「M-SPOT」Vol.043「ラップとは、ヒップホップなのか否か」

今回はDJ Nag-Ta「寄生Tune(feat.TOMOMI SUGIYAMA)」というひとつの楽曲から、ラッパーの姿勢、ヒップホップ文化の継承、そしてラップという表現スキルに絡み合っているややこしい側面を整理してみたい。
いつもの通り、コメンテーターはナビゲーターのTuneCore Japanの堀巧馬とTuneCore Japanの菅江美津穂、進行役は烏丸哲也(BARKS)である。
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──今回はヒップホップのフィーチャリング作品を話題に上げたいのですが、DJ Nag-Taというアーティストの「寄生Tune(feat.TOMOMI SUGIYAMA)」という楽曲です。まずは聴きましょう。
堀巧馬(TuneCore Japan):TOMOMI SUGIYAMAさんがフィーチャリングされているんですね。調べてみると、この方はもともとダンサーでラッパーだそうです。
菅江美津穂(TuneCore Japan):栃木県宇都宮市の方ですね。
堀巧馬(TuneCore Japan):DJ Nag-Taがトラックを作っている作品ですが、トラックの感じは2000年代の雰囲気というか、アッシャーの「Yeah!(feat. Lil Jon & Ludacris)」を思い起こすようなシンセとか、ローの感じがそこまで重低音じゃないですよね。今の曲って、一概に言えないですけど時代とともにサブベースが重ねられてものすごい重い音が強くなっていると思うんですけど、この曲は中~高音域の印象として、ちょっと前の古き良き雰囲気を感じさせますね。
──で、今更ながら基本的な質問なんですけど、こういったフィーチャリング作品の場合、リリックはどちらが書くものなんでしょう。
堀巧馬(TuneCore Japan):んー、一般的にはラッパーがリリックを書きますよね。基本的にヒップホップは言いたいことを言うために自分で歌詞を書くというマインドなので、だから作詞家が書いた歌詞をラップするようなことは、ヒップホップ界隈では基本認められてないんですよね。
──そうですよね。そもそもそういう文化ですから。
菅江美津穂(TuneCore Japan):ただ、「寄生Tune(feat.TOMOMI SUGIYAMA)」は、作詞も作曲もDJ Nag-Taさんのようですね。

──やっぱりそうですか。トラックメーカーが作ったトラックの上で、ラッパーが自分の言葉でラップするのは普通のことと思うんですが、一方でトラックメーカーがトラックもリリックも書き上げて、これを音源化するにあたり「ぜひ○○○に歌って欲しい」とフィーチャリングをお願いする形もありますよね。
堀巧馬(TuneCore Japan):そもそもDJといえば、自分で楽曲を作るというよりはクラブやイベントで盛り上げていくというヒップホップの4大要素のひとつみたいな形で存在しつつも、今で言えば半分トラックメーカーみたいな定義もあると思うんです。最近で言ったら、STUTSとかZOT on the WAVEみたいな「トラックメーカー/コンポーザーであって、自分が歌っているわけではないけどアーティストとして存在している」方ですね。この曲ってSTUTSの曲なんだけど歌っているのはKohjiyaみたいな。音だけを聴くとKohjiyaの印象が強いんだけど、アーティストとしてはSTUTSの作品ですよね。プロデューサーでもありトラックメーカーでもあり、その楽曲の魂を入れているのはあくまでそのDJであるということだと思います。ですから、DJ Nag-Taが表に出ているのにはちゃんと意味があると思いますね。
──ですね。ヒップホップ文化なのか、ラップという歌のスタイルの話なのか、そこを定めないと話が混乱しますね。ヒップホップアーティストとして活動するラッパーは、自分の言葉で主張することにアイデンティティがありますから、リリックを自分で書くのも当たり前だし、人のリリックをラップすることもないでしょう。一方で、ヒップホップ文化を背負っているわけでもなく、ラップスタイルを得意とするシンガーは、クリエイターが作った楽曲をラップスタイルで歌い、自分のレパートリーとすることもある。「寄生Tune」を歌うTOMOMI SUGIYAMAは、後者ですよね。
堀巧馬(TuneCore Japan):そうだと思います。本来のヒップホップ文化とは決定的に違うところですよね。やっぱり歌詞やフローみたいなところは、歌う人が主軸になる文化ですから。
──ヒップホップアーティストが、他人が書いたリリックをそのままラップすることはない?
堀巧馬(TuneCore Japan):それは…いろんな波が立ちますね(笑)。
──いまや「ラップ」って歌唱におけるひとつの特殊技能であって、必ずしもヒップホップという精神性も含めた音楽ジャンルではないですよね。だからこそ、典型的なヒップホップスタイルで超絶スキルのラップを聴かせる楽曲があっても良いわけで、「寄生Tune(feat.TOMOMI SUGIYAMA)」はまさしくそれだと思っているんです。とにかくヒップホップスタイルのラップがカッコいい…それだけで十分でしょう?ヒップホップなのかどうか論争とは無縁であって欲しい。
堀巧馬(TuneCore Japan):ヒップホップの文化とか歴史の視点でいくと、その話が出てくるんです。「自分で作詞してないリリック…要は他人のが書いたリリックをラップすることって、それってもう自分の意思が乗ってないじゃん」みたいな文脈の話と、単純に「ラップってすごくね」「その韻を踏んで、こういうリズム感で…」というビートに歌詞を乗せて歌う純粋なテクニックとしての凄さの話。で、僕はむしろ日本でヒップホップが流行ったのって、後者なんじゃね?とは思うんですよ。
菅江美津穂(TuneCore Japan):うん、確かに。
堀巧馬(TuneCore Japan):ヒップホップは、人種差別に対する反骨精神の文化から社会的なムーブメントとして大きくなった文脈がありますけど、日本って単一民族国家なので欧米のような人種差別もなかったことを考えると、日本でヒップホップが流行ったのはそういうことかな、と。
──音楽としてのかっこよさね。
堀巧馬(TuneCore Japan):ラップのすごさ、みたいな。単純にかっこいいというところ。
──中学校のダンス必修化のようなグルーブに合わせて身体を動かすフィジカルな経験も、ラップという歌唱法が広がっていった要素のひとつかもしれない。そこはヒップホップ文化とは無縁ですよね。歴史的な文化を受け継いでいなくとも、ヒップホップスタイルやラップ歌唱という音楽様式のカッコよさだけで評価されてもいいわけで、「ヒップホップじゃねえじゃん」っていうめんどくさい論争で潰されたくないんですよ。
堀巧馬(TuneCore Japan):めっちゃわかります。それで言ったら、日本がその土台は1番できているんじゃないかなって思います。K-POPアイドルもそうだしジャニーズ系にもラップ担当みたいな人がいるわけで、ヒップホップとして捉えない土壌は、むしろアメリカより日本の方ができ上がってるなって思います。
──いいですね。
堀巧馬(TuneCore Japan):これをヒップホップだと言うと、ヒップホップの思想の方の話になっちゃうので喧嘩が起こるんですけど、あくまでも「ラップしてる」っていう言い方がいいですよね。
──ヒップホップの文化やスタイルに、握手やハイタッチ、ハグといった挨拶がありますけど、あれを一般に持ち込んだりするから話がめんどくさくなる(笑)。
堀巧馬(TuneCore Japan):難しいですよね。「演奏と、その裏にある思想とか文化を切り離して考えた方がいい」部分と、「それって表裏一体だよね」っていう部分が混在しているから。ラップって本来であれば、ある意味早口言葉みたいなリズムの取り方の話で、ルールとして韻を踏むみたいなものがあるだけであって、それがヒップホップのものだっていう話ではないと思うんですよね。
──その門戸が開かれつつある今だからこそ、すごく面白いことが起こりそうな気がするので、いろんな音楽やいろんなシーンに、ラップという表現手法をどんどん取り入れていって欲しいなと思います。いろんな音楽にラップが馴染んで、そこからヒップホップに戻るもよし、戻らないのもよし。ただラップというだけで「ヒップホップじゃねえよ」とかそういうことはもう言わないで。
堀巧馬(TuneCore Japan):ジャンルという意味で言うと、「1曲通してラップしている楽曲をどういうジャンルを設定するか」ってなった時に、まだまだ「ヒップホップ/ラップ」っていうカテゴリーに入れられがちという現実もある。
──なるほど…。
堀巧馬(TuneCore Japan):J-POPカテゴリーに、すっごいいっぱいラップ調で歌っている曲がどんどん広がってきたら、そういうもんなんだってなるんじゃないかな。
──広がってほしいなあ。キレッキレなラップは超絶かっこいいもの。
堀巧馬(TuneCore Japan):あくまでも歌い方のひとつなんだよっていう、ある意味そういうムーブメントが必要なんでしょうね。
──「ラッパー」という言い方がまた、ものすごくヒップホップを感じさせるものなので、言葉の使い方も気をつけないとね。
堀巧馬(TuneCore Japan):わかります。
菅江美津穂(TuneCore Japan):ヒップホップと言っても、今はバトルが人気だったりしているわけですけど、私はよく「不良系」とか呼んだりするんですけど、ドラッグとか悪いことがテーマになるのも、日本が貧困化していることが余計に加速しているとも思うんです。
──なるほど。
菅江美津穂(TuneCore Japan):いとうせいこうとかが日本にヒップホップを持ち込んできたときって、いろんなヒップホップがあったと思うんです。スチャダラパーもいたしキングギドラもいたし。ZeebraがBATTLE系を作って、そういう文化がどんどん盛り上がって今に至るところですけど、スチャダラパーなどは1990年代とかめちゃくちゃ盛り上がったし、J-POPといい感じに融合していったと思うんですね。彼ら自身はめちゃくちゃヒップホップマインドで、自分たちでやろうというインディペンデントの人だし、そもそも悪いことは別にやってないみたいな、いい感じでだらだらしようぜみたいな人たちで、それこそ日本のヒップホップだと思うんですね。今、そっちが盛り上がってないのは、割と日本の貧困が理由な気がするんです。
堀巧馬(TuneCore Japan):確かに。
菅江美津穂(TuneCore Japan):今ちょっと流行りづらいっていう背景がありますよね。
堀巧馬(TuneCore Japan):ラップってひとつの手法に過ぎないんですけど、とはいえ、そもそも重いビートじゃないと乗せづらいみたいなところも感じるんです。絶対的なビートがある中で、そこにどう乗っけるかみたいな考え方で、そういう文化から生まれたものなのでそうなんですけど、だからサウンドや音楽性もヒップホップに寄っていく。中音高音が中心のロック調とかフォークっぽい曲とかにラップって多分載せづらいんだろうな、って感じます。なので、超ヴィンテージロックみたいなものにラップをうまく融合させるようなアーティストが出てくると、また変わってくるのかもしれない。
──そうですね。
堀巧馬(TuneCore Japan):J-POPに1要素としては入れられるけど、1曲通して全部ぶっこむっていうような曲の作り方はあんまりない気がするんだよな。
菅江美津穂(TuneCore Japan):でも、加山雄三 feat. PUNPEEの「お嫁においで 2015」とかはすごく上手でしたよね。歌謡曲とラップが一緒になってめちゃくちゃ流行った。ただあれは加山雄三だったから、みたいなところもあるのかな。今は歌謡曲自体が人気が出づらいので。
──今は過渡期かもしれないですね。魅力的な部分が融合されてミクスチャーになって新しい音楽が生まれていくので、ラップという独特で癖の強い手法や文化も、そうじゃない人たちと混じり合った時に新しいものが生まれるのでしょう。その時期に差し掛かってきたのかな。#KTCHANも「ディスりたくない」と言っているわけで、確実に新しい潮流が流れ始めていますよね。戦争のない銃のない国で生まれた21歳の女の子が等身大で考えるヒップホップって、絶対暴力ではないから。
菅江美津穂(TuneCore Japan):そうですね。平和な日本のヒップホップマインドが広がることを祈ってます。
──そして、めちゃめちゃ歌が上手い人がめちゃめちゃカッコいいラップをして「こんなにラップかっこいいんだ」「こんなステキなんだ」っていうのを、ヒップホップ大嫌いおじさま&おばさまたちに提示してほしいです。
DJ NAG-TA
神奈川県川崎市産まれ東京都渋谷区育ち。 ピアニストの母とレーサーであり実業家の父を持ち幼少期からピアノをはじめ様々な楽器に囲まれて育つ。クリエイターとして実業家として国内外ハイブランドのクリエイティブや音楽プロデュース、ファッションプロデュースに関わり、自身もDJやラッパーとして都内クラブや配信プラットフォームでプレイする傍ら、トラックメイカー、リミキサー、作詞家としてアーティストプロデュースも行う。 その音楽知識と実業家や生死を彷徨う極限の経験によりヒップホップの枠にとどまらないジャンルレスかつ独自の言語表現にて注目を浴びるアーティスト。
https://www.tunecore.co.jp/artists/dj-nag-ta
協力◎TuneCore Japan
取材・文◎烏丸哲也(BARKS)
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