【ライブレポート】NUL.、衝動が溶け合うひととき

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元D’espairsRayのHIZUMI(Vo)、defspiralのMASATO(G)、abingdon boys schoolなどで活動中の岸利至(Prog)の3人がNUL.としてステージに立ったのがおよそ2年前。その後もライヴを定期的に開催し、2020年1月の東京・WOMBの2DAYSライヴではVJを活かした演出で世界観を表現したり、ベーシスト、ドラマーを迎え、迫力のあるバンドサウンドで聴かせたり。3人ユニットであることを逆手に取り、いろんなアイディアを1つずつ形にしてきた。むしろ、新たな試みを繰り返しながら、彼らはNUL.の音楽、魅せ方、在り方を模索してきたのかもしれない。

◆ライブ画像

そんな彼らだけに、この先どんなライヴを魅せてくれるのだろう?とファンの誰もがワクワクしていた矢先のことだった、新型コロナウィルスの蔓延によりライヴを自粛せねばいけない状況になったのは。NUL.に限らず多くのバンド、音楽業界、エンターテインメント界隈が今も尚大きな打撃を受けているのはいうまでもない。昨今、少しずつ有観客でライヴを再開できるようになったものの、正確には以前と同じようなライヴはできていないというのが実情である。そんな厳しい時期、NUL.は無観客配信ライヴを2回行っていた。どちらかといえば密室のイメージが強いバンドゆえ、配信に向かないというワケではなさそうだったが、そこにオーディエンスがいない、声援がない、皮膚で熱量を感じられない、となると、やはり勝手は違ったはず。けれど苦境に立たされつつも、これまでのライヴで培ってきたVJとの融合によるNUL.らしい表現を画面を通して魅せ、その配信でこれまでとはまた違う一面も垣間見せてくれたように思う。

そして1年7か月ぶりに有観客で行われたのが2021年8月7日、渋谷REXでのライヴ。入場者数を半分以下に抑える、マスク着用、声出し禁止、今となっては当たり前の制限付き。それでもNUL.のロゴが煌々と浮かび上がる薄暗いステージにメンバーが登場すれば、声を上げられずともお客さんのテンションは一気に上がるのが手に取るようにわかる。さらに今回は、サポート・ドラマー、前田遊野を迎えてとなれば、初っ端から気が抜けない。

演奏はダークで激しい中にキャッチーさもある「XStream」からスタート。3人の音と声に前田氏のタイトなドラムが加わり、サウンドのパワーがとてつもない。HIZUMIのシャウトも点滅する照明とモノクロの映像と相まって、いつもに増して狂気じみて感じられる。デジタル、インダストリアル、無機質、そんな言葉を並べて表現しがちなクールなサウンドだが、その一方でMASATO、岸によるコーラスワークが多用されているのもNUL.らしさのひとつ。


間髪入れずに「abnormalize」へとなだれ込むと、一転してカラフルなライトが交叉する空間へ。聴覚だけでなく視覚的にも刺激され覚醒され、どんどんNUL.の世界へと引きずり込まれていくような感覚に陥る。そして今さらながら、この曲におけるHIZUMIの中音域の声とビブラートが、デジタルサウンドには見事にマッチするんだと再認識させられる。裏を返せば、HIZUMIの個性をすべて理解した上でのサウンド、曲、アレンジがなされているということに他ならない。そういった気付きは、CDや配信音源で聴いてるだけでは見逃しがちだったりもする。やはり“表情の見える音”は、我々にたくさんのことを感じさせ、教えてくれるのだな、とあらためて思った瞬間でもある。

「こんばんは、NUL.です。みんな、声上げられないんだもんね。コール&レスポンスできないんだもんね。でもね、俺も規制があるんですよ。あーーー(と声を出しながらステージ前面に出て行って戻って来る)。足元に線があるんですけど、これ以上前で声を出しちゃダメっていう。そういう規制も大事です、今はね。それを越えて今夜は感情が1つになれたら嬉しいです。思い切り楽しんで行こうぜ!」(HIZUMI)

挨拶代わりのMC、それに反応がないのは、ステージに立つ彼らの目には奇妙な光景に写っただろうか。寂しいけれど今は致し方ない。続いて新曲「From Deep Underground」の演奏スタート。不安定な音の重なりが不気味さを増幅するAメロ、サビでは激しいビートとメロディーのリフレインにより高まる疾走感、それに相反する、ゆったりした大サビと、掛け合い系のコーラス。前知識がなくても、それだけでNUL.ファンの心を揺さぶるには十分だといわんばかりに、曲に合わせて楽しんでいるのが体の揺れ方でわかる。そしてお馴染みの「CUBE」へ。なんとも怪しい不気味な岸のシンセのフレーズ、ちょっと暴力的なMASATOのロングトーンのギター。地響きのような鳴り響く前田氏のバスドラムの音。HIZUMIの唄は、行き場のない密閉空間からの叫びのようにも思える。


前田の叩く重々しいプリミティヴなビートから始まった「Soulcage」。スタンドに設置されたエフェクトのかかるマイクと、ハンドマイクで声質を使い分け、ファルセットも効果的に多用することで増幅する不気味さと怪しさ。そういったダークなイメージの強い曲調が多いNUL.の楽曲の中では、異色ともいえるメロディアスな曲「NOMAD」へ。それまでの世界観とは対極にある、さすらい人をイメージさせるような広がりのあるサウンドと、砂丘や蜃気楼をモチーフにしたようなVJ、哀愁を帯びたメロディーとコーラスワーク、琴線に触れる歌詞はどこか懐かしくもある。エモーショナルな楽曲も、お客さんに愛されていることは曲終わりの盛大な拍手から容易にくみ取れた。

中盤、HIZUMIがステージからハケると、楽器陣3人は歪んだノイジーな音でインストの新曲「expecting MERGING IMPULSES(仮)」を始める。聞くところによれば、これは今回、前田を迎えることが決まってから生まれた曲だとか。ヴォーカリスト不在のステージで披露されるタイトルどおりのインストゥルメンタルナンバーは、70年代~80年代初頭のプログレッシヴロックを彷彿とさせる。もちろん、単なる焼き直しではなく、プログレの進化形。いわば21世紀型プログレッシヴロックともいうべきか。前田らしいドラミングは圧巻、オーディエンスも初めて聴く、これまでにはない音楽性の曲と、テクニカルなプレーに釘付けといったところか。NUL.はまた新しい扉を開けてくれたな、とニンマリした人もいただろう。

先程まで火を吹き暴れていたステージ上が一気に静まりかえり、淡々と不気味なピアノのフレーズが「Ground Zero」へと導く。息のある生命体が存在しない無の状態をイメージさせる無機質なサウンドに合わせ淡々と唄うHIZUMIの唄は祈りのようでもある。一旦、クールダウンした会場の空気を、前田のドラムとMASATOのギターのリフで少しずつ温度を上げていき「Black Swan」に突入。心揺さぶるサビでは自然と上がったオーディエンスの手がステージに向けられる。声を発することが禁じられていても、その光景はコロナ禍以前と変わりはない。その光景に答えるかように、MASATOも感情剥き出しでワウペダルを多用したギターソロに熱を込める。淡々と展開されながらも抑圧されたエネルギーを秘めた「Another Face」でも、MASATOのクレイジーなギターソロが曲にとっていいスパイスに。

「楽しんでますか? 久しぶりだね、やっと会えましたね。あんまり油断も禁物な状況なんですけど。とりあえず、勇気をもってココに来てくれたあなた方、ありがとうございます。勇気をもって配信で観ることを選んだ方々にも感謝してます」


会場にいるファンにも配信で観ているファンにも感謝の意を述べつつ、サポートドラマーの前田をなんだかんだといじりつつ後半戦へ。前田のステキな人柄のせいか、NUL.ライヴ初参戦にも関わらず、すっかり馴染んでいる様子はなんとも微笑ましい。裏を話せば今回、本編のMCタイムが長めだったのは換気タイムとの兼ね合いもあったようだが、巻き込まれた当の本人がどうだったかはさておき、観ている側からすれば、ある意味、オイシイ時間でもあったのは間違いない。

ほっこりして和んだ空気を一掃するかのごとく「もっと盛り上がって行こうかーい! まだまだいこうぜ!」とHIZUMIが煽り、「POISON EATER」から後半戦に突入。サビではリズムにあわせてオーディエンスの手が上がる。これまでとは違うライヴ環境下でも生の音を体全身で浴びて、思う存分、体を揺らして踊れないぶん心を躍らせる。それがコロナ禍におけるライヴの楽しみ方なのかもしれない。

アンビエントのかかったピアノが導く「I don't seek, I find」では、連続する幾何学的なパターンの画像と歌詞が組み込まれた映像がサウンドと相まって別世界へと観ている者を誘う。さらに、中近東風のサウンドから始まる「Kalima」で異空間へ……。国境を越え、時空までも越えさせてくれる音楽で、オーディエンスの心を奪ったまま彼らはステージを去った。

心地よい余韻に浸りつつ、アンコールの掛け声の代わりの拍手が会場を包み込み、その想いが彼らを再びステージに呼び戻す。アンコールでは新曲「Seed in the Shell」を披露。ミディアム・テンポの流れていくような曲調の、ところどころ不協和音をぶち込んでくる、その一筋縄ではいかない変態的なアレンジは、さすがNUL.といったところだろうか。初めて聴いた曲にも関わらず、音楽にのって楽しめてしまえるファンの音楽感度のよさにも、さすがの一言につきる。

そして今夜、最後となったのは「Plastic Factory」。80年代ディスコをオマージュしたようなビートの効いたサウンド、両手中指でこめかみの辺りを指して狂気じみた表情で不動のまま唄うHIZUMI、MASATOの攻撃的なギターのリフ、岸のシンセのリフレインが、これでもか!といわばかりに、さらにオーディエンスを狂わせ、ズルズルとNUL.の底なし沼へと引き込んだ。

「ありがとー!」と肉声で叫んでステージを後にしたHIZUMI、MASATO、岸、サポートの前田氏。音楽ジャンルも時代も飛び越えた、新しい音楽を存分に表現した彼らに、オーディエンスは場内放送で退館のアナウンスが流れるまで惜しみなく拍手を送っていた。


正に今夜のライヴはライヴタイトルの<MERGING IMPULSES>が示すように、同じ空間にいるオーディエンス、画面越しに配信ライヴを観ていたファンとNUL.、両者の“衝動が溶け合う”ひとときだった。それは、1stアルバム『TRIBRID ARCHIVE』を今年1月にリリースしてから初めて、しかも1年7か月ぶりに味わった得も言われぬ感覚。時間と空間を共有できる素晴らしさ。それを再確認した今夜、コロナ禍以前の当たり前のライヴ空間が一刻もはやく戻ってきてほしい、という想いはより強まった。

この先の状況は誰も知る術はないが、NUL.の次のライヴが10月31日、渋谷REXで開催されるとライヴで発表があった。これまでも手を替え品を替えライヴで魅せてきた彼らのこと、そこにハロウィンが重なったらどんなことになるのか? きっと我々の予想を超えるサプライズを用意してくれるに決まっている。

■NEXT LIVE
2021年10月31日 東京・渋谷REX

文◎増渕公子
写真◎小宮山裕介

◆NUL. オフィシャルサイト
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