「百鬼夜行奇譚」第六夜:【旋律】~Je te veux~[弐]

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Kaya 短編小説連載「百鬼夜行奇譚」第六夜
【旋律】~Je te veux~
・[壱]
・[弐]
・[参]

   ◆   ◆   ◆

19世紀末、華やぐパリの街角を足早に駆け抜ける少年が一人。まだ幼さの残るそばかす顔を赤く染めて、彼は家路を急いでいた。学校でのレッスンを終えて家路を急ぐ途中、軽やかで美しい旋律がかすかに耳に入った。どこからともなく流れてくるピアノの音にひかれ、裏路地に入る。

人気の少ない裏路地に、まるで隠れるようにひっそりとその店はあった。

店から響いてくる美しい旋律に引き寄せられるように、『cafe Noir』という看板が掛けられたドアをそっと開ける。
薄暗い店内の端で、女が一人ピアノを弾いていた。

「あら…いらっしゃい。でもごめんなさいね、まだ営業前なのよ…」

けだるそうに微笑む女の顔は少年からは伺い知れない。女が立ち上がった途端に、ふわりと甘い薫りが漂ってきた。

「失礼しましたマダム、美しいピアノの音色が聞こえたものですから…」

耳まで真っ赤にしながら、そう答える。女はふふ、と笑って、彼に近づいてきた。

「ピアノがお好き?」
「あっ、はい!楽器の中でピアノが一番好きです。僕、将来は作曲家になりたくって」

緊張のあまり、早口で一気に話し切った。女は、まぁ…とため息混じりに言いいながら、微笑む。女の瞳が妖しく光ったのを、彼は気づきもせず、話を続けた。

「でも、僕は可愛らしいワルツとか、優しい曲が好きなんですけど、先生が軟弱だって言うんです」
「まぁ、そんなことは無いわ。私、可愛いワルツ大好きよ。ねぇ、良かったらちょっと弾いてみない?」

そう言いながら、女はピアノに寄りかかった。大胆なスリットから覗く足元が彼の視界に入る。視線を奪われそうになりながら、サッと視線をピアノに向け直し、答えた。

「いいんですか?とっても素敵なピアノだから嬉しいな…」

お世辞ではなく、本当に美しいピアノだった。職人の手作りなのか、見たこともないデザインは美しい曲線を描き、ボディの濃い褐色はどことなく赤みを帯びている。不思議な輝きをたたえたそのピアノは、まるで生きているかのようだった。

◆[参]につづく。([参]:11月22日公開)

文:Kaya / イラスト:中野ヤマト

   ◆   ◆   ◆

Kaya 短編小説連載「百鬼夜行奇譚」バックナンバー
・第一夜【不眠】~Psycho Butterfly~
・第ニ夜【鬼櫻】桜花
・第三夜【回顧】~Awilda~
・第四夜【来世】~Awilda~
・第五夜【幽鬼】~傀儡 Kugutsu~

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