【ライヴレポート】奈良美智のバースデーに人々が集った、“愛しか感じない”ライヴ
新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止の為、延期となった<オハラ☆ブレイク'20夏>が、内容を改め<オハラ☆ブレイク‘20秋 -北のまほろばを行く->として 9月21日(月・祝)に猪苗代湖畔天神浜より配信形式にて開催された。その一部のライヴ映像が12月5日にYouTubeで公開された。
オハラ=「小原庄助」 + ブレイク=「休息」 = オハラ☆ブレイクとは、猪苗代湖畔を舞台にした3日間のキャンプインの音楽&アートフェスティバルで、東北最大級の音楽フェス<ARABAKI ROCK FEST.>の企画制作を行う“ARABAKI PROJECT/GIP”が中心となって、スローライフを大切に“大人の文化祭”を目指したお祭りをコンセプトに開催しているイベントだ。
このフェスの特徴は、音楽だけに止まらず、舞台、美術、写真、映画、小説、ファッション、食など、様々なジャンルで活躍する表現者=アーティストとともに、磐梯山と猪苗代湖に 包まれた壮大なロケーションの中、音楽や芸術、食など様々な「文化」を感じて欲しいという願いのもと行われている唯一無二のスタイルであること。
今回は、そんなオハラ☆ブレイクと縁の深い奈良美智をフィーチャーしてお届けしよう。
今回は、意図せずに新たなエンタテイメントの形を生み出すことになった2020年のライヴ現場の映像と共に、“当たり前の日常”であった2019年のライヴレポートを初公開。
12月5日の奈良美智のバースデーに集まった“愛しか感じない”ライヴは、「ARABAKI PROJECT/GIP」が奈良にサプライズで贈った音楽と人とを繋げた、とてもあたたかな時間だった。
◆<N's 60 -YOSHITOMO NARA 60th BIRTHDAY PARTY->ライブ写真
取材・文◎武市尚子
◆ ◆ ◆
2019年12月5日。日本を代表する現代美術家である奈良美智が還暦を迎えた。
1984年に初の個展を開き、多くの賞を受賞し、日本だけではなく【世界の奈良】と呼ばれるに相応しい存在となった奈良美智。そんな奈良のロック好きは、周知の事実だ。
自らが愛する多くのアーティストのCDジャケットを手掛けていたり、渋谷のラジオ『奈良美智 の 親父ロック部』のパーソナリティを務め【部長】の名で多くのリスナーを虜にしたり、東北地方太平洋沖地震に関する活動の一つとして宮城県で開催されている<ARABAKI ROCK FEST>に2011年から連続して参加していたり、自らの作品に向き合うときも、必ずそこには好きな音楽が流れているのだという、筋金入りのロック野郎である。
【こんなにロックを愛した画家、こんなにロックに愛された画家はいない!】
公私共に仲が良く、近しい関係性である怒髪天の増子直純に、そう言わしめる奈良美智は、間違いなく心底ロック人間なのだと思う。
そんな真っ直ぐ自らの想いを貫く奈良の生き方に、多くのアーティストは共感し、奈良美智という人間を深く愛するようになるのだろう。
還暦、という人生の一つの節目を迎えた奈良は、その生き方を更に突き詰め、より自由に、よりロックに生きている様に感じる。
2019年12月5日。この日のLIQUIDROOM(東京・恵比寿)はいつものそことは少し違っていた。ライヴハウスのスケジュールに記載されていたアーティストは、亜無亜危異、KENZI&THE TRIPS、ザ50回転ズ、少年ナイフ、曽我部恵一、noodles、Rei。そして、総合司会として増子直純(怒髪天)。
音楽ジャンルで括られたイベント、という印象ではないアーティスト達の集結だが、ジャンルは違えど、そこに集まったアーティストが放つ空気感は、何処か同じ温度や匂いを放っている気がした。
近年、対バンやフェスの集客が思わしくなく、ブッキングに苦戦するという話をよく耳にしているのだが、この日のチケットは発売した瞬間にソールドアウト。更に驚いたことに、チケット発売時には、出演アーティストの発表は無かったのだという。どんなアーティストが出演するかも分からぬままライヴがソールドアウトするとは前代未聞。チケット発売時に告知されていたのは、<N's 60 -YOSHITOMO NARA 60th BIRTHDAY PARTY->というタイトルのみだったのだと言う。
そもそもこのイベントライヴの発足というのは、奈良のスタッフや関係者が、奈良の還暦を祝うために立ち上げた企画であり、“奈良の誕生日を祝うための時間”であったことから、奈良本人には知らされていない出演アーティストも居たのである。
“開場します!”のスタッフの声を合図に、奈良は自らが選曲した会場SEを、PA卓後ろに拵えたヤードから流し始めた。ちょうど客入れの時間にかかる30分に合わせて組み立てたSEは、奈良オススメのロックが詰め込まれていた。
『N's 60 -YOSHITOMO NARA 60th BIRTHDAY PARTY-』をテーマに奈良が描いたバックドロップと、同じく『N's 60〜』をテーマとした赤のTシャツに身を包んだスタッフ達がオーディエンスを誘った。奈良も赤のスタッフTシャツに身を包み、オーディエンスをフロアに招き入れる姿は、彼の個展へのこだわりと近い温度を感じた。
18時30分。開演ちょうどに幕を開けたライヴは、増子の前説から始まった。この日、怒髪天はツアーの移動中であったことから、増子は総合司会という形での参加だったのだが、まさに適役。多くのアーティストから“兄い”と慕われるだけある人格者故、人を惹きつけるトーク術はさすが。前説で会場内に一体感が生まれるとは、怒髪天・増子直純恐るべし。増子が奈良をステージに呼び込むと、オーディエンスは大きな歓声で奈良を迎え入れた。
「今日は奈良さん、内容知らされてないんですよね。もうね、すごいですよ、今日は。奈良さんの好きなものばかり!」(増子)
「本当!? もうねぇ、本当に嬉しいなぁ。早く始めて欲しい!」(奈良)
増子の隣に居たのは間違いなく【世界の奈良】なのだが、ライヴの開演を待ち望むその姿は、完全にロックにやられちまった【大人気ない大人】であった。大人になると、手放しで無邪気にはしゃげることなどなくなっていくものなのだが、この瞬間の奈良といったら、完全にロックの虜になった少年そのもの。一瞬たりとも待てないという逸る想いがダイレクトに伝わってきた。きっとそれは、奈良が自らの作品を生み出すときに魅せる、真っ直ぐな想いと重なるのだろう。
トップバッターを担ったのはKENZI&THE TRIPS。井上堯之バンドの「傷だらけの天使」をSEに、ステージに登場した彼らは、ストレートなサウンドと言葉で、瞬く間にオーディエンスを引き寄せた。青春パンク、ビート・パンクの走りとも言われたKENZI&THE TRIPS。タイトなドラムに、ルートを守るベース、ガレージ感満載なギターソロ、独特な粘りと深みを感じるKENZIのボーカル。それはまさしく日本のロックの象徴だ。
「ちゃん奈良のために盛り上がってね〜!」という気さくな言葉を挟みながら、パンク魂をフロアにぶつけまくるライヴパフォーマンスは、当時と何一つ変わらないが、“誰がなんと言おうと オレは愛する歌をうたい続けるだけさ”という歌い出しから始まる「WORLD TOP DREAMER」のサビで歌われる“アキラメたって人生の長さは変わらないんだぜ アガイテみても人生の長さは変わらないんだぜ”という言葉は、いま聴くからこその説得力を放っていたことは、大きな変化であったと思う。ただただ真っ直ぐに生きてきた先に、生きた証しをハッキリと残せている彼らの生き様は、奈良の生き方とも大いに重なる。だからこそ、互いに惹かれあうのだろう。そんな気がしてならなかった。
この日の公演は転換中も実に無駄がなく、幕間の時間を使い、ステージ下手に設けられたサブステージで、多くのアーティストから奈良への誕生日メッセージが『ビデオメッセージ』という形で届けられていったのだ。あがた森魚、浅井健一、亜無亜危異、ウエノコウジ、大友良英、ザ50回転ズ、佐々木亮介、少年ナイフのNaoko、菅真良、曽我部恵一、 TOSHI-LOW、怒髪天、仲井戸麗市、中田英寿、noodles、畠山美由紀、 HIKAGE、松本大洋、宮﨑あおい、村上隆、箭内道彦、ヤマジカズヒデ、山中さわお、Rei、若林良三、ワタナベイビー、百々和宏、 ROCK'N'ROLL GYPSIES、大江慎也、吉本ばなな。錚々たる顔ぶれから寄せられた言葉は、どれもあたたかく、奈良への信頼の深さを、改めて感じさせられるものだった。
ビデオメッセージが届けられたサブステージで、KENZI&THE TRIPSの次に音を放ったのは、シンガーソングライターのRei。彼女と奈良の出逢いはごくごく最近で、2019年の東北と北海道での夏フェスで顔を合わせたのがきっかけだったのだと言うのだが、一聴して、奈良が彼女に惹かれた訳を悟った。
アコギを抱きかかえるように構え、ギターのボディをタップしながら、力強く弦を弾き、太めな音でグルーヴィなサウンドを生み出していくRei。あどけなさが残る華奢な彼女から、ブルーズのルーツを感じさせる本格的なサウンドと唄が発せられると、フロアに集まったオーディエンスは、言葉を失ったかのように静まり返った。圧倒、と言う言葉がそのまま景色としてそこに生まれていた。
「奈良さんって、こんな人なんじゃないかなって思った曲があるので、やってみようと思います」Reiが届けたのは、セックスピストルズの「アナーキー・イン・ザ・U.K.」。“アナーキーストになりたいんだ”と叫ばれるパンクロックの代表曲を、Reiは静かにつま弾いたギターの伴奏に唄を乗せて歌った。4歳で渡米し、英語も日本語も上手く話せず苦悩した中で、いつしかギターを抱えていたという彼女が確立させた独自な音楽スタイルにも、強いアナーキスト(無政府主義者)を感じさせられた。奈良の画集を買い集め、大切に持っていたというReiが、奈良の絵や言葉に「アナーキー・イン・ザ・U.K.」を重ねたのは、そんな奈良の生き方を尊敬し、憧れたからに違いない。Reiの唄には、そんな力が漲っていた。
この日初めて彼女のステージを観たオーディエンスも多かったと思うが、自然発生した客席に広がったクラップが最高の景色を描き出すなど、彼女がステージを後にしたときには、その場に居たオーディエンスの全ての心を鷲掴みにしていたと確信できた、素晴らしいライヴだった。
「奈良さん、お誕生日おめでとうございます!」というyokoのナチュラルな言葉からライヴをスタートさせたnoodlesは、1曲目に奈良がアルバムジャケットを手がけた「I'm not chic」を届けた。奈良がラジオでnoodlesの曲をかけたことを友人から聞いたことがきっかけで、奈良が自分たちの存在を知ってくれていること知ったというyoko。当時は直接対面することはなかったが、yokoの中では、その頃から、いつか奈良にジャケットを描いてもらいたいと願うようになったのだと言う。
「I'm not chic」というタイトルからして、どこか共通点を感じてしまう、奈良美智とnoodlesのサウンド。低音が心地良く這う「I'm not chic」のサウンドの仄暗さは、静かに水の中に沈み、水面から顔を覗かせる、奈良が描く少女の絵に似ている気がしてならなかった。どこかもの悲しく、刹那的で。不思議な懐かしさが漂う「Ruby ground」は、どうしようもなく愛おしい時間だった。
yokoはMCで奈良がラジオでnoodlesの曲をかけてくれたことを語り、その曲を今日、ここでやる為に練習してきたと告げ、「NO FAN.」を届けた。15年前に、奈良が選んでかけた曲を、奈良の誕生日ライヴで直接本人に贈るとは、なんとも胸が熱くなる。客席の下手側の後方から、一瞬たりとも目を離さずにライヴを見守っていた奈良は、心底幸せそうな笑顔でその曲を受け取っていた。
抜け切らないキャッチーさが魅力のルーズなロック「NO FAN.」。温度も質感も落ち着く肌触り感も、やはり奈良の描く絵と共通する心地良さを感じる。15年前に奈良がラジオでかけたことをきっかけに繋がった縁が、こんな形で相思相愛の関係になるとは。音楽という力の素晴らしさを深く感じ取った瞬間となった。
ここの転換時では、増子がステージに百々和宏(MO'SOME TONEBENDER)を呼び込んだ。「いやぁ、奈良さん、お誕生日おめでとうございます。何かコメントをということだったんですけど、あんまりそういうの得意じゃないんで、1曲歌おうかなと。しかし。ずっと隣で一緒にライヴ見てたんですけど、本当に大人気ない(笑)。還暦の誕生日らしいですけど、見た目的に全然そんな歳には見えないし、精神年齢なんて6歳だからね(笑)」と、これまた尊敬し合う間柄であり、心を許し合える仲である故の愛の込もった、百々ならではの“おめでとう”だ。百々はそんな“おめでとう”と共に、THE ROOSTERSの「恋をしようよ」を贈ったのだった。
奈良の名前を歌詞に入れ込みながら届けられた百々の歌うTHE ROOSTERSに、奈良は客席で大盛り上がり。その姿は、百々の言う通り、まさしく、誇らしいほどの“精神年齢6歳の大人気ない大人”であった。
さらに、ここではグループ魂の遅刻(富澤タク)もお祝いコメントに駆けつけ、奈良と一緒にやっていたバンド、TOHOKU ROCK'N BAND(※奈良はVoで参加していた)の曲、「予定〜青森に帰ったら〜」「東北六魂音頭」をメドレーで届け、会場を盛り上げたのだった。増子も、2人のコメントを受け、“奈良さんの好きなところは、大人気ないところ! 本当に大人気ない。本当に無邪気! そんなところが大好きです!”と奈良への愛を改めて告白。その言葉に会場からは大きな歓声と拍手が沸き起こっていたのだった。
豪華なインターバルの後に登場したのはザ50回転ズ。「奈良さん! お誕生日おめでとう! アンタに捧げますよ〜〜!」ダニーの豪快なおめでとうから幕を開けたザ50回転ズのライヴは、「Thank you for RAMONES」からド派手に始まった。奈良の描いたバックドロップと絶妙な相性で、まるで奈良の絵の中から飛び出して来たかのような融合感である。ステージの大騒ぎ感に引き込まれ、フロアも“大騒ぎ”状態である。3ピースという構成を最大限に武器としたパフォーマンスはさすが。圧巻のステージだ。1曲終わるごとのフロアからの歓声も素晴らしくデカイ。
「しかし、あのオッさんも、もう60になったんか! とはいえ、フロアのみなさんも妙齢のご婦人と叔父様ばかりで。俺たち出演者の中でも、こう見えて一番若手でございます! 俺たちが出演者の平均年齢を下げることなど、ここ最近なかなかございません! それだけでも、今日、ここに出られて良かったなと思っております!」と、ダニーならではのシニカルな愛情表現で会場を盛り上げた。この盛り上げ方が出来るのも、奈良との信頼関係の深さがあってこそ。奈良も自らのラジオで、2時間ずっとザ50回転ズの曲ばかりをかけ続けたことがあるほど、彼らを愛しているのだ。そこに見える関係性の深さも、オーディエンスにとっては嬉しいものなのである。
彼らと奈良の直接的な出逢いは2016年。ニューヨークでザ50回転ズがライヴをやったとき、奈良もニューヨークに滞在していることを知ったダニーが、“奈良さん、ライヴ来てくださ〜い!”と呟いたところ、“行く行く〜!”という返信があり、そこが出逢いとなったという。ダニーはそのときのことをMCで語り、“やはりこの返し、6歳に違いない! 子供は友達が出来やすい!”と、さらに煽り、フロアを盛り上げた。
この日聴いた、人生を変えるほどの強い出会いの力を感じさせる「vinyl change the world」が、特別に胸に響いたのは、ザ50回転ズと奈良美智が作ってくれたこの時間のおかげだ。この特別な感動は、ロックンロールと彼らの出逢いと、ロックンロールが繋げた奈良との出逢いが、彼らにとって大きな運命だったと感じさせてくれたからだろう。若い頃は、どんなに小さなことにも大きな感動を受けていたものだが、長く生きて来た今、なかなか純粋に涙が込み上げてくる瞬間を貰えることがなくなっている中で、胸を締め付けられる抑えきれない感動が込み上げて来たこの瞬間に立ち会えたことに深く感謝した。
集客を第一に考えて集められたアーティストが集結するイベントライヴではなく、全アーティストが持ち時間15分の為に集まり、全力で奈良の為に音を放っていた、特別な意味のあるライヴだからこそ、呼び起こされた感動の数々がそこにはあった。
ここでのインターバルでは、箭内道彦がステージに登場し、お祝いコメントを届け、ワタナベイビーは、お祝いコメントの代わりにRCサクセションの「トランジスタラジオ」を贈ったのだった。
Redd KrossをSEに登場した少年ナイフが1曲目に選んでいたのは「バナナチップス」。変わらない愛しさで独自のロックを届ける少年ナイフ。「Twist Barbie」で魅せる初々しいコーラスワークもガールズバンドとしての武器を感じる。レトロな質感こそも少年ナイフの武器。奈良がジャケットを手がけた作品の中から「Sushi Bar Song」を披露したのだが、この曲前にオーディエンスに“体操”なる振り付けを伝授し、サビで揃いの体操でライヴを盛り上げるなど、他のバンドにはないポップなノリでオーディエンスを牽引していった。変わることのない独自のライヴパフォーマンスは、実にほっこりとした空気感だった。
少年ナイフからバトンを受け取ったのは曽我部恵一。「キラキラ!」「おとなになんかならないで」「満員電車は走る」を、ナント、ほぼマイクレスの状態で歌って届けた。自らの子供のために書き下ろしたという「おとなになんかならないで」などは曽我部の人生そのもの。感情を剥き出しで叫ぶ曽我部の歌はヒリヒリする。直に心臓を掴まれる感覚とでも言おうか。バンドという形態ではなく届けられることから、より深く入り込んだ曽我部の人生をそこに見ることになるのだろう。やはり、そんな飾らない生き方も、奈良美智という生き方に重なった。
21時26分。亜無亜危異の登場に会場は沸いた。フロアから起こった“アナーキーコール”を受け、メンバーはそれぞれの持ち場に着いた。揃いのナッパ服に赤い腕章。荒くれ者、危険な香りが漂う、無政府主義者たる絶対の存在感は誇らしい。危険なロックバンドが存在しなくなった昨今のロックシーンの中で、当時から変わらぬ存在感を貫き通している亜無亜危異は、日本のロックシーンの宝だ。
「東京イズバーニング」が始まると、オーディエンスは大きく体を揺らした。「心の銃」「パンクロックの奴隷」「叫んでやるぜ」と、間髪入れずにぶちかましていく彼らもまた、【大人気ない大人】である。その全てがアナキズム。個々の存在を重んじ、一丸となることを好ましく思わない無政府主義者の叫びによってフロアが一つになるという、なんとも皮肉な光景を目の当たりにさせられた訳だが、無政府主義者の集合体だと考えると合点がいく。それぞれの想いを奈良の絵の中に感じ、そこにロックを感じ、奈良の愛するものに共感し、生き方を尊敬するここに集まった者たちは、間違いなく“自分”という個を重んじた、“好き”という感性に正直に向き合った自由な集合体なのだ。
「紹介します! 奈良美智!」
「叫んでやるぜ」終わりでボーカルの仲野茂が奈良をステージに呼び込むと、ナッパ服に赤い腕章を付けた、亜無亜危異と同じ出で立ちの奈良がステージに登場した。全員、奈良と同じ歳だという亜無亜危異。そんな同じ歳で結成された、この日だけのオリジナルメンバーの亜無亜危異で、「ノット・サティスファイド」が投下された。
ナント、ここでは、曲が始まって数秒後に奈良が客席にダイヴ! おいおい。ヤンチャ過ぎるだろ! と思わず声に出して言ってしまったほど予想外の出来事であったが、そんな手放し状態の大人気ない奈良を、オーディエンスは全力で受け止め、その体を高く掲げたのだった。それにしても無邪気過ぎる。が、本能で生きるそんな奈良だからこそ、アーティスト達は奈良を心底愛するのだろう。
「ハッピーバースデー! 奈良美智!」
ラストに叫んだ仲野の祝福の言葉に、オーディエンスは大きな歓声を重ね、大ラスは全員から贈られた拍手で幕を閉じたのだった。
亜無亜危異をトリにライヴが締めくくられると、下手のサブステージに呼び込まれた奈良の元に、60本のローソクが灯された大きなケーキがステージに運び込まれた。増子のリードでオーディエンスが『ハッピーバースデー』を歌うと、奈良は子供の様にはしゃぎながらケーキを覗き込んだ後、その炎を一気に吹き消した。
ここでは、多くのアーティストからの電報も読み上げられたのだが、電報の中には、奈良を“奈良っち”と呼び、心の友だと慕う嵐の大野智からのメッセージもあり、さらには、シークレットで駆けつけたのんが花束を贈呈するというシーンもあった。ジャンル問わず、各方面から奈良が愛されていることを証明した時間は、オーディエンスの気持ちをとてもあたたかく、豊かにした時間となった。
「実は、もう一組! シークレットゲストが演奏します! 奈良さんも知らないです!」
増子の言葉に、驚きの表情を見せる奈良。
メインステージに登場したのはTHE STAR CLUBだった。
完全シークレットでの参加だったTHE STAR CLUBの出演は、一部のスタッフにも知らされていなかったほど厳重だったという。ライヴが全て終了していたと思い込んでいた奈良は、幕が開き、THE STAR CLUBが登場すると、本当に子供が喜ぶ様に、その場で何度もジャンプし、飛び上がって喜んだ。
ステージに立ったTHE STAR CLUB は、“レジェンド”という言葉が似合う堂々たる風格だ。
1977年の結成以来、ボーカルのHIKAGEを中心に活動を続けて来た日本のパンクロックを代表する存在である。「SOLID FIST」「BLACKGUARD ANGEL」を続けて披露したTHE STAR CLUBのライヴを、後方エリアのテーブルの上に立ち上がり、拳を高く振り上げながら聴いていた奈良。オーディエンスは、時折振り返りながら、そんな奈良の無邪気な姿を、愛おしそうな笑顔で見守って居た。ライヴ中盤に、ドラムのSEIICHIROが奈良に向けて『ハッピーバーズデー』を歌い、キッカケを作ると、オーディエンスはその歌声に自らの歌声を重ね、奈良を祝った。
「奈良さん、60歳のお誕生日おめでとうございます。これからも、我が道を極めて、新しい作品をどんどん描き続けていって下さい」HIKAGEの低音ヴォイスでのメッセージは、シンプルながらも、共に生き抜いてきた同志への絆を感じさせるあたたかな一言だった。メッセージを届けた後にも「SLASH WITH A KNIFE」「THE PUNK」を届け、全力で奈良の還暦を祝ったのだった。
「奈良さんの為の1日でした! 奈良さん、明日体痛いんじゃないですかね?」
と、増子がステージの中央に奈良を呼び込むと、奈良は本当に幸せそうな笑顔を浮かべ、最後にこう語った。「もう何も言うことないよね。本当に幸せだよ。本当にありがとう。本当に何も言うことないよ。知らされていなかった人達がたくさん来てて本当にびっくりした! 本当にみんなありがとうね!」驚きと喜びに溢れた奈良の無垢な笑顔は、とても印象的だった。きっとこの日の感動は、奈良の人生に深く刻まれたことだろう。
日本の音楽史を飾るロックバンドが奈良美智の為に集結したこの日。それを叶えた『N's 60 -YOSHITOMO NARA 60th BIRTHDAY PARTY-』。奈良美智が繋いだこの特別な時間は、奈良自身はもちろん、この日集まったアーティストとオーディエンス全てを、幸せに導いた唯一無二な時間であったと言える。
最後に、このイベントを形にしてくれた実行委員のスタッフをステージに呼び込んで花束を渡した奈良の細やかな配慮にも深く胸を打たれた。奈良の人間力に、改めて脱帽。
ここから始まるN's 60Year。奈良美智は、この先新たに生み出される作品で、どんなアナキズムを表現していってくれるのだろう。大人気ないロックンローラー奈良美智に乾杯!
■奈良美智プロフィール
2021年はロサンジェルスカウンティ美術館とダラスコンテンポラリーで展覧会を開催予定。
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