【俺の楽器・私の愛機】806「手慰み屋との四半世紀」

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【ヒュー・トレイシー カリンバ】(長崎県 ノストリ 40代)


その楽器の存在を、すごく昔から知ってはいました。30年か、それとももっと前だったかもしれません。テレビで見たアフリカのドキュメンタリー番組で、隣の村まで7時間だか8時間だかの道のりをただ黙々と歩いていくサバンナの住民が、手に持って、歩きながらとてもリズミカルに弾いていました。

その楽器は、その辺りに捨てられた自転車のスポークなどを金槌で叩いて平たくしたものを、やはりその辺りに捨てられた板切れに縛り付けただけの一見相当プリミティブなもので、当時日本でも、一部のエスニック雑貨店などにお土産品レベルのものが並び始めていました。

とはいえ特段の興味があったわけでもなく、ただそういう民族楽器があるのだなという知識だけが私の頭の片隅に残っていたある日、別件で訪れた銀座の楽器店の一階正面に、西洋音階ナイズされていかにも楽器然とした姿のそれが、各種音域を取り揃えて隆々と積んであった、それが私とこの楽器、ヒュー・トレイシーのカリンバとの出会いです。もう箱もないので型番などはわかりませんが、確かオリジナルと書いてあったように思います。その割には今はもう廃盤のようですね。

当時大学生だった私にとって、衝動買いするには少々値の張る楽器でしたが、あれから四半世紀、鍵盤の塗装は剥げ、裏も表も傷だらけとなりました。帰省にも、卒業旅行にも、社会人になってからは出張にも、はては新婚旅行にまで、ポイっとバッグに放り込んだそれは、私のよき手慰みとなってくれました。

今と違い、誰もカリンバを知らない上に、楽譜など全く見当たらない時代でしたから、好きにつま弾いて、その音を聞いて癒される。ただそれだけでした。チューニングが狂えば、ペンチだの木槌だので適当に直していましたね。それでも手慰みの功名か、今や持ち上げるだけで全体に振動が伝わるほどよく鳴り、美しい音を奏でてくれます。

今でもカリンバとは、数年前新たに入手したアフリカンチューニングの一台と共に、とりあえずそのへんに放っておいて、暇だなぁと思ったら気まぐれに手に取る、そんな距離感を保っています。ただ一点、うっかり踏むと足の裏が尋常じゃなく痛いので、床にだけは何がなんでも置かないように気をつけています。ソファもヤバい。

長年手元にありながらも、すごく大事なものだとか、すごく思い入れがあるだとか、そんな熱い思いすらこれといって沸き起こらない、私にとってかなりユルい立ち位置の楽器ではありますが、それでもきっと、これからもずっと手慰み屋として、変わらず私の傍にあり続けることでしょう。



   ◆   ◆   ◆

こういう距離感、最高ですね。言ってみれば最愛の夫婦と同じような関係性なのかもしれません。カリンバも弾き込まれることで鳴ってくるという事実も知りました。そりゃ楽器なんだし、100%アコースティックなんだからそりゃそうでしょと言われればそれまでですが。構造上、温かみのあるオルゴールのような音色が楽しめるので、一家に一台といえばピアノでもギターでもなくカリンバなのかも。(JMN統括編集長 烏丸)

★皆さんの楽器を紹介させてください

「俺の楽器・私の愛機」コーナーでは、皆さんご自慢の楽器を募集しています。BARKS楽器人編集部までガンガンお寄せください。編集部のコメントとともにご紹介させていただきますので、以下の要素をお待ちしております。

(1)投稿タイトル
 (例)必死にバイトしてやっと買った憧れのジャガー
 (例)絵を書いたら世界一かわいくなったカリンバ
(2)楽器名(ブランド・モデル名)
 (例)トラヴィス・ビーン TB-1000
 (例)自作タンバリン 手作り3号
(3)お名前 所在 年齢
 (例)練習嫌いさん 静岡県 21歳
 (例)山田太郎さん 北区赤羽市 X歳
(4)説明・自慢トーク
 ※文章量問いません。エピソード/こだわり/自慢ポイントなど、何でも構いません。パッションあふれる投稿をお待ちしております。
(5)写真
 ※最大5枚まで

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