【対談】FUNKY MONKEY BΛBY’S × いきものがかり、ファンキー加藤と水野良樹が語る20年の軌跡と夢の競演「同期の桜として頼もしい」

2026.06.04 18:00

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■メンバーが脱退したり、一回止まったり
■それでも作る歌って何なんだろう?

──水野さんからの視点で言うと?

水野:これもよく言うんですけども、四国で出会った時の衝撃がすごくて。“素晴らしいパフォーマンスをしている、曲もいい、なんてカッコいいんだろう”と思ったグループが、ライブハウスでこのくらいの集客ということは、我々と同じようにまだ世間に認めてもらっていないんだなと。自分がいいと思ったものが認められていないことの悔しさが、まず最初にありました。その後はお互いに、音楽番組で出会うようになったり、「ファンモンがSHIBUYA-AXでやるらしいよ」「渋公でやるらしいよ」とか、会場が大きくなっていくことが、同じぐらいのフェーズでどんどん起こってくるんですよ。『紅白』もそうだし、日本武道館もそうだし、そこで“どっちが先を行くか?”ということが、めちゃくちゃ支えになったんですよね。

──はい。なるほど。

水野:しかもお互い、お茶の間を目指しているというか……いわゆる音楽好きとか、ロックフェスに行くのが好きだとか、そういう層の人たちに受けるタイプではなくて、とにかく老若男女いろんな人に聴いてもらいたいし、テレビにも出て行って歌いたいという、そういうタイプのグループって、そんなに多いわけじゃないんですよね。

加藤:うん。

水野:みんな、どこかでカッコつけていくというか、アーティストになっていくから。それは悪いことじゃないんだけど、我々のように、“お茶の前を目指して何が悪いんだ”みたいな感じで、まっすぐ突き進んでいくことの難しさって、なかなか分かり合える人がいなくて。でもファンモンとは、そんなに細かく話したわけじゃないけど、“同じような逆風を受けてるな”みたいな、言い方は下品かもしれないけど、“同じようななめられ方をされてるな”とか、そういうこともわかった上で、“だからなんなんだ?”という感じでまっすぐテレビに出ていく、まっすぐライブをやっていく、目の前のお客さんを楽しませていく、ということをやっている、同志感が僕の中では勝手にあるんですね。特にデビューしてからの数年間、上に登っていく時期は本当に大変なので、そういう存在がいてくれるかどうかで全然違うというか。そういうの、あるよね?

加藤:めちゃくちゃある。

水野:その後も1年に1回、『ミュージックステーション スーパーライブ』の、でっかい舞台のソデのあたりで、「生き残ったな、お互いに」と言い合ったりして。

加藤:お互いに忙しくて、一緒にご飯を食べる時間もなかったんだけど。本当に1年に1回ぐらい、そういう音楽番組で出会って、「おっ、まだいるね」みたいな感じで、生存確認しあうみたいな(笑)。

──二人はどこか、似ているところがあると思います。熱い男ですよね。加藤さんはそれをステージで表に出すタイプで、水野さんは内に秘めるものがすごく熱いというか。

水野:基本、熱い人です。というか、暑苦しい人です(笑)。

加藤:似通っているところはあると思う。ちょっと人見知りのところとか。

──水野さんの熱い男エピソード、何か知ってますか? 加藤さん。

加藤:いきものがかりが、初めて<ROCK IN JAPAN FESTIVAL>に出た年があって(2016年)。言ってしまえば、俺らとは正反対のイメージがあるロックフェスだったじゃないですか。水野くんは忘れてるかもしれないけど、その話をした時に、淡々と「でも普通にやるよ」みたいなことを言っていて。ロックフェスだからといって表情を変えるわけでもなく、「いきものがかりのポップスの、王道ど真ん中のまんまで出て行くよ」という話をしたのを、すごく覚えているんですよね。その後、いろいろなところから「あの日のいきものがかりはすごかった」と聞いて、「それってすごく熱いな」と思った。自分の歩んできた道をすごく信頼しているし、いきものがかりの真の強さをすごく感じた、というエピソードがあります。

──いい話です。

加藤:俺たちだったら、ロックフェスだからって、空回りに勇み足で、ステージから客席へ降りて怒られたり、絶対やると思うんですよ(笑)。それはそれで、ファンモンのスタイルとしてはあるんだけど、いきものがかりは、そのまんまのステージをやったというから、すごくカッコいいなと思いました。

水野:でもね、意外と肩肘張ってたとは思う(笑)。今はロックフェスもだいぶ変わって、裾野が広いものになっているけど、2016年ぐらいは過渡期だったから。当時の我々にとって、ロックフェスは仮想敵だったし、向こうにとっても、我々を出演させることは一つのトライアルだったと思うし。今はちゃんと大人になったからわかるけど、我々をロックフェスの一番大きなステージに出させるということは、“あなた方が変わったんだね。僕らは変わってないけど”と思ってましたね。

加藤:いいねー。

水野:まだ若いから、そう思ってた。だから、“頭から最後まで、普通にヒット曲やって終えますけど”みたいな感じで、それが逆にうまく出たのかもね、あの時は。でもそういう反骨心がないと、やれなかったと思う。

加藤:俺も正直、自分の居場所を感じたことはそんなになくて。夏フェスもそうだし、ヒップホップ界隈の人たちからも、「お前らはヒップホップじゃねぇ」って言われたし、自分の居場所を感じることができないことは、最初のうちはちょっと寂しくもあったけど。そのうち逆に“これって強みじゃない?”みたいな、“どこにも当てはまってないぞ、俺たち”みたいな、開き直りじゃないけど、気にしなくなった時期はありましたね。

──ど真ん中のように見えて、実はいばらの道だったかもしれない道。そこで20年やり通した二つのグループは、本当にすごいと思います。

水野:お互い、なんとか生き残ったね。

──水野さん、再始動後のファンモンって、どんなふうに見えていますか。

水野:ライブのスタイルは変わっていないと思います。だけど、年上の加藤くんに言うのもアレですけど、互いに大人になったと思うし、今はデビュー初期の数年間の、登らなきゃいけない時期とはまた違うので。メンバーが脱退したり、一回止まったり、いろんなストーリーがあった上で、それでもライブに来てくださる方がいて。それでも作る歌って何なんだろう?ということを経た上で、重みが出てくると思うんですね。それが今後の、グループとしての面白さになっていくんだろうなと思います。互いにそうだと思うんですけど。

──二人体制でのファンモン再始動と、いきものがかりが二人になったのとは、同じ2021年のことでした。加藤さんは、今のいきものがかりをどう見てますか?

加藤:先にうちらが二人になって、そのあとに水野くんから、山下くんが抜けることになったという連絡を受けた時に、なぜかわからないけど、俺、写真を送ったんですよね。二人になった時の、ファンモンの新しいアー写を。

水野:送ってくれたね。

加藤:初めての二人のアー写を送って、「二人組もいいもんだよ」って。そうしたら「めっちゃいい写真だね」って返してくれました。

──それも、すごくいい話。

加藤:俺もモン吉も大人になって、当時はぎくしゃくもしたけど、今はすごくいい感じです。あの時みたいにガーっと駆け上がっていく、ガツガツしているフェーズでもないので、今はすごく楽しくやれていますね。ただ、本当に急に、いきものがかりが47都道府県ツアーとかやり始めるから、油断ならねぇなと思って。“まだまだガツガツやんけ!”みたいな(笑)。

水野:のんびりだよ。スケジュール的には。

加藤:だとしても、“47都道府県を今やるか!?”って。“いきものがかりは、まだ俺たちに刺激をくれるのか!?”って、俺とモン吉でひっくり返ったんだから。