【音楽ギョーカイ片隅コラム】Vo.151「こどもフジロック、11年目は“雨のフジロック”に」

2026.09.05 11:14

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<FUJI ROCK FESTIVAL’26>からはやくも1ヵ月が経過し、毎日更新してきた「こどもフジロック」のSNSにおける情報発信も8月末で一区切りした。夏が終わってしまう前に、今夏のフジロックを振り返ってみよう。

30年目を迎えた今回は、久しぶりに“雨のフジロック”となった。初日こそ強い陽射しに照らされて夜まで汗ばむほどだったが、2日目は朝から土砂降りとなり、午後も雨が降ったり止んだりで、3日目も朝一番から雷雨に見舞われ川も増水。昼過ぎには雨が上がったが夜には寒さを感じるほどだった。2019年の豪雨ほどではないものの、雨に降られた感が残る年となった。

それともうひとつ、そう印象づけられた理由には来場者の声があった。現地取材中、初めて参加した人からは「雨で残念」という声が多く聞かれた。一方、何度も苗場を訪れている人々からは「雨のほうが涼しくていい」「このくらいがフジロックらしい」といった話がほとんどで、雨を好意的に受け止めている様子だった。この雨にまつわる来場者の意見の対比は、自然との共生をテーマに掲げてきたフジロックの歴史やそのメッセージに共感して集うリピーターのフェス愛を感じさせられるものだった。

2016年からスタートした「こどもフジロック」は11年目。子どもと一緒にフジロックを楽しむための情報発信のため、今回も子連れで参加する大人や子どもたちに、どんな準備をしてきたのか、困ったことはなかったか、子どもと一緒だからこそ見えたものなどの体験談を集めるべく会場内を四方八方歩きながら3日間で数十組に話を訊いた。ここでは特に印象的だった二人の母のエピソードを紹介しよう。

まず一人目の母は、会場内にあるキッズランドの敷地に広がるキッズの森の中で出逢った。彼女が見守っていたLinkin Park、Slipknotとアンパンマンが共存するロックな装いの女の子があまりにキュートだったので、写真を撮らせてもらうために声をかけた。札幌からフジロックのために苗場へやってきたという彼女は、3歳の娘と二人で初参加。筆者が目を奪われた娘の服は母のお手製で、インナーもSlayerというこだわりよう。フェス期間中は友人たちのサポートも受けながら過ごしているという。今回来場した一番の決め手を訊ねると、彼女は「Mitskiです」と即答し、「シングルになるとき、辛いときに、Mitskiの歌が寄り添ってくれたから、どうしても子どもと一緒に生で観たかったんです」と話してくれた。

二人目は微笑みの国・タイから子連れでやってきた笑顔がチャーミングな女性だ。友だち家族と共にフジロックのために来日したという40代の彼女は、15年前の独身だった頃からフジロックやその他の日本のフェスに参加。当時からフジロックには子どもたちが多く来場していることや、その楽しげな様子がずっと心に残っていたという。自身の子どもが生まれてからは「いつかこの子と一緒に行きたい」と思い描いていたそうで、「他のフェスだと難しいかもしれないけど、フジロックなら子どもと一緒でも楽しめると思っていた。今回ようやく願いを叶えられてうれしい。やっぱり最高です」と語ってくれた。

海を越えて北海道から、国境を越えてタイからと、苗場までの距離も背景もまったく異なる二人のそれぞれの想いや理由は異なるが、自分が好きな音楽や大切にしてきた場所を我が子にも見せたい、共有したいと願い、実際に子どもを連れて苗場で楽しんでいる点では共通している。筆者自身も二人に深く共感するが、おそらくフジロックのファミリー参加者の大多数に通じることなんじゃないかと思う。さらにファミリーに限らず延べ来場者数12万3,500人と180を超えるアーティスト、さらに数千人のスタッフがそれぞれの想いを抱えて苗場にやってきていることを考えると、フジロックとはものすごいエネルギースポットでもあるんだなと思えた。

それに苗場で過ごす数日間には日常生活とは違う経験がいくつも転がっている。人の価値観や心は成長していく過程での様々な体験によって形作られていくものだからこそ、そうした時間がいつか子どもたちの中に何かを残してくれたらいいなと、毎年その姿を眺めながら思っている。

そして「こどもフジロック」を11年も続けていると、最近はその“いつか”を少しだけ見せてもらっているような気がする出来事も増えてきた。今年は会場内で何組かのファミリーから「以前、撮ってもらったんです」と声をかけていただいたのだが、考えてみれば11年というのはなかなかの時間で、初めて会った時に1歳だった子は11歳になり、8歳だった子は18歳になっている。その中にはちょうど10年前に撮影させてもらったファミリーもいて、久しぶりの再会を喜びながらもう一度写真を撮らせてもらった。

その家族のお父さんは当時撮った写真を今もスマホに保存していて、フジロックの季節になると毎回見返していると教えてくれた。10年前の私は、その時そこにいた親子の姿を一枚の写真に収めただけだったけれど、私の知らないところでその写真が毎年取り出され、家族でフジロックを思い出す一枚になっていた。自分が撮った写真がいつの間にかある家族の歴史の1ページになっていたのだと思うと胸が熱くなったし、いい仕事をさせてもらっているなぁと改めて感じ入った。

そんなこんなで人様の家の子どもは大きくなるのが早いものだと感心していたのだが、考えてみれば我が家も同じだった。始めた頃にはまだ幼かった我が子も小学6年生、11歳。今春ついに私の身長を追い越して170cmを超えた彼は、会場警備の方から「え? これキッズ用のリストバンドですよね? 何歳ですか?」と数回止められるほど大きくなった。1歳の頃からケロポンズを聴いて歌い踊っていた人も、今年のライブでは後ろの子どもたちの邪魔にならないよう気にして、以前のように思い切り踊れなかったとこぼしていた。その一方で、巨大なゴンちゃんを川から自力で持ち帰ってくるという頼もしさも見せてくれた。毎年同じように苗場へ来ているつもりでも、隣を歩いている子どもは毎年少しずつ変わっている。

1997年に始まったフジロックは、今年で丸30年を迎えた。前述のタイの女性のように、独身時代から通っていた人が時を経て、我が子と苗場を歩くようになっている。30年目ともなれば、かつて親に連れられてきた子どもが大人になり、今度は自分の子どもを連れて訪れていても不思議ではないほどの時間が経過している。出演者やステージだけではなく、そこへ足を運んできた人たちにもそれぞれの歴史がある。11年目の「こどもフジロック」は久しぶりの雨に降られながら、そのことを改めて実感する3日間となった。

文・写真◎早乙女‘dorami’ゆうこ

◆早乙女“ドラミ”ゆうこの【音楽ギョーカイ片隅コラム】