最近読んだ怖い本『ブラック・メタルの血塗られた歴史』
2008年末に刊行されていた『ブラック・メタルの血塗られた歴史』という本を、少し前に読んだ。これが、とんでもなく恐ろしい。当然ながら、かなり不道徳で不謹慎な記述(というかそうした事件の描写)だらけで構成された作品なので少々迷ったのだが、同時に興味深い内容でもあるので紹介しておこうと思う。
教会の連続放火。異教信仰に悪魔崇拝。地下組織の分裂や抗争。墓荒しをはじめとする破壊的行為に自殺、そして殺人。いわゆるブラック・メタルの周辺にはスキャンダラスでグロテスクな逸話がつきものであり、それゆえに人間の好奇心を刺激し、真逆の方法論で“悪趣味なキャッチーさ”を発揮している部分がある。それはノルウェーでのみ限定的に発生していることではない。他の北欧諸国にも、イギリスにも、アメリカにも、ロシアにも、血の匂いのする事情がそれなりにある。マイケル・モイニハンとディードリック・ソーデリンドというふたりの著者がこの本のなかで綴っているのは、おもに、そうした異端的世界の現状と背景ということになる。実際のところ、この本の原書にあたるものが現地で出版されたのは1998年のことで、ほとんどの取材が1993年から1997年にかけて行なわれているだけに、“現状”という言い方をするには無理があるかもしれないが。
犯罪者の知名度を広げるような真似はしたくないので、この場では固有名詞を一切記さずにおくが、本書のなかにはミュージシャンもしくはアーティストという肩書きで呼ぶことを躊躇せざるを得ないような“異端の人々”がたくさん登場する。貴重な証言も多数引用されているし、作り話としか思えないような実話の主人公たちの獄中インタビューなども、ふんだんに収録されている。血なまぐさい事件はバンド内部や地下レヴェルでの抗争にとどまらず、一般市民をも巻き込みながら繰り返されてきた。そこで怖いのが、犯罪者たちがすべての行為を“正義”によるものだと確信しているところだ。もちろんなかには破綻者による武勇伝としか感じられない発言などもあるのだが、彼らには彼らなりの主義や理屈があり、その背景には歴史や神話の世界が広がっている。神々の聖なる闘いを現代社会のなかで実践しようとするかのような、彼らなりの正義感や使命感といったものが、さまざまな事件や混乱を引き起こしているという解釈もできるだろう。
結果的に僕自身が強く感じたのは“誤った信仰”というものの怖さだ。結局、悪魔の存在を信じるのは、神の存在を認めているからでもある。異教へと傾倒するのは、世間的に聖なる存在とされているものをその人物なりに理解しているからでもある。が、そこでの歪みがあまりに極端すぎたり、神話の世界に自分自身を迷い込ませてしまうようになると、過激なロール・プレイング・ゲームに入り込みすぎて感覚が麻痺したのと同様の状態が、“信仰的に正しいものとして”得られてしまうことになるわけだ。そんな勝手な思い込みに巻き込まれてしまっては、たまらない。
正直なところ僕は、過去、この種の音楽をさほど熱心に掘り下げてきたわけではない。が、本書のなかには僕自身が好んで聴いてきたバンドたちの名前もいくつか登場する。もちろん、ここでさまざまな事実関係を把握したからといって、彼らの作品を燃やしてしまおうとは思わない。もちろん大半の登場人物に対しては否定的にならざるを得ないし、人間として共鳴することは不可能に近い。が、暗黒的な匂いのする過激な音楽に惹かれる部分が自分のなかに依然としてあることは否めないし、歴史や神話の世界に神秘的な魅力を感じることについても同じことがいえる。音楽には人間性とか世界観といったものが伴って然るべきものだと考えている僕としては「単純に音楽として接すればいいことだし、その作り手がどんな人間であるかはどうでもいい」とは言いがたい。しかし、少なくともこの種の音楽というか、この種の人たちの棲む世界に必要以上に足を踏み入れてしまうと、何かが崩壊して致命的な事態に陥ることがあるのかもしれない。そんな気が今はする。
結果、ブラック・メタルは僕にとっていっそう“怖い”ものになった。もちろん小さな世界の話ではあるし、どこか馬鹿馬鹿しさが伴っているのも事実ではある。が、狭い世界で深刻すぎるほどの支持を集めているものだからこそ、真剣かつ無邪気にそれを追い求めている人たちがいるからこそ“怖い”のである。
というわけで、僕はここでブラック・メタルを聴くことを薦めているわけではないし、逆にその駆逐を呼びかけているわけでもない。が、半端なホラー小説よりもずっと恐ろしい世界がここに描かれていたことは間違いない。そして、責められ、裁かれるべきなのは、音楽ではなく人間なのだということ。それを改めて実感した僕は、今後、ブラック・メタルを色眼鏡で見ることもなければ、その世界に本気で心酔することもないだろう。
増田勇一
『ブラック・メタルの血塗られた歴史』
発行:メディア総合研究所
著作:マイケル・モイニハン、ディードリック・ソーデリンド
翻訳:島田陽子
教会の連続放火。異教信仰に悪魔崇拝。地下組織の分裂や抗争。墓荒しをはじめとする破壊的行為に自殺、そして殺人。いわゆるブラック・メタルの周辺にはスキャンダラスでグロテスクな逸話がつきものであり、それゆえに人間の好奇心を刺激し、真逆の方法論で“悪趣味なキャッチーさ”を発揮している部分がある。それはノルウェーでのみ限定的に発生していることではない。他の北欧諸国にも、イギリスにも、アメリカにも、ロシアにも、血の匂いのする事情がそれなりにある。マイケル・モイニハンとディードリック・ソーデリンドというふたりの著者がこの本のなかで綴っているのは、おもに、そうした異端的世界の現状と背景ということになる。実際のところ、この本の原書にあたるものが現地で出版されたのは1998年のことで、ほとんどの取材が1993年から1997年にかけて行なわれているだけに、“現状”という言い方をするには無理があるかもしれないが。
犯罪者の知名度を広げるような真似はしたくないので、この場では固有名詞を一切記さずにおくが、本書のなかにはミュージシャンもしくはアーティストという肩書きで呼ぶことを躊躇せざるを得ないような“異端の人々”がたくさん登場する。貴重な証言も多数引用されているし、作り話としか思えないような実話の主人公たちの獄中インタビューなども、ふんだんに収録されている。血なまぐさい事件はバンド内部や地下レヴェルでの抗争にとどまらず、一般市民をも巻き込みながら繰り返されてきた。そこで怖いのが、犯罪者たちがすべての行為を“正義”によるものだと確信しているところだ。もちろんなかには破綻者による武勇伝としか感じられない発言などもあるのだが、彼らには彼らなりの主義や理屈があり、その背景には歴史や神話の世界が広がっている。神々の聖なる闘いを現代社会のなかで実践しようとするかのような、彼らなりの正義感や使命感といったものが、さまざまな事件や混乱を引き起こしているという解釈もできるだろう。
結果的に僕自身が強く感じたのは“誤った信仰”というものの怖さだ。結局、悪魔の存在を信じるのは、神の存在を認めているからでもある。異教へと傾倒するのは、世間的に聖なる存在とされているものをその人物なりに理解しているからでもある。が、そこでの歪みがあまりに極端すぎたり、神話の世界に自分自身を迷い込ませてしまうようになると、過激なロール・プレイング・ゲームに入り込みすぎて感覚が麻痺したのと同様の状態が、“信仰的に正しいものとして”得られてしまうことになるわけだ。そんな勝手な思い込みに巻き込まれてしまっては、たまらない。
正直なところ僕は、過去、この種の音楽をさほど熱心に掘り下げてきたわけではない。が、本書のなかには僕自身が好んで聴いてきたバンドたちの名前もいくつか登場する。もちろん、ここでさまざまな事実関係を把握したからといって、彼らの作品を燃やしてしまおうとは思わない。もちろん大半の登場人物に対しては否定的にならざるを得ないし、人間として共鳴することは不可能に近い。が、暗黒的な匂いのする過激な音楽に惹かれる部分が自分のなかに依然としてあることは否めないし、歴史や神話の世界に神秘的な魅力を感じることについても同じことがいえる。音楽には人間性とか世界観といったものが伴って然るべきものだと考えている僕としては「単純に音楽として接すればいいことだし、その作り手がどんな人間であるかはどうでもいい」とは言いがたい。しかし、少なくともこの種の音楽というか、この種の人たちの棲む世界に必要以上に足を踏み入れてしまうと、何かが崩壊して致命的な事態に陥ることがあるのかもしれない。そんな気が今はする。
結果、ブラック・メタルは僕にとっていっそう“怖い”ものになった。もちろん小さな世界の話ではあるし、どこか馬鹿馬鹿しさが伴っているのも事実ではある。が、狭い世界で深刻すぎるほどの支持を集めているものだからこそ、真剣かつ無邪気にそれを追い求めている人たちがいるからこそ“怖い”のである。
というわけで、僕はここでブラック・メタルを聴くことを薦めているわけではないし、逆にその駆逐を呼びかけているわけでもない。が、半端なホラー小説よりもずっと恐ろしい世界がここに描かれていたことは間違いない。そして、責められ、裁かれるべきなのは、音楽ではなく人間なのだということ。それを改めて実感した僕は、今後、ブラック・メタルを色眼鏡で見ることもなければ、その世界に本気で心酔することもないだろう。
増田勇一
『ブラック・メタルの血塗られた歴史』
発行:メディア総合研究所
著作:マイケル・モイニハン、ディードリック・ソーデリンド
翻訳:島田陽子
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