【インタビュー】ヒグチアイ、「結局どんな方法を用いてもさみしさは変わらない」

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■その時々でインスタントなさみしさの埋め方をしていくしかない

──でもなぜその“さみしさ”というものにフォーカスしたんですか。

ヒグチアイ:さみしいんですよ、私が(笑)。さみしいんです、ずーっと。結婚はしたことがないからわからないですけど、たとえ彼氏がいてもどこかずっとひとりのような気がするというか、孤独な気がしていて。この気持ちは誰にもわかってもらえないんじゃないかとか、そのせいで変に人を求めてしまうところがある気がして。ずっと、なんとかならないかなと思っているんですけどね(笑)。昔ほどそれが表に出ることはなくなりましたけど、孤独を感じているのは曲にも出ていて。

──そうですね。といっても、そのさみしいという思いを言葉や音楽にしたところで、さみしさや孤独が埋まってはいかないっていうことですよね。何か決定的なものなんだろうけれど、その正体や形はわからないままというか。

ヒグチアイ:いろんな人に話を聞いていても、仕事がすごくうまくいってるときは孤独感を感じづらいというのがある気がして。だから“自分は仕事ができるから大丈夫なんだ”っていうことを盾にしたい人もいるだろうし。わたしもそういう瞬間があって。うまくいっているときは、ひとりでいい、ひとりで生きていける!って無敵になるときもあるんだけど。それを越えると、あの頃より仕事がたくさんあるのに全然さみしさの度合いは変わっていないことに気づくんですよね。いつまでたってもこのさみしさは埋まっていかないんだなって。その埋め方をいろいろ考えたんですけど、いまだに見つからないですね。

──みんなそれを探し続けているんですかね。

ヒグチアイ:結局どんな方法を用いてもさみしさは変わらないということは、その時々で何かを当てはめながら、インスタントなさみしさの埋め方をしていくしかないんだろうなというのが、今のところの答えではありますね。

──そのさみしさが根元的なものなのか、または一度は埋まっても、また新しいさみしさが生まれたりするのか、というのもありそうですね。

ヒグチアイ:突き詰めると、あの頃にもらえなかった親からの愛みたいなものをどう解消したらいいのかというところになってくると思うんですけど。今後、例えば家族を作って子どもができたとして、その愛はどうなっていくのか……みたいな感じになっていって、どんどんそのさみしさの形や内容が変わっているというのはあるかもしれないですね。


──20代から30代にかけては、とくにライフステージで変化が多い時期だけに、さみしさや孤独、あるいは幸せとはという思いをより突きつけられる感じもありますかね。

ヒグチアイ:周りの幸せな人を見ているというのもあるかもしれないですけどね。友だちに彼氏ができて、結婚してその彼が旦那になって、子どもができたんです。私の方が彼女とは長い付き合いなのに、なんていうか旦那の方がすごく近い存在になっちゃって。当たり前に、その友だち夫婦が「その服ダサいから買わない方がいいよ」とか「この間も同じの買ったでしょ」とか、親が言うような言い方で喋っているのを見ると、ちょっと怖くなってしまったんです。私はそんなふうに人との距離感を近くできないんですよね。他人でも“家族”っていうだけで血の繋がった人間同士のようになるんだって思ったら、ちょっと気持ち悪かったんですね。

──怖いとか、気持ちが悪い感覚だったんですね。

ヒグチアイ:家族って怖っみたいな(笑)。ちょっと近すぎるなっていう不思議な感覚を、20代の終わりくらいの頃に覚えたんです。私はこんなふうに人のことを、簡単に言えば雑に扱ったことがないなって思ったんですね。

──友人のそういう光景を見たときに、きっと多くの方が思うのは、結婚もいいなとか、私も家族を持ちたいなとなりそうですよね。でもそうじゃなかった。

ヒグチアイ:プロポーズはされたいですけどね。

──それはされてみたいんですね(笑)。

ヒグチアイ:どんな気持ちになるか、どんなふうに言われるのか気になるなと思って。でも結婚したくないんだから、断るしかないんですけどね(笑)。

──プロポーズから先のことが想像がつかないんですね。

ヒグチアイ:そうそう。同じ人のことをずっと好きでいられると思えないし、それでもし別の人に恋をしたら問題になるわけじゃないですか。生物的に合ってないなと思うんですよ、結婚の制度みたいなものが──なんの話してるんだろう(笑)。

──(笑)。

ヒグチアイ:ただ、これはずっと思っていて。結婚という制度がそもそもあまり人間に合ってないような気がしているので。だからあまり期待感はないのかもしれない。


──何かそこに夢を見ていた頃は、ありました? いつか自分も結婚をしたり、子どもを持つようになるのかなとか。

ヒグチアイ:……ないかもしれない。小学生のとき、道徳の授業だったと思うんですけど、「将来、子どもがほしい人」っていう質問があったんです。私その頃から、子どもいらなかったんですよね。ただ、子どもはいりませんで手を挙げたのは私しかいなくて。あれ、みんな子どもがほしいんだ?っていう感じで思っていたので。その頃からずっと子どもはいいやっていう考えだったし、結婚も別に興味がないやっていう感じだったんだと思います。いつか、それが覆されたらいいんですけどね、またちがう感覚にはなりたいので。

──今までの価値観をガラリと変える、かなり大きなことになりますもんね。それくらい小さい頃から、結婚なり家庭の理想像みたいなものはなかったんですね。

ヒグチアイ:自分みたいな子どもが生まれたら嫌だなっていうのがいちばんなんですけどね(笑)。私、親の機嫌ばかりとる子で、可愛げがなかったんです。だから、もし私みたいな子だったら生き辛そうだなっていう感じですかね。きっと自分に似てる子が生まれそうな気がして。もうちょっと、いろんなことを考えず素直にいられたらいいんですけど。

──そうやって親の反応を見ながら、いい子でやってきた人が、シンガーソングライターになって、歌でまったくちがうスタンスを取っていくことになるのは面白いです(笑)。

ヒグチアイ:私なりの長い反抗期なのかもしれないですね(笑)。反抗期というものがなかったので。多分、誰かに言いたいことや、親に言いたいことをずっと歌で消化しているのかもしれない。

取材・文◎吉羽さおり
写真◎佐藤裕之

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「距離」楽曲レビュー

3ヶ月連続デジタルシングル第2弾は、「距離」。前作「悲しい歌がある理由」がピアノ弾き語りの一発録りによる、ヒグチアイのスタンダードを極めた曲となったが、今回の「距離」はピアノ、ストリングス、そしてバンドサウンドで構成され、静かで、またドラマティックなアレンジが施された。5分弱のこの世界で、滋味深い小説や映画を味わう感覚だ。

テーマは遠距離恋愛。SNS等コミュニケーションツールが進化を遂げても、相手に触れられない、物理的な“距離”があることのもどかしさは変わらない。日々の少しのすれ違いや顔を合わせない時間が、ふたりの心のすれ違いや温度差を生んでいくことは、遠距離や恋愛関係に限らず、コロナ禍の今は多くの場面で感じることかもしれない。

ふたりの間で馴染みのあったものや風景が時とともに変化していくことに切なさを感じ、お互いが知らないものが少しずつ増えていくことに戸惑いもする。疑心暗鬼になってみたり、“もしわたしが泣いてても 言わなければ君は気付かない”と退廃的な気分に浸りもする。感情を吐露するでもなく淡々と、すれ違っていく日々が綴られていくが、この曲がもたらす余韻は不思議と軽やかだ。それは“会えないだけで君の理由を なくしたりしない”と歌うように、変わらぬ想いの確かさがあるから……という単純なことだけでない。距離があることに慣れていくドライな自分に気づくこともあれば、実際の感情はもっと奥深く、複雑で、曖昧模糊としているものだろう。一筋縄でないその思いをすっと抱きしめるように歌い、“いいんだよ それでいいんだよ きっといいんだよ”と柔らかな歌声を風に溶かしていく。聴くたびに、また心の状態によって響き方や寄り添い方が変わる、繊細な曲でもあると思う。そんな大人の嗜みや悲哀を交えた歌を、歌ってくれる。


配信シングル「距離」

2021年10月20日(水)配信
配信リンク:https://lnk.to/Kyori

■MUSIC
Words and Music:Ai Higuchi
Produce:Motoki Matsuoka
Recording & Mix Engineer:Junichiro Fujinami
Mastering Engineer:Takeo Kira
■ART WORK
GREEN-EYED CREATION (Instagram @greeneyedcreation)

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