【ライブレポート】インキュバス × BAND-MAID、意外性と必然性
先頃、アジアツアーの一環として約6年ぶりに日本上陸を果たしたインキュバス。今回は東京での一夜限りの公演となったが、会場となった東京ガーデンシアターには各地から熱心なファンが集結して大盛況となり、彼らと所縁のあるBAND-MAIDもスペシャルゲストとしてそこに花を添えた。
◆ライブ写真
午後7時の開演定刻を4分ほど経過した頃、場内が暗転してBGMが止むと、オープニングSEもなくBAND-MAIDの5人が登場。この夜のステージは彼女たちの鉄板曲のひとつである「Choose me」で幕を開けた。音響は良好。オーディエンスの中にはメイド服で武装したこのガールズバンドについて予備知識のない人たちもいたはずだが、バルコニー席から会場内を見渡していて気付かされたのは、着席したままの状態でステージをまっすぐに観ている人たちの多さだった。これは筆者の想像でしかないが、彼女たちのタイトかつ迫力ある演奏に気圧されていた向きも多かったことだろう。そうした人たちは、続く2曲目の「モラトリアム」が激しく炸裂した際には、さらなる驚きをおぼえていたに違いない。そこで重要なのは、そうした人たちが席を離れてロビーに退散したわけではないということだ。
この曲が始まると同時にフロントの4人は左右に散り、客席を扇動する。過去にこの会場はおろか横浜アリーナでの公演も経験している彼女たちだけに、もはや大きなステージに臆することはないし、そこで見劣りすることもない。SAIKIの「皆さん一緒に声出しませんか?」という呼びかけも大きな歓声を集めている。そして次の瞬間、場内の空気が一変した。
「おかえりなさいませ、ご主人様お嬢様。BAND-MAIDですっぽー!」
「モラトリアム」の余韻が微かに残るなか、そこに響き渡ったのは小鳩ミクの甲高い声だった。ご主人様お嬢様とは、言うまでもなくBAND-MAIDのファンのこと。そしてこの挨拶は、お給仕と呼ばれる彼女たちのライブにおいては恒例のものだ。それに対する免疫のない来場者は、まさに「鳩が豆鉄砲を食ったような顔」をしていたのではないだろうか。筆者自身、過去に彼女たちがメタル系のフェスに出演したり海外アーティストのサポートを務めたりしてきた時のステージを何度か目撃してきたが、その際にはこうした小鳩ならではのMCを最小限に抑えた形でステージを進行することが多かったと記憶している。そこには限られた時間枠に1曲でも多く組み込もうという意図、自分たちがメインではない場だからこそ、その場の空気を重んじようという意向があったことだろう。だからこそ小鳩の口からこの言葉が聞こえてきた時、筆者には一瞬の緊張が走ったのだが、そこで妙な笑いが起きたり、場の空気が歪んだりすることはなかった。それはBAND-MAIDに対する世の認知の深まりゆえでもあるだろうし、彼女たちがこのステージに立っている理由をしっかりと理解しているインキュバスのファンが多かったからでもあったに違いない。
「本当に光栄に思いますっぽ。ここで、あの方をお呼びしたいと思いますっぽ!」
そんな小鳩の言葉と共にステージ上に呼び込まれたのはインキュバスのギタリスト、マイク・アインジガーだった。筆者自身もこうした場面を目撃することになるのはある程度想定済みだったが、それでも実際に彼女たちとマイクが同じステージに並ぶ図を目の当たりにすると、思わず驚きの声が漏れてしまう。
そして当然ながら、このスペシャルな編成で披露されたのはBAND-MAIDとマイクの共作による最新曲、「Bestie」だった。この曲のミュージックビデオは、彼女たち全員が初めてメイド服ではなくオフホワイトの衣装に身を包んで演奏していることでも話題を集めている。過去にはなかったそうしたヴィジュアルは、すでにこのバンドが元来のコンセプトを超越しつつあることを思わせるが、ゆったりとした起伏を持ち合わせたこの楽曲自体もまた、新たな領域への広がりを感じさせずにおかない。しかもそれが新鮮でありながらごく自然に感じられることが重要だろう。着実に表現の幅を広げ、自分たちなりの深みを身につけてきたからこそ、現在のBAND-MAIDはこうした楽曲を背伸びすることなしに着こなすことができるのだ。
たった1曲だけの共演ではあったが、マイク自身にとってもこの「Bestie」をライブで演奏するのは今回が初体験だったわけで、それに向けての準備が必要とされたはずだし、そうしたことからも今回の共作と共演の本気度の高さがうかがえる。実際、インキュバスの一員であると同時にソングライターとしても実績のあるマイクは(アヴィーチーのヒット曲「Wake Me Up」の作者としても名を連ねている)、昨年5月にアメリカのセントルイスで開催された<POINTFEST RADIO SHOW>にBAND-MAIDが出演した際に彼女たちのライブパフォーマンスを目撃して衝撃を受け、それを機に両者の交流が始まり、マイク自身の申し出により今回のコラボレーションが実現に至ったのだという。この先もこうした機会を重ねながらBAND-MAIDはいっそうの進化を遂げていくことになるのだろう。
そんなことを考えながらステージを観ていると、通常の体制に戻った5人が次に繰り出してきたのは「Manners」だった。『Unseen World』(2021年)に収録されていたこのミディアムテンポの楽曲は、同アルバムにおけるテーマだった“原点回帰”と“現点進化”の架け橋的な存在として制作されたものだったが、今にして思えばこうした楽曲を同作の時点で消化できていたことも、「Bestie」での広がりや深まりに繋がったのではないかと実感させられる。そしてこの「Manners」から次なる「Daydreaming」へと流れていく展開に、改めてこのバンドの成熟を実感させられた。ステージの最後を飾ったのは、やはり鉄板曲のひとつである「DOMINATION」だったが、いわゆるメタル系フェス出演時などにみられた、疾走感に満ちた畳み掛けるような演奏ではなく、短時間ではありつつもじっくりと聴かせるパフォーマンスを繰り広げていたことが印象的だった。そうした演奏内容は、当然ながらヘッドライナーがインキュバスであることを踏まえたうえでのものだったはずだが、この夜の約30分間のステージに触れ、僕は彼女たちが自分たちなりの懐の深さを身につけつつあることを感じずにいられなかった。
そしてインキュバスの演奏がスタートしたのは、BAND-MAIDの面々がステージを去ってから35分ほどを経過してからのことだった。今回はオーストラリア/ニュージーランドでのツアー、インドネシア、フィリピン、マレーシア、シンガポールといったアジア各国での公演を経ながらの日本上陸となったが、まず気付かされたのはその人気の根強さだった。それを伝えてくれたのは場内暗転時のオーディエンスの歓声や、合唱の声の大きさだ。もちろんこのバンドに対する支持の高さについてはわかっていたつもりだが、正直なところ、彼らの楽曲と歌詞を知り尽くしているファンの多さには驚かされた。
これまでの記述内容からも察していただけているはずだが、この日、会場内のメインフロアはスタンディングではなく座席指定形式。それゆえにモッシュやサークルピットが発生するわけではなく、オーディエンスは整然と並んだままの状態にある。それでも湧き上がってくるような熱気が感じられるのは、誰もが楽曲の世界に入り込んでいることの証しだろう。昨今のインバウンド活況を示すように、会場内には家族連れの外国人客などの姿も目立ったが、同時に、年齢層の幅広さにも気付かされた。
この5月というのは、実はインキュバスにとって微妙なタイミングでもあった。この時期の彼らは2001年にリリースされた名盤『MORNING VIEW』の再録盤、『MORNING VIEWⅩⅩⅢ』の発売を目前に控えていて、この夏からは同作を軸としながら他の作品からのヒット曲を盛り込んだ演奏内容のツアーを実施することになっているのだ。ただ、そうした時間の流れを踏まえれば、やや中途半端な時期の日本上陸だったともいえるわけだが、いずれにしても『MORNING VIEW』が重要作であることに変わりはないわけで、この日に演奏された全19曲(2曲のアンコールを含む)のうち6曲が同作からの選曲となっていた。そして逆に言えば、こうした時期だからこそ各アルバムから比較的満遍なく選曲され、さまざまな時代の楽曲を味わうことができたという部分もあった。
そうしたバラエティに富んだ演奏プログラムに組み込まれていたカバー曲についても触れておくべきだろう。中盤ではビートルズの「Come Together」が披露され、それに続いた「Are You In?」にはザ・ドアーズの「Rider On The Storm」、さらに「Vitamin」にはポーティスヘッドの「Glory Box」の一節が盛り込まれていた。加えて終盤には、長年の友人としてMIYAVIが呼びこまれ、デヴィッド・ボウイの「Let’s Dance」を共演するというサプライズも用意されていた。
とはいえ、そうした意表を突く展開などを抜きにしても、大地や海のような大らかさと起伏、宇宙的な広がりと浮遊感を持ち合わせたインキュバスの演奏は、観る者を心地好く酔わせる魅力に富んでいたし、改めて楽曲の良さを感じさせられた。また、新加入の紅一点ベーシスト、ニコーㇽ・ロウ(2023年にツアー・メンバーとして参加し、今年から正式メンバーに。過去にパニック!アット・ザ・ディスコなどでの活動歴を持つ)の存在感はバンドに新鮮な空気をもたらしていたといえるし、曲を歌い終えるごとに幾度となく感謝の言葉を述べていたブランドン・ボイドの謙虚さも印象的だった。
インキュバスとBAND-MAID。意外性と必然性の両方を感じさせた両者の共演による東京での一夜公演は、沸騰するような興奮ではなく、持続性の高い高揚感を味わえるものだった。そしてBAND-MAIDが次なるステージでどのような飛躍をみせてくれるかも楽しみにしていたいところだし、今回の公演成功を経たインキュバスの次回の日本上陸が、この国のファンを6年も待たせることなく実現することを願いたい。
取材・文◎増田勇一
「Bestie」
Words:MIKU KOBATO
Music: Michael Einziger /BAND-MAID
URL:https://BAND-MAID.lnk.to/Bestie
BAND-MAID 10TH ANNIVERSARY TOUR 番外編配信
視聴チケット発売中
https://bandmaid.tokyo/contents/742715
ライブ情報
2024年6月12日(水)東京・六本木EXシアター
公演詳細: https://bandmaid.tokyo/contents/733902
<BAND-MAID THE DAY OF MAID>
2024年5月10日(金)東京・Zepp Haneda
https://bandmaid.tokyo/contents/714850
<BAND-MAID HALL TOUR 2024>
2024年6月28日 (金) 愛知・名古屋市公会堂
2024年7月5日 (金) 大阪・フェニーチェ堺 大ホール
2024年7月14日 (日) 神奈川・神奈川県民ホール
公演詳細:https://bandmaid.tokyo/contents/733904
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