【インタビュー】ASIAN KUNG-FU GENARATION、『フジエダ EP』とシングル「スキンズ」発表、そして結成30周年の充実ぶりを語る「今年はツアーもやりながらアルバム制作したい」

2026.03.24 18:00

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ASIAN KUNG-FU GENARATION、2026年のニューリリースが、一気に到着した。まず3月に世に出るのは『フジエダ EP』。ここでの4曲は、静岡県藤枝市に新設されたレコーディングスタジオ“MUSIC inn Fujieda”で制作が行われている。同スタジオはゴッチこと後藤正文がこの数年をかけて作り上げた音楽工房で、スタジオとしての基本的なあり方はインディペンデントで活動するアーティストのサポートである。言わば今回のアジカンの『フジエダ EP』には、そのお披露目的な意味合いがあるわけだ。

収録4曲は音楽的な傾向がそれぞれに異なっており、そこから現在のアジカンの姿を感じられるはず。また藤枝はゴッチの出身地である島田市からほど近く、各曲には彼の地元への気持ちものぞく。さらにスピッツのカバー「ナンプラー日和」(2005年発表アルバム『スーベニア』収録曲)が象徴するように、このEPはスピッツの影も見えるものとなっており、今回の取材では彼らへの思いも語ってくれた。

さらにEPに続いて4月にリリースされるのは、ニューシングル「スキンズ」である。TVアニメ「Dr.STONE SCIENCE FUTURE」第3クールオープニングテーマ (2026年4月放送開始)となるこの歌は、肩の力が抜けたポップな仕上がりでありながら、その奥には確固たる意志が込められている。今回のインタビューでは、長年にわたって多くのアニメの主題歌を担当してきた一方、音楽の、ロックのメッセージ性という可能性に希望を託し続けているバンドだからこその独自の姿勢が述べられている。

これ以外にも4人は昨年秋にオアシスのオープニングアクトを務めたこと、次のオリジナルアルバムのこと、そして今年で結成30周年を迎えることなど、とてもたくさんのことを話してくれた。どんな話題もジョークを交え、軽やかに、それでいて真摯に語る彼らだが、そうした歩みと、その言葉の裏に秘めた意志と意味には、途方もない厚みがある。

今からちょうど30年前の春、大学のサークルで始まった彼らの歴史はこの先もまだまだ続いていくことだろう。アラフィフを迎えている4人は、少年のままのような瞳の輝きと、いくつもの興奮と苦境をくぐり抜けてきたロックバンドのたくましさという、その両方を携えている。

   ◆   ◆   ◆

■オアシスで塗り替えられちゃったけど
■<NANO-MUGEN>のことも忘れちゃいけない

──今度のEPとシングル曲を聴かせてもらって、非常に興味深く感じました。

後藤正文(Vo&G):興味深い……ちょっと引っかかりがあるな(笑)。

喜多建介(G&Vo):ねえ(笑)?

──あえてそう言っておきます(笑)。で、その前に2025年の振り返りをしてもらいたいんですよ。去年は前半に「ライフ イズ ビューティフル」と「MAKUAKE」と2つのシングルを出し、初夏に<NANO-MUGEN FES. 2025>があって、秋には<NANO-MUGEN>のサーキット版としてASHとのスプリットツアー<NANO-MUGEN CIRTUIT 2025>が行われました。その直後にはオアシスの東京ドーム公演のオープニングアクトを急遽務めたわけですが。2025年はどうでした?

伊地知潔(Dr):やっぱり一番デカかったのはオアシスですね。どうせアウェイだろうと思ってステージに立ったら、みんな温かく迎え入れてくれて。すごく感動しましたし、思ってた以上に緊張しましたし、でもその中でも最高の演奏ができたなと思います。そしてSNSであんなに拡散されるとも思ってなくて。あそこで僕たちを久々に聴いてくれた人も多かったみたいです。喜多くんが「絶対に出たくない」と言ったんですけど、ほんと出て良かったなと。

喜多:最初ね! 最初。

後藤:太字で書いといてほしい!

喜多:俺の言うこと、聞かないほうがいいね。今までの30年の中で、あれ一個だけ、俺のミス。あの判断だけ間違えてた(笑)。

後藤:「「おかえりジョニー」のMVに出たい」も間違えてるよね。最近、間違いしか言ってないよ(笑)。

後藤正文(Vo&G)

──喜多くんはなぜ出たくなかったんですか? オアシスの時。

喜多:オアシスの話は、ちょっとビビっちゃったんですよね。オアシスファンのこととか考えて……“自分が純粋にオアシスだけ観に行ったファンだったら、どうだ? いきなりアジカンが出てきて?”みたいな。しかも発表も直前になるって聞いてたので。まあ僕らがオファーがきたって聞いたのも直前でしたし、ちょっとビビっちゃったんですけど。ほんと、出て良かったと思ってます!

後藤:ビビっただけで、あんな空気悪くしたの? 信じられない(笑)。

──ライブの1週間前ぐらいでしたっけ? 話がきたのが。

山田貴洋(B&Vo):オアシスのことはメンバーと一緒にいた時に話を聞いたんですけど、“マジか?”とはちょっと思いました。それはタイミング的にですね。すごいことだなと思いつつも、“ここからスタッフ揃うのかな?” “やるなら中途半端な態勢じゃない感じでやらないと”とか、そういう怖さみたいなのは一瞬よぎって。でもその時ちょうどASHとのツアー中で、そこでスタッフは大丈夫だと聞いて。だから安心して、という感じでしたね。

──ライブレポートで書いたんですが、オアシスのゲストに出ることはASHとのスプリットツアー最終日の夕方に公表されて、その場で知ったお客さんがどよめいたほどで。ゴッチはやりたいと思ったんですよね? オアシスから依頼があって。

後藤:そうですね……うん、断る理由がないなと思ったし。オアシス公演の初日のチケットを持ってたから、もし引き受けずに観に行って、別のバンドが出てきたら、一生後悔するなと思いました。それはイヤだな、と。だから、せっかくオファーが来たのに断るなんてない、と。急は急だし、まあナメられてるのもゼロではないなと思っちゃうけど。この歳だから。

──あまりにも直前だからね。

後藤:でも断る理由はないだろうなと思った。で、グループLINEにメッセージしたら、どうも“今ちょっと揉めてます”みたいな。“建さん、絶賛ゴネ中で、潔さんが説得しています”という連絡が来て。

喜多:そうだったっけ(笑)?

喜多建介(G&Vo)

後藤:たぶん潔が「出たほうがいいんじゃないの?」と言ってくれた感じです。それで俺が建さんに「俺は出たいから」と言ったら、「それだったら」みたいな。「そこで“バンドの戦略がどうの”とか言ったら絶対にイヤだった」みたいに言ってて。

喜多:あはははは。

後藤:……と言ってたのに、断わる理由が今になって「ビビってた」になってるから。どういうことだったんだ?と(笑)。

──それで受けることにして(笑)。東京ドームの当日は、どんな感じでした?

後藤:当日は、まあ普通に入って……あ、すげえ早かったよね? 入り時間ね。朝、本当に早くて。で、リハしようと思ったら、俺らより先に「ノエル・ギャラガーのサウンドチェックがひとりであるから」って言われたの。2DAYS公演の初日だから。「ノエルが終わるまで待て」みたいな感じで、待たされて。それからチェックして、出たんですけど。まあ……いろいろ考えちゃいましたね。東京ドームということで言うと、ある種の代打的な感じで、1打席だけしか与えられない。“これはホームラン以外許されないな”って思ってたんですよ。“ここでやったことはもうそのまま、ネットによって世界中に拡散される。ここで結果出せなかったらもう意味ないな、てか、出せるっしょ!”みたいな意気込みで出てって、やりきりました。喉、カラッカラでしたね、帰ってきたら。喉カラカラというか、口の中がパッサパサになってて。ドームは空気が乾いてたのかな?

山田:緊張しても、ああはならないよね、いつもは。口だけ乾く感じって。

後藤:めっちゃ乾いたね、口。

喜多:ドームだからっていうのはあったかもしれないね。初ドームだから、わかんないけど。

後藤:最初で最後のドームだよな(笑)。

喜多:最初で最後の(笑)。そうでしょうね。

後藤:あれがどうかっていうのは、もう一回やれる機会がないだろうから、確かめようもないんだけど。

山田:僕は当日、緊張感もありつつも、めちゃめちゃ気持ち良くライブできました。

山田貴洋(B&Vo)

──アジカンに好意的な反応が多かったですよね。とても。

喜多:そうですね! やってみたら。

後藤:「リライト」で観客がめっちゃ唄ってたから、“おお!”と思っちゃいましたけどね。“全然アウェイじゃないじゃん!”みたいな。客電が消えてないから不思議な感じではあったけど。だって、明るかったよね?

喜多:そうだね。暗転して俺たちではなかったから。不思議な気持ちでやりましたけど。

後藤:でも……あっという間に終わったよね? 特にオアシスと乾杯したわけでもないし、初日というのもあったのか、メンバーもみんな、どんどん帰っちゃったし。ノエルはマッサージしてるっていうことで……待ってたら会えたかもだけど。でも俺たちも「まあいいか」と言って、帰っちゃったからな。でもほんとにいい演奏できて、良かった。頑張ってきたことがそのまま形にできて。最近のバンドの演奏の良さも出せたし。

──それが2025年の大きな出来事だったということですね。

後藤:うん、そんな2025年でしたね。でも俺は、<NANO-MUGEN>がシビれましたけどね。インドネシアが中止になっちゃったりして。それでも、Kアリーナ横浜が素敵な2日間になって良かったな。まあオアシスで塗り替えられちゃったけど、<NANO-MUGEN>のことも忘れちゃいけないなって思ったりしますね。

伊地知潔(Dr)

──うん。インドネシアのジャカルタでも開催するはずだったのが、社会情勢の急変でできなくなってしまったのは残念でしたね(ジャカルタではこの4月18日にスペシャルライブの開催が決定)。ただ、Kアリーナ横浜での<NANO-MUGEN>はいいフェスになったと思います。

喜多:うん。最高だったよね?

伊地知:最高でしたよ。ほんとに。

喜多:無事にやれて良かったなというのがありますね。BECKも来てくれて、めちゃめちゃいいライブをしてくれた。BECKがトリで良かったなと思いましたね(笑)。2日目の。

──そうですね。BECKは、ツアーのセットをそのまま持ち込んだのがすごかったです。

喜多:うん! 全力でやってくれた感じがして。僕らも当日はアコースティックでの出演とかもあって、ちょっと忙しかったけど、あの2日間やりきった感はあって。素敵な2日間になりましたね。

山田:うん。さっき話にあったようにインドネシアのことがあって、Kアリーナ横浜はその1〜2週間後ぐらいなので、心配というか、すごい気持ちの波はありましたけど。11年ぶりの開催でもあったし、手放しで楽しみだって思えるメンタリティではなかったけど、本当にうまくいって良かったというか。2日間、我々は2ステージやったりして、バタバタだったけど。自分らのライブよりかは、海外から久しぶりに来てくれたバンドだったりが楽しんでくれた感じも伝わってきたので。それは良かったなと思います。

伊地知:今回はいろんなバンドをじっくり見られて、すごく楽しめました。前の<NANO-MUGEN>は横浜アリーナの4階や3階にステージを造っていて、行ったり来たりしてたけど。

<ASIAN KUNG-FU GENERATION presents NANO-MUGEN FES. 2025 in JAPAN>

──そうでした。昔の<NANO-MUGEN>で、伊地知さんは自分のバンドのPHONO TONESでもやりましたよね。

伊地知:はい。あの頃は、アコースティックでHUSKING BEEの磯部(正文)さんと一緒にやったり、DJやってみたり。上の階のステージでは、フードもプロデュースしたりとか。

後藤:KIYOSHI’S BARね。潔は、<NANO-MUGEN>のおかげで料理研究家になったと言っても過言ではないんじゃないの?

伊地知:おそらく、それがきっかけになってますね(笑)。はい。

──で、もちろん他のフェスやイベントへの出演もありました。そして2026年に入り、今回のEPと、さらにその後の新曲が届いています。ライブ活動をやりつつ、これらの曲の制作を進めていたということですね。

喜多:そうですね、やりながら進めてましたね。ちょっとずつ。

後藤:「スキンズ」は先に録ったんじゃない?

喜多:「スキンズ」は、そう。8月の終わりにレコーディングしました。

後藤:だから曲自体を作ったのはもっと前で。

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