ヤマハ、伝説的ピアニストのグレン・グールドらしい音楽表現で演奏するAIシステムを初公開
ヤマハが、伝説的ピアニストである故グレン・グールドらしい音楽表現でピアノを演奏することができ、さらに人間と協調して合奏することができる世界初のAI(人工知能)システムを、今年、日本と友好150周年を迎えるオーストリアのリンツ市にて開催される世界最大規模のメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」で初公開する。AIを人間の共創の可能性を追求でうるためのプロジェクト「Dear Glenn」の成果として公開されるもので、9月7日にAIシステムと現代の名演奏家が共演するコンサートを披露するほか、人間とAIが共創する未来をテーマにしたパネルセッションを予定している。
今回公開されるのは、グレン・グールドらしい音楽表現で、任意の楽曲のピアノ演奏ができるというシステム。演奏したことのない曲でも、楽譜のデータさえあればすぐに演奏できるというのが特徴をで、その再現手法としては世界初となる「深層学習技術」を採用したAIシステムとなっている。自動演奏機能付きピアノと、グレン・グールドらしい演奏データを瞬時に生成しピアノに演奏を指示するAI(ソフトウオェア)から構成される。
▲AIシステムの学習フロー。グールドの録音に含まれるタッチの解析(STEP01)に加え、彼を熟知した演奏者らによる演奏データを使用することで、任意の楽譜をグールド風に演奏できる深層ニューラルネットワークを学習する(STEP02)。これにより、未収録曲もグレン・グールド風に演奏することが可能となる(STEP03)。
AI部分の開発にあたっては、彼らしい表現とは何かを追求するために、グレン・グールド・ファウンデーションの全面的な協力のもと、100時間を超えるグレン・グールドの演奏音源を解析し、得られたデータをもとに、深層学習技術を用いた。また、録音データのみならず、彼の演奏方法を熟知した複数のピアニストたちの演奏による「ヒューマン・インプット」もAIに学習させることで、かつてない再現度を実現した。
合奏に対応するのもすごいところ。このシステムは、共演者である人間の演奏を瞬時に解析し、先読みしながら演奏することで、人間と協調して合奏することもできるのだ。単に自動演奏を行うのではなく、グレン・グールドのタッチを感じながら、互いに刺激しあって、息のあった合奏を楽しむことができる“共創型”のシステムとなっている。
▲AIシステムとの合奏における動作形態。人間の演奏者をカメラやマイクで実時間解析することで、人間に合わせてAIシステムが演奏することを可能にする。
このシステムは、「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」の会期3日目にあたる9月7日(土)に予定されているパネルセッションの中で初めて公開される。パネルセッションでは、現代の気鋭のピアニストであるフランチェスコ・トリスターノ、グレン・グールド・ファウンデーションのブライアン・レヴィン、そしてヤマハのAIシステム開発者が登壇し、AIを用いた未来の音楽の可能性について議論を深める。
その後、イベント会場の一つである聖フローリアン修道院で、このシステムと現代の名演奏家が共演するコンサートを初披露。AIシステム(ピアノ)と共演するのは、リンツ・ブルックナー管弦楽団のメンバー(バイオリン、フルート)とフランチェスコ・トリスターノ(ピアノ)。ピアノ2台を含む二重奏および三重奏を披露する。曲目はグレン・グールドの代表曲としておなじみのJ.S.バッハ 《ゴルトベルク変奏曲》(BWV 988)をはじめ、グレン・グールド未演奏曲であるJ.S.バッハ《フーガの技法 2台チェンバロのための鏡像フーガ》(BWV1080/18)、J.S.バッハ《トリオ・ソナタ》(BWV1038)などを予定している。いずれの楽曲もAIの学習データには含まれておらず、模倣する音源がない状態で演奏を行うというユニークな試みとなっている。
グレン・グールドは早くから電子メディアによる録音に傾倒し、奏者と聴衆の新しい関係性に着目したことでも知られている。プロジェクト名の「Dear Glenn」は、新しいテクノロジーに可能性を見出した彼の姿勢に敬意を評し、そして着想を得て開始したことに由来する。ヤマハは、今回の取り組みを通じて、現代のテクノロジーであるAIと人間が互いに刺激し合い、共創する新しい音楽表現のあり方を提示したいとしている。
なお、今回の取り組みは、オーストリア日本友好150周年事業の一つに認定されており、10月4日(金)には、コンサートの様子を収めたビデオの公開も予定している。
■パネルセッション
日時:2019年9月7(土) 19:00~19:30(現地時間)
会場:聖フローリアン修道院(オーストリア・リンツ市)
登壇者:フランチェスコ・トリスターノ(ピアニスト)、ブライアン・レヴィン(グレン・グールド・ファウンデーション)、ノルベルト・トラヴォーガー(リンツ・ブルックナー管弦楽団)、前澤 陽 (ヤマハ株式会社 開発者)
テーマ:AIとアーティストの共創の可能性とその未来について
■コンサート(AIシステム 初公開)
日時:2019年9月7日(土) 20:30~21:00(現地時間)
会場:聖フローリアン修道院(オーストリア・リンツ市)
出演者:フランチェスコ・トリスターノ(ピアノ)、ノルベルト・トラヴォーガー(フルート:リンツ・ブルックナー管弦楽団)、マリア・エリザベス・ケストラー(バイオリン:リンツ・ブルックナー管弦楽団)
曲目:J.S.バッハ 《ゴルトベルク変奏曲》(BWV 988)、J.S.バッハ《フーガの技法 2台チェンバロのための鏡像フーガ》※ (BWV1080/18)・J.S.バッハ《トリオ・ソナタ》(BWV1038)
※グールド未演奏曲
<ヤマハ株式会社 執行役員 技術本部 研究開発統括部長 森田浩一氏のコメント>
歴史と伝統が培ってきた楽器と音楽の世界においても、技術革新が音楽表現に広がりと変化をもたらしてきました。一般への普及から150年を経たピアノも産業革命がもたらした変化の代表例だと思います。20世紀に始まった情報処理技術の流れは、産業革命がピアノにもたらしたハードの技術群と同様に、私たちにAIというソフトウェアとしての可能性を提供してくれました。私たちは、感性の視点からこのAIを音楽の創造の可能性を広げる新たなきっかけとして理解し、様々な研究の取り組みを進めています。その結果の一部を、今回音楽を理解する皆様と共有することにより、次のページの可能性を描き出していきたいと思います。
<グレン・グールドについて>
1932年カナダ・トロントに生まれ、1982年に50歳の若さで没した伝説的ピアニスト。1956年に発売されたデビュー盤「ゴルトベルク変奏曲」を皮切りに、特にJ.S.バッハの演奏について極めて高い評価と功績を残したことで知られる。1964年、26歳にしてコンサートからの引退を表明し、以降、録音に没頭するなど、電子メディアでの発表に傾倒した。また、低い椅子に腰掛けかがみこむように演奏する姿勢や、録音時にもかかわらず鼻歌を歌いながら演奏するなど、その斬新かつ独特の奏法も世間からの注目を集めた。晩年にはバッハの「ゴルトベルク変奏曲」をはじめ3枚のアルバムをヤマハのコンサートピアノで録音した。
<グレン・グールド・ファウンデーションについて>
比類なきミュージシャン、コミュニケーターまた思想家でもあるグレン・グールドの名を広めるのみならず、個々の生活や社会に芸術で斬新な影響を与える取り組みを通じ、彼のレガシーを広めることを目的に1983年にトロントで設立されたカナダの慈善団体。これまでに、コンサート、シンポジウム、新しいアートワーク、若者や新進アーティストのサポート、美術展、学校教材用ガイドや出版物の制作、アーティストや研究者支援等、多岐にわたる芸術、文化、そして教育的活動を行っており、特にその中で最も顕著な取り組みとして、芸術を通して生涯にわたり人類を豊かにしていると認められる人物に贈られるグレン・グールド賞を主催している。
<アルスエレクトロニカ・フェスティバルついて>
オーストリア・リンツ市を拠点に置くメディアアートの研究機関である「アルスエレクトロニカ」が開催する、最先端のアート、テクノロジー、サイエンスをテーマにした祭典。1979年から続くイベントで、メディアアートのイベントとしては世界最大規模を誇る。期間中は、世界中から、専門家が集い、リンツの様々な場所で催されれる展覧会、パフォーマンス・イベント、国際会議を通して、議論を深め、新しい繋がりを生み出している。
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