ロンドンのホテルで話を聞いたエイミー・マンはステージでの印象とは違い、どこか心理学者のような真面目な顔つきでテキパキと喋る女性だった。
「 “I Am Sam”のサウンド・トラックで何かが変わったという実感はあまりないのよね。多少エアプレイされたことは知ってるし、セールスも好調だったみたいだけど、私にはちょっと評価しにくいわ。サントラでは15人もの他のアーティストと一緒になるわけじゃない? 1人のアーティストだけを聴く人ってはいないのよね」
エイミー・マンが夫のマイケル・ペンと、このサントラに参加したのは、義理の弟のショーン・ペンが主役を演じていたという縁からではなく、サントラの責任者が知り合いだったからだそう。日本でも話題になった映画&サントラだけれど、エイミー自身はさほど意識はしていない。映画のサントラでいえば『マグノリア』のほうが全面的に関わっていたし、それに彼女の本質は、やはりソロアルバムに一番表われているからだ。
「 “ロスト・イン・スペース”は、マイケル・ロックウッド(バンドのギタリスト)と一緒に、曲が出来てはスタジオに入る、そして自分たちでほとんどの楽器を演奏するっていう、ゆっくりとしたペースで制作していったの。作っていくうちに方向性が見えてきて、トータルなイメージでまとめることができたわ」
アルバムのタイトルには“人生のさまよい人”といった意味が込められ、会話が成立しないことや、人とのコミュニケーションが苦手で自分の世界に引きこもってしまうといった心の葛藤がテーマになっている。
「私の場合、いつも問題点をはっきりさせることが第一歩なの。多くの場合、人って慢性的に不安とか憂鬱を抱えながら日々を過ごしているけど、まず自分が抱えていることを認識して、次に何がきっかけでそういう状態に陥ったのかを考えるのよ。私は不安になると、原因は何かをすぐ考える。曲作りは友達にその悩みを話し掛けるようにして書いてるわ。私は少しでも自分の疑問を解明して、意識や人生を向上させていくことが好きなのよ」
歌の中には“なんとかしたいのに、気持ちがギクシャクして通じ合わない3人の男友達”や“恋愛について自分は無力だと認めて自閉的になっている女性”などにスポットライトが当てられている。ショート・ストーリーのような身近な題材で、“この気持ちわかる!”と共感しながら聴く人が多いのではないだろうか。
「私は友人がアルコール依存症だったら、アルコールについての本を読んだりするのが好きなの。人の行動について知るのもおもしろいし、すごく混乱した状況に陥っていると思っていても、実はそこに論理や秩序が潜んでいた、とかっていうのが大好き。ものすごい発見をしたように感じるわ。自分が楽しんで作っている歌で、一緒にリスナーも何かを感じてもらえたら、それはそれでとても嬉しい」
今回のアルバムはギターを軸に制作されていて、特にマイケル・ロックウッドのノイズを活かしたスペイシーなサウンドが、『ロスト・イン・スペース』というタイトルにふさわしい雰囲気を演出している。そしてエイミーが大ファンという、アメリカのグラフィック・ノヴェル(コミック)作家、セスによるイラストレーションが絵本のようにブックレットに挿し込まれていて、これもエイミーの歌の世界を巧みに表現している。CDというより、このまま1冊の本として恋人や仲の良い友人にプレゼントしたくなる、歌も装丁も温かい作品だ。