『THE DVD VIDEO ANTHOLOGY』に観る、類い希なるクリエイティヴ・スピリット
『THE DVD VIDEO ANTHOLOGY』に観る 類い希なるクリエイティヴ・スピリット |
| 「テメエの権利のために戦え! そしてパーティ!」などと言っていた若者が、今やユース・カルチャー全般を知的に牽引するオピニオン・リーダーになるなんて想像した人、この世に一体何人いるだろう? とにかく、今の音楽シーンにとって、クリエイティヴィティの本当の自由さ、楽しさをここまで徹底して教えてくれる存在はビースティ・ボーイズ以外にはもうありえない。ここではそんな彼らの自由を求め続けた歴史を語っていくとしよう。 大体、最初がハードコア・パンクの出身であること。彼らがハードコア・パンクバンド「ビースティ・ボーイズ」をはじめた頃の'80年代初頭のハードコアというのは、今のような大衆向けポップロックではなく過激な政治的主張を持つ反体制の音楽。 そこにノリ一発で飛びついた彼らだが、「(当時の)パンクの連中は閉じてばかりだ」とあっさり方向転換。 ヤウク、マイク、アドロックの3人が次に興味を持ったのが当時地元ニューヨークでも勃興したばかりのヒップホップ。 当時まだ一部のヒップな黒人のみの流行に過ぎなかったヒップホップを白人がやることなどとはそのときよほど考えられなかったようで「本気で気でも狂ったのかと思われていたよ(笑)」と後にもメンバーが語っている。 そしてその特異性ゆえにリック・ルービン(後にレッチリのプロデューサーとしても名を馳せる奇才プロデューサー)に見いだされ、新興ヒップホップ ・レーベル、デフ・ジャムに。 そして'86年、ビースティはアルバム『ライセンスト・トゥ・イル』でデビューするや、その意外性を買われいきなり特大ヒット。全米アルバムチャートの1位をいきなり独走。この文章の冒頭でも歌詞を引用した、シングル「ファイト・フォー・ユア・ライト」もトップ10ヒットを記録。白人がロックをサンプリングして展開するハチャメチャなヒップホップ。そうしたノリがヒップホップを知らないヘヴィ・メタル好きの白人キッズにも大いに受けた。 ビースティは20代初頭にして一躍億万長者になるも、“タフな悪ガキ・イメージ”というデフ・ジャムの押し出すイメージが“マッチョで性差別的”と悩み、巨額の富を手にしたにも拘わらず、あっさりと手にした権力から離脱。 彼らは一路ロスへ向い、とりあえず自分たちのレーベルを設立。 ロックのサンプリングやタフ・イメージを捨て、まずは正統派のヒップホップで勝負をしなおす。しかし、'89年の2ndアルバム『ポールズ・ブティーク』は商業的に失敗する。 そんな彼らに転機が訪れるのは'92年。自己レーベルを“グランド・ロイヤル”とし、サウンドを大幅にチェンジしだしてからのこと。 彼らは自らの特異性を自覚し、本当に誰も試したことのないような音楽性を遊び感覚で表現しだしたのだ。 なんと自ら楽器を再び持ちパンクに乗ってラップをするかと思えば、突然ジャズ・ファンクを演奏したり、そうかと思えばちゃんとヒップホップをしたり。そうした彼らの音楽的自由が詰まった3rdアルバム『チェック・ユア・ヘッド』はトップ10に返り咲いた。 そして'94年、彼らの活動はエスカレート。レーベル“グランド・ロイヤル”は他のアーティストのCDも本格的にリリースを開始。世界各国の個性的なインディ・アーティストの巣窟にし、さらには同名の雑誌(内容はカンフー、レゲエ、プロレス・ジム潜入レポからパスタの作り方まで)も刊行。さらにはファッション・ブランド“X-LARGE”を取り込んでの自主ブランドのファッション・ショー開催。 この旺盛な行動力で若者たちを一気にとりこにした彼ら、4thアルバム『イル・コミュニケーション』で遂に1位に返り咲き。収録曲「サボタージュ」ではスパイク・ジョーンズ監督(後に映画「マルコビッチの穴」を監督)による、'70年代刑事ドラマの爆笑パロディが盛り込まれ大ウケした。 そして'96年には、チベット音楽のサンプリングの許可を申請したのをきっかけに、中国政府のチベットの軍事進入、ダライ・ラマの非暴力・不服従の精神に感動。自ら時代のトップ・アーティストを大挙集結させ、チャリティ・ライヴ<チベタン・フリーダム・コンサート>を主催。 ストリートのキッズの目線を海外の社会問題にまで向けさせ、彼らは若者の社会問題意識についても刺激を与える程のカリスマへと成長した。 そして'98年のアルバム『ハロー! ナスティ』は奢ることなく音楽的飛躍を遂げ批評的にも大絶賛を受け、全世界でのヒットを記録。新宿で撮影したシングル「インターギャラクティック」の可愛らしい怪獣と地球防衛軍ビースティーズとの爆笑バトルのPVも話題となった。 そして昨年にはベストアルバム、そして今回はこのDVDによる映像ベストと、彼らの旺盛な活動は止まらない。 とにかく今回のDVDを観て改めて思うのだが、もうとにかく“物事を創造すること”に対しての一点の躊躇もないその姿勢には本当に恐れ入る。ビデオの中のひとつひとつの細かいギャグセンスもさることながら、今回のDVD、カメラのアングルを変えた別ヴァージョン、多数のリミクサーを交えたリアレンジなど、もうその工夫の多いことと言ったら。物事を面白く興味深いものにするためには時間も手間も一切惜しまない。そしてそうすることが何よりも楽しくて仕方がない。 世の中、様々な分野でクリエイターを志望する若者は何万人といることだろうが、そういう人たちにとって、今このビースティーズほどの最大の精神的なお手本が存在するだろうか。 思いつきを最大限に楽しく開拓していくビースティのスピリット。少しでも真似してみたいではないか。 そんなことを考えて、今度の抱腹絶倒のDVDを見てみれば、ビースティの本当の偉大さも、凝ったカメラの別アングルくらいにいろいろとわかることだろう。 文●太澤 陽(00/11/30) |