スペシャル第一弾【人物像解剖】

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小林建樹
のシングル「祈り」を初めて聴いた今年のはじめ、表面的にはビリー・ジョエル10ccが合体したかのような楽曲の底の方に、おそらく本人しか判らないだろうポップな世界があるなと思った。それが実際に現れている箇所が、「祈り」の転調ブリッジの歌詞である。

<時の中で 遥か未来で 僕等眠る
 不思議な程 見渡しのいい 昨日の自分が 遠ざかって行く>(「祈り」より)

この幽体離脱して未来に行ってしまうような主人公の個人的な体験は判るはずもないが、<昨日の自分が遠ざかって行く>という“表現”は、詩的にポップだと思う。自虐でもなく諦めでもなく、かと言ってノスタルジーに浸りたいのに浸れないのでもなく…小林のインナーヴィジョンが音楽を通して何となく判ってくるのだ。

それを表現し得た小林建樹の横顔はどんなものなのだろう?


●小林さんは、やっぱりインナーな人ですよね? アウターな人ではないですよね?

小林:インナーだと思いますね。はい、ぜったいそうだと思います。

● 音楽が好きになる、自分がやり始めたっていうのも、スポーツよりも楽器をいじる方が好きっていうところから始まったんですかね。

小林:う~ん。スポーツ好きな人がキライなんですね(笑)。真面目にしないと怒るし。僕は野球とかもけっこうしてたんですよ、こう見えても。サッカーとかも…けっこう勇んでしてた方なんで、小学校のときとか。でも一度…劣等感を覚え始めるとですね、ホンマに運動神経良くなかったんで遠のいていったんです。

● 楽器は最初、ギターですか?

小林:いや。ギターとピアノ両方。

● 家にあったんですか。

小林:ギターは売ってもらって、ピアノは家にあったんですよ。妹が習ってたんで。

● それを、妹さんと一緒に習うというのではなく。


小林:僕は習ってなくて、一人で。

● 最初は教則本とかを買うのが習わしじゃないですか。

小林:教則本はね、『ツェルニー』とかいろいろあったんでそれを。

●自分でやったんですか?

小林:自分で。っていうか、妹が弾いてたんでどんな音楽か知ってるんですよ。だいたい鍵盤を押さえたら“あっ、この曲やったら俺でも弾けるわ”とかっていう感じだったんです。見んでもだいたい解るんで。人よりラッキーかも。

● 譜面もけっこうすぐに読めたんですか?

小林:いや。譜面は今でも…なかなか。

●僕もピアノ習ってたんですけど、最初は譜面ぜんぜん解らなかったですよ。もちろん単音は解りますけど。初見ですぐに弾くまでにメゲました。

小林:僕もそれは今でもダメですよ。指に覚えさせるって感じです。

● ピアノを少しずつ練習するっていうのは、すごくハマれたんですね。

小林:そうですね。自分みたいな人間があのピアノを弾いているっていう喜びが。

● “自分みたいな人間が”って、卑下してるわけですか?

小林:そうですね。特別ね、人より秀でたとこがないと思ってたんで。学校にいる自分を想像して、今のピアノを弾いてる姿と照らし合わせると、とても格好いい僕がいるんですね(笑)。やっぱりこぉ、ハマリますよね。

● で、家に帰ってきてはピアノの練習をするという。それは幾つぐらいのときですか?

小林:本格的に練習したのは高校に入ってぐらいからですね。中学生のときにはピアノを弾いてたんですけど、漫画を描いていたので、漫画にあてる時間がすごい多かったんですよ。でも高校に入ってからは漫画をやめて、ピアノとギター一本で。楽になりましたね。

妹さんがピアノを習っていたのに自分は習わず、多少なりとも“ダメな自分”を違うふうに感じる時間=ピアノを弾いている自分に向かって、黙々と練習をする小林建樹。

漫画をやめて音楽だけに絞った際に「楽になりましたね」と、漫画に対して切羽詰まっていたかのような発言をする小林建樹。

おそらく彼は、音楽についても切羽詰まっていると思う。だからこそ、「祈り」のような、美しく壊れそうに断定的な曲が書け歌えるのだろう。

取材・文●音楽文化ライター・佐伯明(00/07/05)

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