【インタビュー】人間椅子、24thアルバム『まほろば』に止まらぬ進歩と新たな理想郷「我々は光から来て、光に帰っていく」

人間椅子が11月19日、約2年ぶり通算24枚目のオリジナルアルバムをリリースした。2024年、バンド生活35周年のアニバーサリーイヤーを迎えた人間椅子は、春に7都市7公演、秋に8都市8公演の全国ツアー開催に加え、大型フェスに出演するなど精力的な活動を展開した。
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2025年春頃より楽曲制作の準備をしていたというアルバムには全13曲を収録。己の道を貫きながら、新境地を獲得し続けている彼らのアルバムには『まほろば』というタイトルが冠された。“素晴らしい場所”や“住みやすい場所”といった意味を持つ『まほろば』というタイトルに込めた思いとは? 日本語にこだわるバンドだからこその技とは? 和嶋慎治(G&Vo)、鈴木研一(B&Vo)、ナカジマノブ(Dr&Vo)の3人に『まほろば』収録曲ひとつひとつについてたっぷりと訊いた18,000字インタビューをお届けしたい。
なお、人間椅子は、同アルバムを引っ提げて全国ツアー<人間椅子2025年冬のワンマンツアー『まほろば』ツアー>を開催する。全国9都市9公演をまわる同ツアーは11月24日に和嶋慎治と鈴木研一の地元・青森県弘前市からスタートし、12月17日の東京・Zepp Hanedaでツアーファイナルを迎える。

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■仮に時代への不安があるとしても
■あえて“安心”を日本語で表したかった
──アルバム『まほろば』が完成した今の率直なお気持ちは?
和嶋: 我々はコンスタントにアルバムを作ってきて、今回、2年ぶり24枚目になるんですけれども、わりとイメージ通りの作品ができた手応えと嬉しさを感じているところです。
鈴木: まだ発売されてないし、お客さんの前で一回も演奏してないのに、“ここをこうしとけばよかった”という後悔がもう出てきました(一同笑)。
ナカジマ:レコーディングが終わってから、自分の加入後のオリジナルアルバムって何枚目なんだろう?って数えたら、ライヴ盤やベスト盤を除くと13枚目なんです。“もう13枚も和嶋くんや研ちゃんと一緒にやったんだ”と思ったら、感慨深かったですね。俺はアルバムのレコーディングに臨む時に、できるだけ今の自分が持ってる技を全部ドラムに出そうと決めていて。今まで知り得てきたグルーヴのつくり方をしっかり出せたかなと思います。
──“まほろば”という日本語には、“素晴らしい場所”や“住みやすい場所”という意味があるそうですね。
和嶋:こういうふうに進むのかな?と我々が思っているより、もっと速いスピードで世の中が動いているように感じているんです。AIの存在が大きいのかもしれませんが、これから先、どうなるのか不安になる人もいると思います。僕たちがやっているハードロックやヘヴィメタルは、ヘヴィなサウンドに付随して、暗いテーマを扱うもので、順当にアルバムを作るとやっぱり暗いテーマで作ることになる。しかし、あまり明るいと言えない今の世の中に暗いものを発表することが、“果たして聴く人にとってそれでいいのか?”と自分自身思うわけです。
──なるほど。
和嶋:安心を得るとか、リフレッシュするとか、気持ち良くなるとか。そういう快楽を求めて音楽を聴くのであって、不安にさせすぎるようなものを作ってしまってはいけない。できれば、ヘヴィリフのサウンドを聴くことで“あー、スッキリした!”となったり、カタルシスを得たり、もう一回聴こうと思ったり、そう感じてほしい。そこで、少し明るい感じのアルバムになればいいなと思っていたんです。

──はい。
和嶋:自分たちは1stアルバムから歌詞もアルバムタイトルも常に日本語なんですけれど、仮に時代への不安があるとしても、あえて“安心”ということを日本語で表したかった。そこで、みんなが平和に暮らす理想郷のような“まほろば”が良いと思ったんです。ありふれた古い日本語だけれども、“まほろば”の4文字であれば、アルバムタイトルとして成立するかなと。
──ただ、これまで人間椅子のアルバムタイトルに平仮名表記はなかったのでは?
和嶋:そう。平仮名って柔らかいイメージで、日本にしかないものだから、とてもいいなと思ったんです。これに沿って、さらに歌詞などを書いていこうかなと。
──アルバムタイトルありきで書かれた歌詞というわけですね。アルバム『まほろば』からは、従来の作品には見られなかったような力強さや優しさを感じました。人間椅子が主眼とするダークさや不気味さが前面に出ているというよりは、悠然と構えておおらかに包むロック、というのが第一印象でした。
和嶋:そう聴いていただけたのならよかった。もちろん、“ヘヴィさが薄れた”とか“明るくなりすぎ”という感想を持っていただいてもいいんですけれども、ロックアルバムとして聴いていただくのが一番いい。
──“まほろば”というコンセプトが固まってから、制作が一気に動き出したんでしょうか?
和嶋:特に歌詞の面ではそうですが、曲自体はその前から鈴木くんも作ってました。『まほろば』というタイトルはレコーディングに入る前には決めていましたね。

──曲作りやレコーディングで印象的な場面についてお訊きしたいと思います。1曲目にしてリード曲の「まほろば」と13曲目の「光の子供」。この大曲2曲を最初と最後に置いたことにより、作品が非常に引き締まっていますが、どんなお考えをお持ちでしたか?
和嶋:最初と最後に置かれた要石みたいな曲になりましたね。リフを作って、スタジオで曲にするという流れは変わらないわけですけど、肝心となる曲は、だいたいいつもレコーディングの後半にできるんです。ある程度、曲が出揃わないと、要となるような曲が出てこない。「まほろば」は今までにない感じのリフかなと思うんです。ギターでいうとキーがEの曲…つまり6弦の開放だったり、ベースでいうと4弦の開放を使った曲が多いんですが、その開放を16分とか8分で連打しながら、その上にフレーズを重ねていくリフパターンが多いわけです。ズクズクズク、みたいな刻み。
──開放弦のミュートを絡めながらのリフですね。
和嶋:今まではそういうかたちで作ってきたけど、「まほろば」のリフは6弦開放のズクズクがあんまりない。上でフレーズを弾いてる感じで、たまにしか6弦が入らないんです。“これを膨らませると良い曲になる”と思って作っていったら、妙に心地好い浮遊感が出せました。違うバンドのリフみたいなんだけど、そこにツーバスが絡むとヘヴィメタルっぽい。たとえば、白玉(全音符)的なコードストロークも入れてるんですよ。そういう打ちっぱなしもあまりやらないんですけど、この曲ではやったほうが力が抜ける感じが出る。そんなふうに、少し違うアプローチをしていって、“あ、これはまほろば的だな”という今までにない感じの曲ができました。
──「まほろば」について、鈴木さんはいかがですか?
鈴木:「曲ができた!」と練習のときに言って、少しずつ新しい曲を披露し合うんですけど、和嶋くんが最後のひとつ前ぐらいにこの曲を持ってきたのかな? “この曲があればアルバムが締まるし、これがリード曲だな”とメインリフを聴いて思いましたね。まだその時は、中間部も後半部もイントロもなかったんだけれども。自分は良いリフはそんなに作れないんだけど、良いリフを判別する耳だけには自信があるんですよ。
和嶋:“これでいけたな”って自分でもわかるわけです。その違いって何なんだろうね。ただの音符の組み合わせでしかないのにね。
──ノブさんもこの「まほろば」に関しては手応えありでしたか?
ナカジマ:リフを作って、曲アレンジを詰めていった後に、詞とメロディーが乗るんですけど、想像していたメロディと少し違う感じだったのでハッとしました。あと、やっぱりコーラスも練られているので、すごくやり甲斐があるなと思いましたね。
──今回のアルバムは、特にコーラスが見せ場となる曲が多いですよね。
和嶋:期せずしてそうなったというか。『まほろば』というアルバムタイトルにしたから、そうなったのかもしれないと思っています。コーラスが入ってない曲は1曲もないですからね。必ずどこかでユニゾンでもハモリでも3人で歌ってるんですよ。
──みんなで歌いやすいようなメロディーや歌い回しです。
和嶋:そうだと思います。「まほろば」の歌詞は、新しい理想郷にはひとりで行くんじゃなくて、元気のない人も、幸せそうな人も、みんなで行ければいいなという内容です。だから、メロディーも掛け合いみたいにしたんですよ。他の曲も「わりと明るめの感じでやっていこうよ」みたいなことを言ったので、自然とコーラスが増えていったんじゃないかな。日本的な感じもすごく多いんじゃないですかね。

──海外ミュージシャンにはなかなか出せないような情緒ですよね。話題がいきなりアルバムの最後の曲に飛んでしまうのですが、「光の子供」も興味深いです。こちらも大曲でコーラスに感銘を受けました。
和嶋:「まほろば」が陽の部分としてみんなで理想郷に行こうとする歌だとすれば、「光の子供」は哀悼の歌なんです。“魂は永遠”というのかな。我々は光から来て、光に帰っていくのかもしれないと思いまして、それを歌にしてみたくなったんです。我々も年齢を重ねてきたので、身の回りでお亡くなりになる方が増えています。残されたご家族の方々の悲しみに、慰めみたいなものを何か言いたくなったというか。イントロを作ったら、哀悼を感じるものになりましたね。昔の刑事ドラマ『太陽にほえろ!』みたいなイントロなんですが、これを膨らませて、“誰もが通る道だけど、そこに優しさをもって接したい”みたいなことを歌いたかったんです。
──「まほろば」と「光の子供」が対のようになっているということですね。そして「光の子供」を聴き終えると、また最初からアルバムを聴きたくなるような構造。
和嶋:そういうつもりですね。「光の子供」もあまり今までにない感じのものが作れたかなと思っています。これまでアルバムの最後には、ヘヴィリフで押していく感じの曲を持ってきていたんですけど、「光の子供」では歌もの的なヘヴィさを表せたかな。テーマはヘヴィですけれども、そんなに暗い気持ちにはならない曲だと思うんです。どちらかというとスッキリする。人の死というのは、悲しいけれども、我々はちゃんと生きなきゃいけないし、残された人たちにいろんなことを考えさせてくれるものでもあると思うんです。そのへんをうまく表すことができればと思って作りました。
──「光の子供」について鈴木さんはいかがですか?
鈴木:全13曲が出揃って、個人的に曲順を考え出したときに、1曲目は「まほろば」がいいと思ったし、最後は何だろう?って考えたときに「光の子供」がいいと思いました。そこは歌詞ができる前から、曲調だけで決まってましたね。
和嶋:エンディングがユーライア・ヒープの「七月の朝(July Morning)」を彷彿とさせて、「こんなにそっくりでいいのか?」みたいな(笑)。
鈴木:そう思ってこの曲だけ、プレべ(プレシジョンベース)で弾いて、ユーライア・ヒープらしさを出したんだけどね(笑)。ただ、聴いてもプレべだってわかんないですよね、改造しちゃってるし。
和嶋:いや、「光の子供」のベースには独特な重さがあっていいですよ。いい意味で優しい低音っていうのかな。
鈴木:やっぱりプレべに敵うベースはないんですよ。本当に安定のベース。ベーシストの視点から言えばデッドポイントが少ないから、どのフレットでも良い音が出るんです。ベーシストと話すとだいたい「やっぱり最後はプレべに戻るよね」ってことになります。
──「光の子供」についてノブさんはいかがですか?
ナカジマ:僕は途中まで、「光の子供」がリード曲になるのかな?と思ってたぐらいなんです。この曲のドラムパターンって結構すき間が多いので、もしかしたらレコーディングの現場で難しいって感じるんだろうなと思ってたんですよ。短い音で打点が少ないビートだから、ちょっと苦労するかなと。ところが思いのほか、うまい具合に3人のグルーヴが転がるようにできました。
──「そんなに暗い気持ちにはならない曲」という言葉がありましたが、歌詞の部分でも最後を締めくくるに相応しい曲になりました。
和嶋:僕は歌詞を書いているとき、たまに泣くんですけど、この曲ほど泣いたことはなかったですね。1行書いては泣き、1行書いては泣き。すでに書きながら泣き過ぎたので、歌うときは大丈夫だったんですけど、すごくいい涙でした。人の悲しさを自分で悲しいと思える、というのはいいことだなって。







