日本の洋楽ロック史上に残る伝説のライヴが数々繰り広げられた今年のフジロックの中でも、僕が個人的に「フジロック大賞」をあげたいのが“ヘヴィ・ロック界・最後の大物”とも呼ばれるトゥールだ。ダニー・ケアリー(ds)、ジャスティン・チャンセラー(b)、アダム・ジョーンズ(g)、そしてメイナード・キーナン(vo)からなるこの4人組は、本国アメリカでは'90年代半ばには既に巨大な存在となっていたにもかかわらず、ライヴ以外でのメディア露出がほとんどなかったことからその存在がベールに包まれていた。特にここ日本での彼らの情報は、アメリカで彼らとほぼ同時期にビッグになっていったマリリン・マンソンや、KORNに大きく水をあけられるかたちで伝えられた。それは、メイナードの別プロジェクトであるア・パーフェクト・サークルが、アメリカではトゥール同様に成功しているにもかかわらず、昨年のフジで大苦戦を強いられた事実が物語っている。あの広大なグリーン・ステージにわずか10メートルほどのオーディエンスしか集まらない、それはそれは燦々たる内容だったのだ。 それが今年は一転、フジ最大の目玉ライヴのひとつに挙げられるほどのアクトと化してしまった。これはひとえに、この5月に約4年半ぶりにリリースされたアルバム「ラタララス」が全米で初登場1位となり、その緊迫感と構築美溢れるプログレッシヴな内容に日本のオーディエンスもはじめてノックアウトされたからである。この「遅れて来たヘヴィ・ロックの大物」をひと目見んと、グリーン・ステージ前には、「ダイブやモッシュはお手のもの」といった感じの血気盛んな若者が大挙して集まっていたが、彼らの暴力衝動はライヴ開始早々、抑えこまれていくことになる。 青白いダークな照明が灯る中、ダニー、アダム、ジャスティンの3人は大歓声に迎えられて、ゆっくりとステージ上手にある自分の演奏位置についていった。そしておもむろにイントロを弾き始めると、ステージ中央に張ってあった巨大な映像モニターから猟奇性の強いグロテスクな映像が流れ、その真下からソ~ッとメイナードが侵入する。割れんばかりの拍手に包まれるメイナードの出で立ちは、なんと全身ブルーのボディ・ペインティング! ▲TOOL 暗い・重い・長いのネガティヴ3要素が極まり、未体験のカタルシスを生むステージ。決して姿を見せないメイナードには“偶像拒否”という教義があるようだ | ステージに立つ時は常に奇抜な格好で登場するメイナードは、昨年は海水パンツ一丁に金髪ロングヘアのヅラでステージ狭しと動き回ったが、今年は終始同じ位置に立ち止まり、オーディエンスに背中を向けたまま、空手の組み手のようなポーズで黙々と歌うだけだ。他の3人も一切顔を正面にあげることなく、ひたすら俯いたまま演奏を続ける。その光景はまるで、中央に映るアヴァンギャルドなショート・ムーヴィーにサウンドトラックをつけているようでもあるが、この演奏がとにかく凄いの一言! 変拍子を多用した複雑で起伏に富んだ長大な曲展開。よほどの演奏技量がないとこなせないこの曲構成を、演奏陣は乱れも隙も一切見せずに完璧にこなしてみせる。特にドラムのダニーの変幻自在のリズムさばきは、間違いなく現在のロックドラマーの最高峰と言えるものだろう。そして、メイナードの抑制が効いたヴォーカルも緊迫感溢れる楽曲群につややかな潤いを加味する。 先に登場したシステム・オブ・ア・ダウンが新進力士の突き押し相撲なら、トゥールはまさに相手を受けてたつ堂々とした横綱相撲。このあまりの演奏の緊張感に耐えかねたのか、ライヴの冒頭ではモッシングして楽しもうとしていた元気のよい半裸の若者も、3曲目が過ぎたあたりからは、ただもう呆然と立ち尽くすしかなかったようだ。そしてライヴは終始息を飲むばかりのスリリングな空気が充満する中で展開され、当初予想されたモッシュやダイブは、1曲が終わるごとに起こる熱狂的な歓声と猛烈な拍手にとって代わられた。そして、拍手の後には決まって後ろを向いた謎の物体のようなメイナードから「アリガトウ」という日本語による言葉が返ってくる。MCらしいMCはほとんどなかったものの、なぜかメイナードからは日本語が数語発せられ、中でも「ポジティヴニ、イキロ。ソノココロヲ、ワスレルナ」の一言は「おおっ! なんか凄え!」とばかりにひときわ熱い歓声が起こった。そして、息の詰るような無音と緊迫で覆われた60分間が終わると、メイナードは「マタアオウ」の一言を残してステージから静かに去っていった。 こと「ヘヴィ・ロック」というと、日本ではどうもマッチョで脳天気、かつヴァイオレンスなイメージで語られる印象があるが、このトゥールのステージを一度見れば、ヘヴィ・ロックの世界はそれだけではないということが改めて実感できる。そして、今回彼らのライヴをはじめて体験した30代以上のロック・ファンの中には、「これぞ現代のプログレッシヴ・ロック!」と胸を熱く焦がして帰っていく人もいたことだろう。今度はこの興奮を是非、単独公演でアピールしてほしい。 文●沢田太陽 |