【対談】三上ちさこ・手塚眞、「JOKER」に込めた互いの創作の源やアーティスト美学を語る

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■死者に向けて歌っているところがあるんです(三上)
■それは正統的な詩人の考え方ですよね(手塚)


――さて、ミュージックビデオの話をもう少し掘り下げてみようと思います。手塚さんはどんなテーマで映像を作ろうと思っていましたか。

手塚:最初に依頼を受けた時に、色々なテーマがあったんです。曲そのもののテーマに加えて、「とにかくかっこ良いビデオにしてほしい」ということと、今までの僕の作品を三上さんとスタッフに見ていただいて、世界観が面白いと言ってくださって、「そういう世界観のあるものを」と言われたんです。つまり世界観、かっこ良い、天使という3つのイメージから自由に組み立てていったという感じなんですけども、ここで僕の創作の秘密をちょっと教えますね。

三上:聞きたいです。

手塚:ビジョンからものを作っていくんです。ある言葉をいただいたとして、言葉から出てくるビジョンのほうを大事にしている感じです。たとえば小説を読んでいて、小説の内容よりも小説を読んでいる時に頭に降りてきたビジョンから映像を作ろうという感じなんです。そうすると、いろんなキーワードをいただいたり、曲を聴いたりしているうちに、いくつかのビジョンが出てきますね。これが全く食い違う時があるんですよ。例えば「天使」と「かっこいい」は、普通は合わないんです。天使は美しいとか神聖というイメージですけど、そこにかっこ良いという言葉が入ってくる。それをわざと頭の中で混ぜるんですね。難しい言葉で言うとシンクレティズムと言うんですが、古今東西の全く違う要素を組み合わせることでものを作っていく、単純に言うとコラージュみたいなことになるんですけど、コラージュよりも深く互いに関係してくるんですね。

三上:はい。



手塚:たとえば、荒廃した未来都市がある。これだけで一つの世界観になるわけです。そこに天使を置くことで、もう一つ新しい世界が出来上がる。そういう作り方なんです。それは現実的ではなくて非常に空想的なんですけども、なんとなくしっくりしつつも、見たことのないようなものが出来上がる。

三上:(手を叩いて)それ! しっくりくるんだけど、見たことない世界観でした。

手塚:そういうやり方をしているんです。

三上:手塚さんご自身が「ビジュアリスト」とおっしゃっているじゃないですか。それは今お話しされた、ビジョンから作っていくということだったんですか。

手塚:そう。単純に言うと、ビジョンをビジュアライズする仕事なんですけど、ビジョンって曖昧なものなので、それを人に見せるために視覚化するという意味なんです。

三上:私が今まで思っていた「ビジュアリスト」という言葉の意味が全然変わりました。手塚さんの作品を見ていて思ったのが、いろいろな美しさを表現なさっている方なんだなと思って、外見の完璧な美しさの表現もすれば、朽ちていく美しさだったり、ただただ生きている姿そのものの美しさだったり、いろいろな角度から美しさというものを提示している、そういう意味でビジュアリストなのかなと思っていました。


手塚:外れてはいないかもしれないですね。やっぱり突き詰めるとそういうところに行くというか、美学というものが絶対出てきますよね。それは三上さんの曲を聴いた時も同じような印象で、いろいろな歌を歌われていますけど、厳しい歌や辛い歌を歌われていても、生々しくないんですよね。三上さんという天使的なイメージの中にうまく収まっているので、そういう意味では聴きやすいんだと思います。

三上:たぶん私、歌っている対象が、死者に向けて歌っているところがあるんです。

手塚:ああ、そうなんですね。

三上:死者だったり、生きていてもここにいない人だったり、そういうものに対して歌ってるところがあるから、生々しさがないのかもしれない。

手塚:それは正統的な詩人の考え方ですよね。そこにいない人に語りかけるために、詩を作って歌うということは。次元を超越して、あの世だったりこの世だったり、神様だったりというところに向けて歌うということが。

三上:そのほうが聴き手によりリアルに受け止めてもらえそうな気がするんです。それを「あなたに向けて歌っています」と言われた瞬間、自分を意識してしまうじゃないですか、聴いてる人は。そうすると自我が邪魔しちゃって、全部受け取れないような感じがしていて。どこに向けて歌ってるのかわからないほうが、聴きたいと思って受け止められやすいのかな?って。

手塚:どこかに抽象化が入ったほうが、形としては美しいですよね。リアルなそのものだけだと形にはなりにくいというか、相手に誤解されるようなことも起きてしまいますから、抽象化したほうがいろいろな人たちに向けて表現できるものになりますし。ただ僕なんかは抽象化が激しすぎるので、ついてこれないとか理解できないとか言われちゃうんですけど(笑)。自分の中では非常に素直なことを言ってるだけなんですよ。

三上:本質そのものを突き詰めていらっしゃるんだなと思います。みんな感じていることだけど、言葉にしちゃうと形が決まってしまって、どんどん遠のいてしまうものを、言葉にしないで、感じたままに映像で表現することによって、見た方が感覚的に捉えられるというか。

手塚:そこにちょっと新しい視点を入れると、より新鮮なものになりますね。たとえば今回のビデオだと、天使が出てくるんだけど、もう一人黒いコートの女性が出てきて、そっちは見るからにかっこ良いスーパーヒロインなわけです。それこそブラック・ジャック的なかっこ良い感じで出てくるんだけども、それが上に立って天使を見下ろしているという構造が独特なんです。普通は天使がいて、人間を見下ろすという構図になるんだけど、天使を地面に落として、人間のほうを超越的な立場に置くところが、特殊な構図なんです。

■ライブ映像にイメージを加えることで新鮮さを出している(手塚)
■自分的には汚れた天使がすごいしっくり来ていました(三上)


三上:そういう異質感を持たせることの狙いは、どういうところにあるんですか?

手塚:異質感と言っても、実は本質的には異質なものではないんだけども、表現の上で違う形を組み合わせることで新しいモンタージュが生まれるという、僕なりのアートの考え方なんです。モンタージュというのは、全く異なる2つの要素を組み合わせると第三の意味が生まれるという発想なんですけど、天使とスーパーヒロインを同時に置くことで、もう一つの意味が出てくるということなんです。さらに三上さんの曲と歌詞が絡まり合うことで、聴き手が自由にイメージを広げられるようにしています。

三上:とても面白いですね。


手塚:とはいえ、ミュージックビデオですからね。昔はプロモーションビデオと言っていたように、曲を聴いてもらうためのきっかけの映像なので、それ以上に深入りはしたくないんですよ。曲を使った映像作品というよりは、曲に映像をつけてるだけだと僕は思っているんです。だから曲の良さをどう引き立たせるか?が一番大事だし、歌い手としての三上さんをどう素敵に表現できるか?という目的があったんですが、そっちは大丈夫だろうと思っていたんですよ。三上さんのライブを見て、かっこ良いのはわかっているから、そのまま撮ればかっこ良くなる。ただライブをそのまま撮っただけだと、ただのライブ映像になっちゃうので、イメージを加えることで新鮮さを出しているわけなんです。でも正直言って、最初に三上さんが歌ってる姿だけを編集して繋いだら、そこだけで十分かっこ良いし、世界観もあるし、もうこれだけでいいんじゃないかと思ったんですけど。でもせっかく汚れた天使もやっていただいたし、使わないともったいないので(笑)。

三上:自分的には汚れた天使がすごくしっくり来ていました。私が歌う理由がそこにあるんですよね。全ての自分が歌う理由というのが、あの汚れた天使で、地上に落ちてしまって、上に戻りたくて求めてるという、私がなぜ歌っているか?という意味の原点がここにあるなと思っていて。絶対そこにいるということを忘れたくないし、(天上へ)行きたいけど行きたくないっていうか、地上にいてずっと求めていたいという、私の根本にあるものを手塚さんが撮られて映像にしてくださったと思っているので、もしも天使のシーンがなかったら泣きます(笑)。

――そして、音源を飾るジャケットが、なんとあのブラック・ジャック。

三上:まさか自分がちっちゃい時から慣れ親しんでるブラック・ジャックが、自分の曲のジャケットになる日が来るとは思ってなかったので、本当に手塚さんのおかげです。本当にありがとうございます。


手塚:いえいえ。ブラック・ジャックという名前自体が、トランプのゲームの名前から引っ張ってきているので 、手塚治虫本人がトランプをモチーフにした絵を何点か描いているんですよ。それを見てもらって、その中から良いのを選んでもらったという感じですね。

三上:このままですもんね。

手塚:そうなんです。これはほぼ手塚治虫が描いたままですね。

三上:ブラック・ジャックの、人に理解されなくても関係なく自分の意思を貫き通すという姿が、本当に自分もそうなりたいなと思うし、そういう生き方をブラック・ジャックというお力をお借りして表現できたのが、すごくありがたかったです。しかもこの赤い目や背景の赤は、広島カープの赤で、秋山選手を応援したいという気持ちもこもってるという、本当に全部がリンクしていて、自分にとってもすごく意味のある曲になりました。

――気が早いですが。また機会があったらぜひ、お二人のコラボレーションが見たいです。

手塚:そうなったら、全然違うことをやろうとして、それをやると失敗するという(笑)。映画の『ジョーカー』って、続編を今やっていますけど、作り手の人たちが前と違うことをやろうとして、違う方向に行きすぎて、アメリカではめちゃくちゃ評判悪いんですよね。難しいところなんですけど、気持ちはわかるんです。一回評価されて完璧だと言われた後に、次も同じメンバーで作るって相当難しい。大体みんな外していくんですよ。見る人はやっぱり、前と同じでいいのにって思うんですよね。ファンの人って、同じことを繰り返し見たいものだから。でもやっぱりね、僕らは違うことをやりたい。

三上:そうですね。ぶっ壊したいですよね、前の出来が良ければ良いほど、ぶっ壊したいと思います。

手塚:もしまたやることがあったら、なるべくファンの人を裏切らないように、内容は違うものにしたいですね。

三上:こうやってしゃべってる時は、お互いにそう言っているんですけど、始まった瞬間にぶった切っていると思います、たぶん(笑)。何が出てくるのかわからないのが面白いんです。そこが手塚監督の魅力だと思います。

手塚:それを受け止めてもらえてるからですよ。そこで怒られちゃったら終わりだから。

三上:またぜひご一緒させてください。今日は本当にありがとうございました。

手塚:こちらこそ、ありがとうございました。

取材・文:宮本英夫

【三上ちさこ】リリース情報

「JOKER」
配信Release:2024年10月12日(土)
各配信サイト
◆https://nex-tone.link/A00165149
SSSA-9184
作詞 三上ちさこ / 作曲・編曲 保本真吾

【三上ちさこ】ライブ・イベント情報

sayuras oneman live<do or die>
2024年11月1日(金) OPEN 18:15 / START 19:00
会場:渋谷WWW(東京都渋谷区宇田川町13-17 B1F)
チケット:¥5,000-(オールスタンディング/ 別途ドリンク代)
◆https://l-tike.com/st1/sayuras-offtk

【手塚眞】

<visualism 手塚眞アート映画集>
11月9日~11月15日
大阪 シネ・ヌーヴォ
◆http://www.cinenouveau.com/sakuhin/visualism/visualism.html

プログラム black 地霊のダンス
『OKUAGA』(2016/FHD/20 分)
『HINOHARA』(2022/FHD/40 分)
『TUNOHAZU』(2021/FHD/32 分)

プログラム blue 視覚のエクスタシー
『NUMANITE』(1995/35mm→FHD/23 分)
『NARAKUE』(1997/16mm→FHD/44 分)
『実験映画』(1999/35mm→FHD/40 分) ※KADOKAWA
『ダニエルとミランダ』(1996/16mm→FHD/5 分)

プログラム white フィルムの神秘
『MODEL』(1987/16mm→FHD/10 分)
『燐』(1993/16mm→FHD/3 分)
『MIND THE GAP』(2020/FHD/24 分)
『変容』(2022/FHD/40 分)

プログラム red 肉体の悪魔
『PRELUDE』(1988/16mm→FHD/15 分) ※デジタル版初公開
『謎 AENIGMA』(2021/FHD/46 分)
『RESURRECTION』(2024/FHD/34 分) ※最新作初公開

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