ブッチ・ウォーカーの新作『シカモア・メドウズ』に秘められた壮絶なドラマ

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5月27日に日本発売を迎えることになったブッチ・ウォーカーの最新作、『シカモア・メドウズ』は、とても興味深い作品だ。もはや元マーヴェラス3のフロントマンというよりも、アヴリル・ラヴィーンやPINKなどを手掛ける敏腕プロデューサーとして広く認知されているはずの彼は、これまでにも彼自身の名義で優良な作品を発表し続けてきたが、このアルバムは彼個人の人生における重要な分岐点ともいうべきもの。決してこれは、大袈裟な話ではない。

この『シカモア・メドウズ』という少々風変わりな響きのタイトルは、ブッチ自身がそれまで暮らしていた南カリフォルニアの地名に由来している。つまり現在はもはやそこに住んでいないということなのだが、どうして彼が生活拠点を移すことになったかといえば、その南カリフォルニア一体が大規模な山火事に見舞われ、彼自身も被災者の一人となってしまったからに他ならない。2007年11月のことだった。不幸中の幸いというべきか、ちょうどそのとき彼は在宅しておらず、ニューヨークに滞在していたのだという。

▲これまでにブッチ・ウォーカーが彼自身の名義で発表してきたアルバム群。中央下が最新作の『シカモア・メドウズ』。ちなみに文中でも触れている「シップス・イン・ア・ボトル」のビデオ・クリップは、彼のマイスペース(http://www.myspace.com/butchwalker)で見ることができる(5月23日現在)。
「親友から電話があって“火の手が丘を上がってきて、家に向かいつつある”と言われてね。その時点ではもう、なすすべもなかった。本当に絶望的な気分だったよ。ただ、ありがたいことにその親友が家まで駆けつけてくれて、いくつかの持ち物とか録音物、そして愛犬を救い出してくれたんだ。あの事件によって僕は、まさに目を覚まさせられた。立ち止まって、まわりを見渡して、僕自身が自分の人生のなかで置かれている立場に感謝することになる切っ掛けを与えてもらえたんだと思う」

一時は当然ながら相当に感傷的な精神状態に陥っていたというブッチだが、結果的には曲を書き、音楽を創造することで、彼自身が癒され、気持ちを切り替えられるようになったのだという。そうした経緯のなかで生まれることになった『シカモア・メドウズ』に、従来の彼の作品以上にシリアスでパーソナルな響きが伴っているのは当然の結果といえるだろう。実際、彼自身も「どの曲にも、僕自身があれだけヘヴィなことを経験した事実が反映されていると思うし、歌詞の内容もこれまで以上に“自分自身の心”に近い気がする」と語っている。

このアルバム完成後には、彼のプロデュースによる第2作、『オー,スコーピオ』で飛躍的な進化を遂げたザ・フィルムスをオープニング・アクトに従えてのUSツアーなども行なってきたブッチ・ウォーカー。今、期待したいのは再来日公演の早期実現だが、まずはこの『シカモア・メドウズ』に封じ込められた彼の等身大の姿に、向き合ってみて欲しい。

余談ながら、山火事に見舞われた後のその場所のありさまは、今作の収録曲である「シップス・イン・ア・ボトル」のビデオ・クリップでも見ることができる。まさに瓦礫の山と化した“かつての家”で撮影するなんて、悪趣味だと感じる読者もいるかもしれないが、「僕自身、昔ほどシニカルじゃなくなったかもしれない」と語る彼の、少々ゆがんだ自虐的なセンスがうかがえる気もする。そしてやっぱり、絶望を発端とする通常よりも内省的な作品であろうと、彼の音楽はどこか皮肉まじりのユーモアをはらんでいるし、泣けるんだけども笑える。僕は結局、そこに惹かれているのだと思う。

増田勇一
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