アメリカの若さと退廃的な魅力に対するイギリスの憧れと嫉妬は、ジャズの時代から、この国のポップスの独自性を支えてきた。リズム&ブルースに対するマージー・ビート、ニューヨーク・ド-ルズに対するセックス・ピストルズ。
そして、それはヒップホップでも同じことだ。
’80年代の幕開、パンクの熱の中でイギリスに迎えられたヒップホップは、それ以降の20年間、クラブ・カルチャーの歴史の中で、そのあるべき姿を模索していくことになる。それは、今や世界中(もちろん日本でも)に広がる、ヒップホップの多様性のスタートであった。
イギリスはまず、ヒップホップからの影響をレイヴ・カルチャ-に取り込んでいくことで、新しい音楽をつくり出した。ブレイクビーツ・ミュージックとして知られるそれは、マルコム・マクラ-レンが自身のサウンドをヒップホップで大胆に着飾った’83年のアルバム『D’YA LIKE SCRATCHIN’』から始まる。
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▲Coldcut Coldcutが生み出したレーベルNinja Tuneは未来の音を探り、良質な音源を排出し続けている。 |
ダブルD&ステインスキの"Lesson1,2"というヒップホップ・クラッシックから自分たちの音楽性を捜し出し、後にコールド・カットはレーベル、ニンジャ・チューンをつくることになる。レゲエ・サウンド・システムからの影響が濃い、ワイルド・バンチ(後のマッシヴ・アタック)から、トリッキーやポーティス・ヘッドらトリップ・ホップと括られた連中、そしてドラムン・ベースと続く、ブリストルの歴史。先のニンジャ・チューンとモ・ワックスが先導したアブストラクト・ヒップホップ。ファット・ボーイ・スリムやプロペラ・ヘッズで大ヒットを飛ばしたビック・ビート。現在、レディオ・ヘッドやビョークも巻き込んで、アンダーグラウンドなクラブ・ミュージック・シーンを席巻しているオウテカが中心となったエレクトロニカ。 それらのジャンルがイギリス流のヒップホップとして評価されてきた。
その一方、彼等のサウンドの影の中に押し込められていた歴史もある。それはロンドン・ポッセやキャッチ22やディーモン・ボーイズといった、極めてヒップホップのルーツに忠実であり、地味だが味わい深いオーソドックスなスタイルを持って、UKをレプリゼントして来たアーティスト達である。
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▲Roots Manuva UK屈指のリリシスト。Dub、Roots、Hip Hop、Technoあらゆるジャンルの要素を取り入れたトラックに独自のラップ・スタイルを繰り広げる。 |
しかし、その歴史はここに来て突然、日の当たる場所を歩いていたニンジャ・チューンから伸びた、いくつかの手に引き寄せられることによって、再生することになったのだ。クリエイタ-ズのブレイクなどとも連動するその動きは今、急速に活発化している。
ニンジャ・チューンのアーティスト、DJヴァディム主宰の<ジャズ・ファッジ>は、インスト・ヒップホップの可能性を投げ出して、ブレイドを始めとするUKのMCをサポートし出し、まずある方向性を示した。同レーベルのスタッフ、アル主宰の<サン>は、良い能はあってもバラバラに存在していたUKシーンに、確固たるあるまとまりを生んでいる。
そしてビッグ・ダダだ。
ニンジャ・チューンのサブ・レーベルとしてスタートしたこのレーベルは、2枚目のコンピレーション『SOUND01』でその哲学を改めて、ここに提示する。
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▲TY(タイ) 独自のスタイル、スキルを追求しつづけた結果、生み出された『AWKWARD』がデビュー作。 |
2ndの発表を控えたニュー・フレッシュ・フォー・オールドと、クラッシックとなったデビュ-・アルバム『BRAND NEW SECOND HANDO』に続いて、今回ミニ・アルバム『ONE HOPE』、セカンド『RUN COME SAVE ME』を日本盤でリリースする、ルーツ・マヌ-ヴァというビッグ・ダダ。そんな今やUKを代表するアーティスト2組が、世界中の都市に浮ぶ普遍的な悲しさを描写する。ガンマや、アルバム『AWKWARD』も日本盤でリリースされるタイといったUKの中堅MC達が歴史をはっきりと伝承する。そして、フランスのテテセー、USからアンチコンのクラウデッド、マイクラッドのインフェスチコンズといった共感者たちは、今や世界中に存在する、ヒップホップのための戦地から、最新の闘争スタイルを報告する。
それはイギリスが生んだ素晴らしいグラフティ・アーティスト、シー・ワンの描いたこのレーベル、ビッグ・ダダのロゴの様に、別の場所からやって来たものが、別の方向を目指しながら、時にクラッシュし、それでも大きなうねりとなって進んでいくのだ。
このコンピレーション『SOUND01』に耳を傾けることは、このうねりに参加することであり、アメリカ・メジャー・グラウンド・ヒップホップとは別の視点からヒップホップという音楽を眺めることでもある。 そこから見ればこの世界には、細かく入り組んだ新しいネットワークがあることを知るだろうし、カウンターとしてスタートした者達が新しいモラルをつくり出し、今やそれがヒップホップの生命線となっている事実にも気付かされることだろう。
ここには実験性と独自性を第一としてきたイギリスのヒップホップの革新性と、その中で決して忘れられることはなかったルーツへの愛が、最善の形で表現されている。