「M-SPOT」Vol.030「時代性や流行に乗ることのない、ニッチな音楽」

2025.08.19 20:00

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前回・前々回と素晴らしいボーカリゼーションを聴かせるアーティストや、魅力的でスキルフルな女性ボーカリストらを伝えてきた流れから大きく趣を変え、今回紹介するのは、ポストロック~ブラックメタルの激しさとダークさを全面に押し出したアーティストだ。

世の中にはありとあらゆる音楽が存在し、様々なミュージシャンが音楽をクリエイトし続けているが、SNSの口コミに乗りにくい作品やサウンドというものも確実に存在する。SNSを中心に訴求が回る時代において、コアな音楽はどのような道筋をたどるべきなのだろうか。話のナビゲーターはTuneCore Japanの野邊拓実、進行役は烏丸哲也(BARKS)である。

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──今回は「Otherside of the Moon」という楽曲を紹介したいのですが、冒頭2分40秒までイントロ、曲の長さは10分。メタルという音楽性もさることながら、数秒で好き嫌いを判断されがちなSNSの時代にどうしてもそぐわない作品ですよね。そんな音楽性のバンドにも日の目が当たってほしいと思い、今回紹介するのが、不夜城(フヤジョウ)というバンドです。


野邊拓実(TuneCore Japan):今の時代、好まれる音楽はどんどん短くなり、消費のサイクルもどんどん早くなっていると感じますよね。平均すると曲の長さは実際に短くなっているという話もあったりして、肌感的に長い作品は聴かれる土壌がなくなってきているのは、難しい問題だなって思います。そもそも僕が10分くらいあるような冗長な楽曲を作りがちで、1曲で起承転結がついている映画みたいな作品も好きなんですけどね。

──それは私もわかります。1970~1980年代プログレにハマった身としては(笑)。

野邊拓実(TuneCore Japan):そういうニッチな作品を救い上げるようなインフラがどこまで必要なのか、ものすごく難しいなって思います。これはカルチャーの話になってきますけど、そういった音楽って、リスナー側にある程度のリテラシーが必要だとも思うんです。音楽の文脈を把握したりとか、今どういうことが起こっているのか…、例えば「これって、○○○なところのオマージュだな」「○○あたりの影響があるのかな」みたいな要素を感じ取って、長く壮大な音楽を楽しむ文化ですよね。背景の理解のための分析力やコンテキストの知識が確実に必要だと思うので、音楽業界全体が何もしなければ、こういう作品はただの理解されないものになっていってしまう。

──アーティストとオーディエンスに乖離が生まれる。

野邊拓実(TuneCore Japan):リスナーのリテラシーと作っている側のモチベーションが、どんどん乖離していきます。じゃあどうするべきなのかという点でいえば、僕はキュレーションの大事さを痛感しますね。本来のキュレーションって、単純に「この音楽いいよ」と紹介するお話ではなくて、そのカルチャーを存続させることが目的ですから、存続させるには、やっぱりある程度のファンがいて、そこからお金が動いていく構造が必要になる。存続するために何をしたらいいかっていうと、価値のあるものを理解するためのリテラシーを育てることしかない。

──いわばアーティストの理解者ですよね。本来ファンというのはそういう存在だと思うんですが。

野邊拓実(TuneCore Japan):言葉を選ばずに言えば、リテラシーの低い人たちにもわかるように翻訳してあげるということが、本来のキュレーションのあるべき姿だなと思います。

──もともと音楽の聞き始めなんて、みんなリテラシーはゼロですからね。

野邊拓実(TuneCore Japan):ぶっちゃけ、今、音楽業界に1番足りてないところって、僕はここなんじゃないかって思ってるんですよね。すごく価値があるけれども、その価値を享受するのにハードルがあるような作品を、ちゃんと誰にでも理解できるような形で翻訳して伝えてあげる。「これってこういう価値があるんだぜ、すごくね」ってね。あるいは、「こういう見方で見たらこの音楽ってめっちゃ楽しめると思うんだよね」みたいな、楽しみ方の切り口みたいなのをどれだけ用意してあげられるかが、キュレーターに求められてるものだと思ってます。

──いつの時代もそういう壁を超えて来ていると思うんです。イントロが50秒もある「ホテル・カリフォルニア」も、6分の曲はヒットしないと烙印を押された「ボヘミアン・ラプソディ」も、その作品の素晴らしさと革新性をメディアが訴え続けてきたように。プログレなんか、マニアックでニッチな作品がポピュラリティという大衆性を勝ち得た好例ですよね。

野邊拓実(TuneCore Japan):変わらずそうであってほしいですね。リスナーに合わせて誰でも分かる作品を作っていくことも素晴らしいあり方ですけど、一方で100人中99人はわかんないけど1人にめちゃくちゃ刺さるみたいなものが作りたいんだという人も、ちゃんと活動が存続できるようなシステム…というか音楽業界であってほしいって思います。新しいものや枠組みを超えるようなものというのは、ニッチとかアンダーグラウンドから生まれてくるもので、それをポップ側の人たちがポップスに消化していくという構造が大きな流れのひとつですから、文化が生まれる場所であるアンダーグラウンドとかニッチジャンルを衰退させるしまうような状況というのは憂うべきものですよね。そういう文化を守るような動きはちゃんと続けていくべきだなって思うので、この「M-SPOT」という企画でも、ちゃんと楽曲を解説しようという気持ちが強くなっていますよ。

──ニッチな音楽でも潜在的に好きな人はたくさんいるのに、出会いの場がないというのは、いろんな意味でも損失ですからね。不夜城はトリプルギターですけど、僕らのような媒体/音楽業界人が「何故ギターが3本必要なのか」という点に焦点を当ててみるだけで、興味を示してくれるリスナーが増えてくれるかもれない。

野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね。まさに僕もトリプルギターってところは気になりました。曲の始まり方は2000年代ぐらいから流行っていたポストロックの流れにありそうで、残響系の前期あたりの音…多分モグワイとかアルバム・リーフみたいなニュアンスを感じたりしますが、やっぱりポストロックって大きく分けると3つの潮流…、バトルスとかtoeのようなマスロック系、シューゲイザー系、あとエレクトロ系があるなと思っているんですけど、やっぱりそこを語るに欠かせないバンドにレディオヘッドがあると思うんです。そのレディオヘッドがやっぱトリプルギターなんですよね。僕ら世代だとそうかな。もうちょっと上の世代になるとまた別の…もしかしたらソニックユースとかかもしんないですけど。

──確かに、1970年代まで遡るとレーナード・スキナードですかね。

野邊拓実(TuneCore Japan):音を聴くと、そういう影響元がいっぱいあるということも見えてきて、それは作曲者ひとりの影響かもしれないし、バンドメンバー全員の要素が合わさった結果なのかはわからないところですけど、2000年代以降のポストロック~メタルの流れがすごい吸収されていろんな側面が見えてくるのが楽しいですね。

──この方向性に共感したメンバーが5人集まって活動していることも、今の時代では特筆すべき事象でしょう。

不夜城

野邊拓実(TuneCore Japan):すごいですよね。メンバー内では、どう思ってるんですかね。「やっぱ2分半ぐらいの曲出した方がええんちゃう」とかいう人はいるんでしょうか。

──誰もそういうことは思っていないんじゃない?10分必要だと思うから10分の曲になるわけで。

野邊拓実(TuneCore Japan):他の曲はどうなんでしょうね。やっていくうちに、「やっぱり時代的に短い方がいいんだな」ってなってだんだん曲が短くなっていったりとかはあるかもしれない。

──自分たちの世界観を表現するのに10分必要だったことが、バンドスキルが上がることで5分で表現できるようになるということはありそうですね。

野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね。まさしくこの10分間で得られる体験というものを、スキルが上がったことによって、あるいはスキルが変わったことによって、5分で同じ体験が得られるようになるかもしれない。逆に曲が15分になったけど、長ったらしく感じないみたいな技術を身につけていくかもしれない。まだ全然発展性もありそうだなって思います。

──音楽的にはかなりクセが強いので好き嫌いは問われますけど、いろんな作品に触れてみてほしいとは思います。嫌いなら嫌いでOKですから。

野邊拓実(TuneCore Japan):無難なポップスでは絶対に得られないような体験がありますからね。「なんかわかんないけどマジですごかった」みたいな。そんな体験をさせてくれそうな気もしますので、ライブはどうなんだろうなって気になりますね。

──「説明できないんだけど、なんかすごかった」という体験って、音楽にはよくある話ですからね。

野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね、「30分、まじすごかった」みたいな。

──それこそがお宝で、バンドへの最高の褒め言葉ですから。

野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね、そんな可能性を感じさせてくれるバンドのような気がします。

不夜城

2022年東京にて結成 ポストロックの持つ荘厳なサウンドスケープとポストブラックメタルの持つエモーショナルな荒々しさを主軸とし、確かな演奏と豊富な表現力でシーンを席巻する注目若手バンド。 トリプルギターが織りなす轟音と美しい旋律を武器に東京のポストロック/ポストブラックメタルシーンで唯一無二の存在として更なる活躍が期待される。 2022年に初の音源「DEMO2023」をリリース 2023年1st EP「Placenta」リリース 2024年配信限定シングル「Diamond」リリース、初の自主企画を開催 2025年配信限定シングル「Otherside of the Moon」リリース
https://www.tunecore.co.jp/artists?id=739328

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