。フレージングの部分は、ここはこうしたい、という希望をたくさん伝えさせていただきました。

──10曲目にこれがくるのがとても面白いです。

中村滉己:プロデューサーには、これほぼ組曲だねって言われました。テクノで始まって、トラップが入ってポップス入って、またテクノで終わる。すごいですよね。ここに入れてよかったなと思います。

──そして、アルバムを締めくくるのが「津軽じょんから節」。

中村滉己:「津軽じょんから節」で締めるというのは、最初から決めていました。このアルバムはこれまでのどの作品よりも挑戦をしたし、その挑戦はいろんな受け取り方があると思うんですけど、最後はやっぱり自分の原点で終わりたいと思ったので。特に10曲目がかなりチャレンジングな曲ってのもありますし。

──いや、それがすごく良かったです。斬新なことをするだけでなく、きちんと伝統を大事にするという中村さんの心意気が出ていますよね。

中村滉己:自分はこの曲がなかったらここまで活動させていただけていないので。いまのところ2ndシングル「Labyrinth」以外には「津軽じょんから節」が入っているので、聴き比べていただくのも面白いと思います。これから自分もいろんな音楽を身につけていく中で、「津軽じょんから節」の表現も変わっていくんだろうなと実感していて。なので、これからの作品全部にも入れたいなと思っています。

──三味線の詳しいことはわからないなりにも、今回はユリの音がより繊細になったなとか、発声が大人っぽくなったなとか、感じる部分がありました。

中村滉己:特にやっぱり今年は二十周年という自分の節目なので、「津軽じょんから節」を入れないわけにはいかないですよね。よくコンサートでも祖父の話をするんですけど、自分がこの業界に入るきっかけにもなった祖父から一番厳しく「これだけは大事にしなさい」と言われた曲でもあるんです。

──それは素敵なエピソードですね。イヤホンで細かい音の鳴りまで聴いてみてほしいなと思いました。

中村滉己:一作目のシングル「歩 -AYUMI-」に入っていた「津軽じょんから節」と圧倒的に違うポイントがあって。「歩 -AYUMI-」のときは最後のコンクールに出る直前くらいにレコーディングしたものなんですけど、やっぱりコンクールに出るとなるといかに完成度を高くするか、ひとつひとつの音をいかに正確に出すか、というところを重視しているんですね。でも今回は、津軽三味線の昔からの文化のひとつに即興性というものがあるんですけど、その即興性の中で生まれる生々しい音の揺れとか響きとかそういうものを伝えたいっていう思いで弾いています。聴き比べていただくと、その意図も汲み取っていただけるかもしれません。

──全体を通して、本当に他にない作品になったなと思います。

中村滉己:ありがとうございます。いろんな人に配りまくりたいなって思うぐらい、自分の思いが乗ったアルバムになったと思います。本当にやりたいことと、これからの民謡界を上に引き上げてやるという自分の熱意を詰め込むことができました。

──中村さんのいいところは、ベースがちゃんとしているところだと思っていて。和楽器を使ってとにかく斬新なことをしてやろうというのではなく、伝統を大事にした上で新しいものを見せてくれますよね。

中村滉己:最近すごく思うのが、ベースを大事にしているときのほうが、挑戦的なぶっ飛び方ができるなということなんです。ベースが歪んじゃってるときって、挑戦しようと思ってもなんか中途半端になっちゃったりするなあと思うんですけど、それこそ「津軽じょんから節」を大事にしているときって、全然違うことをやっているのに挑戦しやすいというか。不思議な感覚ですけど。

──コンサートでは、アルバムの全曲が聴けるのでしょうか。

中村滉己:3月はアルバムの中から3〜4曲くらいやらせていただく感じで、11月の公演ではフルでお披露目する予定です。

──3月のコンサートはどのようなものになりそうですか?

中村滉己:これまでの活動の中でお世話になってきたアーティストの方を全員お呼びして、自分のコンテンツをすべて見ていただくというコンサートになります。ある意味僕の遍歴というか、そういうものを一緒に年表のように追っていただけたらと思います。ソロ、withピアノ、ROCKGEN -六弦-、そしてバンド編成と、時系列でそれぞれ見ていただけます。

──20周年記念コンサートで軌跡を振り返り、新しいアルバムができ、まさにここから新たなスタートですね。

中村滉己:メジャーデビューしたときもここがスタートなのかなと思ったんですけど、本当のスタートはいまなのかもしれません。

──家元になるとか、そういった予定は?

中村滉己:それはいまのところないですね。継げ、と言われる流派の方もあるんですけど、うちは祖父に直接「三代目・中村優利と名乗るより、滉己は滉己の名前でやった方がいい」と言われていたんですよ。なので、自分も本当にやりたいことをやりつつ伝統を大事にするのが、ある意味で家元である祖父への恩返しかなと思っています。

──それはとても素敵ですね。何か目標など、この先に考えていることはありますか?

中村滉己:自分の大きな目標としては、やっぱり30歳までに日本武道館に行くこと、あとは『紅白歌合戦』出場です。その目標のために1年1年、1カ月1カ月、1日1日を踏み締めて頑張っていきたいなと思います。「OHARA」とか「TOKYO NEO SPACE」みたいな曲でこの夢を叶えられたら、本望ですね。

──いまも曲は作っていますか?

中村滉己:いまは作るより編曲が多くて。でも、それよりもステージパフォーマンスの研究に力を入れているかもしれません。「OHARA」とか「TOKYO NEO SPACE」を、どうステージでパフォーマンスしたらみなさんに届くかなと考えています。

──また新たな姿が見れそうで楽しみです。

中村滉己:3皮ぐらい剥けた状態でみなさんとコンサートでお会いできたらと思います。本当にこの作品は、みなさんの日常に聴いていただける音楽になるように作ったので、まずは三味線や民謡といったことはとっぱらって、“中村滉己というアーティストがこういう音楽を作っている”という意識で聴いていただけたら嬉しいです。

取材・文◎服部容子
写真◎Kasumi Osada

『Next Trad』
2026年3月18日リリース
配信:https://nakamurakoki.lnk.to/COCQ85653
CD:https://shop.columbia.jp/shop/g/gS5925/?utm_source=columbia.jp&utm_medium=buybutton&_gl=11iulx3l_gaMjk2MDU1NzcyLjE3MDQ0OTk2NDM._ga_XN098EYL08*czE3NjkxMzc3OTIkbzIyOSRnMSR0MTc2OTEzOTE4MiRqMTckbDAkaDA.

TRACK LIST:

  1. OHARA《inspired by 鹿児島おはら節》
    (中村滉己・FGCoo 補作詞/FGCoo 作曲/友田ジュン 編曲)*
  2. MINATO《秋田港の唄 Revival》
    (秋田県民謡/中村滉己・友田ジュン 編曲)*
  3. The Nights
    (Avicii 作詞作曲/黒﨑雅文 編曲)
  4. 絃想 -GENSO-
    (中村滉己・中村卓也 作曲/井上一平 編曲)
  5. IWAI《灘の酒造り祝い唄 Revival》
    (兵庫県民謡/中村滉己・友田ジュン 編曲)*
  6. SHIGESA《隠岐しげさ節 Revival》
    (島根県民謡/井上一平・善岡 慧一 編曲)*
  7. NIKATA《仙北荷方節〜秋田荷方節》
    (秋田県民謡/中村滉己・竹内大貴 編曲)
  8. Body Back
    (Gryffin 作詞作曲/黒﨑雅文 編曲)
  9. やまとのこころ
    (吉元由美 作詞/善岡慧一 作編曲)*
  10. TOKYO NEO SPACE
    (TOSHIKI NAGASAWA 作詞作曲)*
  11. 津軽じょんから節
    (青森県民謡)

*ヴォーカル曲

<中村滉己 2ndアルバム『Next Trad』発売記念ライブ>
日時:2026年3月17日(火)
会場:東京・渋谷 JZ Brat
ライブ情報 https://www.jzbrat.com/liveinfo/2026/03/#20260317