【インタビュー】ゆきみ、言葉やメロディーの奥深くにまで手を伸ばしたくなる「ノーマル」

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シンガーソングライターゆきみのニューシングル「ノーマル」。数年前に受け取ったフレーズがきっかけとなり、そこから長い時を経てようやく完成したという本作は、まるでこの春を待っていたかのような生命力を帯びて私たちのもとに届けられた。聴けば聴くほどに発見があり、言葉やメロディーの奥深くにまで手を伸ばしたくなるこの曲は、ゆきみの中でどのように形作られていったのか。完成までの経緯を聞いた。

■空気みたいにいつもそばにあって忘れそうだけど
■大事なものは忘れないでいたいなって思う


──前作「真夏の行方」は、「この曲を今出したい」という直感や衝動を大事に制作しリリースを決めたというお話でしたが、今回の「ノーマル」はどんな経緯があって完成したんですか?

ゆきみ:もう3~4年前になるんですが、私がやっていた“あいくれ”というバンドの小唄(G)から、ギターだけのフレーズをもらったんです。別にバンドでやる予定もないし、私もまだこんな風にはソロで活動してなかったから、この先どうなるかわからない状態の“卵”として。今回の音源に小唄のギターは入ってないんですが、最初にもらったものがなかったら、この曲は絶対に生まれませんでした。

──この曲が、もともとギターだけだったというのは意外でした。

ゆきみ:ギター1本のアルペジオだったんですが、そこに私がメロディーを乗せて、歌詞を乗せて「こんなの、どう?」みたいなやり取りをずっと繰り返していたんです。最終的に「こういう形、いいね」というのがぼんやり出来上がったんですが、そこからまた私の中で言いたいこと──やっぱりこっちの言葉の方がいいのかなとかずっと考え続けて、最近ようやく「これだ」って形になったという感じです。

──「これだ」という形に着地できた決め手が何かあったんですか?

ゆきみ:このご時世の終着が見え始めたというのが一番ですね。もともとギターを聴いた瞬間から「普通を抱きしめていたい」っていうテーマが自分の中にあって、1番のサビの歌詞も当時書いたものなんです。でもそれ以外の部分をどうしようか、この一番言いたいことをどんな景色の中に置こうか、そういうのが私の中であまり見えていなくて。ウダウダとやり取りを続けているうちにこういうご時世になって、終着が見えてきて、「あぁ、あの時この曲の中に見た景色が、今この時代の中にあるかも」みたいなことを感じてバーっと書けたんです。


──コロナ禍になる前に「普通を抱きしめていたい」というものがテーマとしてあったなんて、なんだか予言のように感じてしまいます(笑)。

ゆきみ:予言(笑)。でもあの時ぼんやり考えていた、ちゃんと言語化はしていたんだけど、そこに意味があまりなかったことが、ちゃんと自分の中で咀嚼できたというか。だから形にできたんですよね。

──当時はどうしてその気持ちに至り、言語化していたんだと思いますか?

ゆきみ:数年前のことなので朧げですが、歌詞の冒頭にもあるように、私は特別な存在になりたかったし、特別なものをそばに置いておきたかったし、刺激みたいなものをいつも探していたんです。たとえば映画を観るにしても、いつもの好きな感じのものじゃなくてちょっと冒険してみる。そういうのを観ている私、特別を探している自分の方が素敵なんじゃないか、みたいなことを思っていたというか。

──その感じ、すごくわかります。

ゆきみ:でも、それって本当に良いことなんだろうか。何か見落としているんじゃないだろうか、みたいなこともぼんやり考えていて。そういう生き方をしていて、私の今の人生って意味があるのかな、本当に素敵なのかなって。悪いことだとは思わないけど、そればかりになってしまうと忘れてしまうものがあるなっていう思いが、ようやくこの時代の中で見つけられた感じがしたんですよね。


──「何がそんなに気に入らなかったんだ」って歌詞がありますが、振り返ると自分もそうだったなと思いました(笑)。

ゆきみ:何か変わったことが起きないかなって思っていましたから。学校だったら、校庭に犬来ないかなとか(笑)。

──なんだったんでしょうね、あの何かに期待する感じって。

ゆきみ:そういう時期、ありますよね(笑)。だけどそれって、もしかしたらこの先もあるかもしれないと思うんですよ。もう乗り越えた壁とかではなくて、この先も、誰かと一緒の自分がつまらなくなったりする瞬間が来るかもしれない。でもそれはそれとして、大事なもの──いつも空気のようにそばにあって、忘れてしまいそうだけど空気ぐらい大事なものを忘れないでいたいなっていうのは思います。これからまたそういう瞬間が来たとしても。

──まさに「普通を抱きしめていたい」と。

ゆきみ:先ほど1番のサビの歌詞は当時のままというお話をしたんですが、今回の形にするにあたって、2番を過去形にしたんですよ。

──1番は「抱きしめていたいんだ」で、2番は「抱きしめていたかった」になっています。

ゆきみ:もしこういう時代を過ごしていない私がこのままこの曲を完成させていたら、1番と同じ現在進行形にしていた可能性はあると思うんです。ただ、失ったものがたくさんある。普通と思いすぎていて、抱きしめていられなかったものが。あの「普通」って本当に大事なものだったんだ、この時代を生きたからこそ思えることがあるんだって思ったから、後ろ向きな意味ではなく、この時代を生き抜いた私たちだからこその過去形にしようと思ったんですよね。

──過去形にすることで心からの喜びがそこに詰まっているように感じていました。

ゆきみ:後悔じゃなくて喜びと表現してもらえるのがすごく嬉しいです。もちろん後悔と取ってもいいんですが、私の中では、抱きしめていたかったものに気づけた喜びの方が大きいので。


──ゆきみさんの歌詞はいつも紐解いていくのが本当に楽しいのですが、今回個人的に一番驚いたのは「さ」の威力でした。

ゆきみ:「さ」ですか(笑)!

──サビで出てくる「なんかさ こうやってさ いつまでもさ」の部分です。

ゆきみ:この部分も当時のままなんですが、これ口癖でもあるんですよね。もらったギターのフレーズを聴いて、こういうこと言いたい、だけど言語化するのが難しい、でもなんかさ…って、たぶんそのまま出てきた感じだったと思います(笑)。

──突き放すでもなく、ただのぼやきでもない。呼びかけているようで、独り言の範疇でもあるというか。大丈夫だよって言ってくれているように聞こえる人もいると思うんですよね。

ゆきみ:たしかにそうかもしれないです。今回のアレンジや周りの歌詞、あとは今のこの時代とかいろいろなものが、この、ちょっと緩いんだけど覚悟があるみたいな「さ」に変えてくれたというか。当時は、そこまでの意味は持っていなかったと思いますけど(笑)。

──(笑)。でもこれって「ね」じゃないんだよなとか、いろいろ考えるのも楽しかったです。こんなに「さ」について考えたこと、なかったですけど(笑)。

ゆきみ:私もです(笑)。でもたしかに「ね」じゃないですね(笑)。なんとなく出てきたものが「さ」だっただけなんですが、今そう言われて「やばい、やっぱり「ね」だった!」とはならない(笑)。

──(笑)。でもこれまでのゆきみさんの歌詞の書き方の話の中で、口癖から歌詞を書くというのはあまり聞いてこなかった気がします。

ゆきみ:そうですね。歌詞を組み立てる時、基本的に話し言葉じゃないので。基本的に私の作る音楽は、誰かに語りかけるとか誰かに伝えたいではなく、自分の中にこういう思いがあって、その思いが言語化されて歌詞になっているから、こういう書き方は珍しいかもしれないですね。

──「刺激的なそらを求めたの」と、“そら”がひらがなになっているところにもゆきみさんの思いがありそうですね。

ゆきみ:ここでは比喩で「隕石でも落ちて」と言っていますが、“宇宙”と書いて“そら”と読んだりもするし、私たちが見上げている“空”でも良いんです。あとは、音楽の面でもちょっと変わったことがやりたいななんて思っていた時期もあったから、音階の“ソ”と“ラ”でもあったり。みんながどう取ってもいいように、ここはひらがなにしました。

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