【インタビュー】見田村千晴「この作品に収録されている曲って、一瞬で消えてしまう感情とか、ちょっとした心の揺れを描いているんです」
2008年からインディーズで音楽活動を開始し、昨年9月にミニ・アルバム「ビギナーズ・ラック」で満を持してメジャーデビューを果たした見田村千晴が、待望のセカンド・ミニ・アルバムを4月16日にリリースする。タイトルは「寝そべった夕暮れを切り裂いてバスはゆく」。前作よりも更に彼女の心の中に踏み込んだ今作。しかし、聞き終わったあとに見えてくるのは現代の社会だ。彼女はどんな気持ちでこの作品と向き合ったのだろう。
◆見田村千晴~拡大画像~
■曲って自分が作っただけではなく聴く人の元に届いて
■いろんな風に受け取ってもらえて完成だと思うんです
──前作のデビューミニアルバム『ビギナーズ・ラック』では、以前から書き溜めていたものをまとめたけど、今作『寝そべった夕暮れを切り裂いてバスはゆく』は、すべてが書き下ろしですね。制作前は「次はどういう曲を書いたらいいんだろう?」というのが掴めずにいたそうですね。
見田村千晴(以下、見田村):はい。この作品の制作に入ったのが、『ビギナーズ・ラック』の発売直後だったんです。その作品の中に「悲しくなることばかりだ」っていう曲が収録されていたんですが、それを聴いた人の感想の中に、“社会風刺”“現代へのメッセージ”っていうのがあったんです。私としては、どう捉えられても良かったんですが、私自身は社会風刺や現代へのメッセージを書いたつもりはなく、身の回りのことを書いただけだったので、“そういう風に捉える人もいるんだ!”って思ったんですね。そうしたら、どんな曲を書いたらいいのかな?って考えすぎてしまって。
──自分の思惑とは違うから戸惑ったということ?
見田村:不本意とかそういうことではなく、逆に新鮮だったんです。伝えるということの難しさとか、同じものでも受け取り方は人によって全然違うとか、すごく勉強になったんです。自分が身の回りのことを書いて、それを世の中に発信したときに、いろんな広がり方をする面白さみたいなものも感じました。結局、考えてもしょうがないし、自分の身の回りのことから作って行こうって思ったら、曲が作れるようになったんですけどね。曲って、自分が作っただけではなく、そうやって聴いてくださる人の元に届いて、いろんな風に受け取ってもらえて完成だと思うんです。今作はまだ皆さんのところには届いてないから、まだ完成してはいないんですけど。
──新作ばかりだかこそ、曲を作った時期とリリースの時期とのタイムラグがないから、今の見田村さんが詰め込まれてる感じがしますよね。出来上がった作品を客観的に聴いて、前作と比べてどんな作品になったと思いますか?
見田村:より自分に向かっています。自分と同じような人に届いたら良いなと思っていて。自分に素直だなというのは前作よりも強いかなと思います。
──「レプリカ」は、ビンのふたが開けられないとか、携帯が見つからないとか、一人で家にいるときに“あるある!”っていうエピソードに共感しました。
見田村:ふふふ(笑)。一人でいること自体は嫌いじゃないけど、自分って非力だなっていうことを突きつけられることがあるじゃないですか。そういうことを言いたくて。
──「レプリカ」で1人の風景を描いたあとで「もう一度会ってはくれませんか」では、もう会えない大切な人のことを唄っているから、物語のようなつながりを感じられますね。
見田村:あぁ、そうですね。私の大事な人が、急に亡くなったらどうなっちゃうのかなぁって考えはじめたら辛くなって来て。そこからできていった曲なんです。
──この相手は別れた恋人とも受け取れるけど、もう亡くなってしまって二度と会えない人という印象が強かったわけは、“大事な人が、今急にとか明日亡くなったらどうなるのか”というところがこの曲の出発点だからなんですね。
見田村:書いてるときに考えてたのは、私はおじいちゃん、おばあちゃんが4人とも亡くなっているんです。おじいちゃんに関しては私が産まれる前に亡くなっているので会ったこともない。おばあちゃんも中学くらいに亡くして。その年齢の時には、おじいちゃんやおばあちゃんのことを知ろうと思わないじゃないですか。どういう学生時代を送って、どんな仕事をしてたのかとか。それは親に対してもそうなんですが、ましてや死んでしまうとそういうのは全然わからないんだなぁと思って。でも自分のルーツだから、知りたいって思ったりするんです。自分のおじいちゃんがどんな人だったのか。どんなことが好きで、どんな趣味があってとか。そういうことも考えながら書きました。
──すごくノスタルジックな記憶を呼び起こす力のある曲ですよね。だから、すぐ付き合ってすぐ別れてしまうような、そういう簡単な恋愛の曲ではないのかなと思いました。すごく深いラヴソング。曲が進むにつれ、想いの深さを感じられます。サビの部分を作るのに苦戦したそうですね。
見田村:はい。事実ではなく、感情を書きたいと思ったんですが、大切な人を失ったときって、喪失感が強すぎて感情的にもなれないんじゃないかと思って。泣き叫んだりするエネルギーもないと思うんです。だから、「無」の感じを表したくて。でも、その「無」を言葉にするのが難しかった。
──結果、“寝そべった夕暮れを切り裂いてバスはゆく”というフレーズは、このミニアルバム自体のタイトルにもなって。一瞬、何を言ってるのかな?って思うような詩的表現ですね。
見田村:自分の心の中で思ってたことをうまく表現できたと思います。夕暮れってすごく綺麗で好きなんですが、自分がなんの希望も見いだせない時って、そういう美しいものがすごく残酷に感じるじゃないですか。非情に時が流れていくのを見せられる感じ。時が否応無しに進んで行く感じが残酷だなと思って。
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