【インタビュー】小曽根真「ゲイリーのビブラフォンは音が見えるんです。湯気になってふわっと浮かんでくるのが見える」
■今の僕の音楽があるのはゲイリーのおかげだし
■僕がクラシックに興味を持ったのも
■彼に教わった“音楽とは何か?”があったおかげ
――ちょっとだけ昔話をさせてください。出会った頃のゲイリーさんとは、どんな思い出がありますか。
小曽根:一番最初に会ったのは(バークリー音楽大学の)学生のコンサートです。あの頃の僕は超絶技巧で弾くことが命で、それを聴いた彼は「この子はテクニックをいっぱい持ってるけど、かわいそうに、音楽をどう扱っていいかわからない子供だな」と思ったそうです。そういう子はいっぱいいるんだって。その時バックステージで会って、「あ、この人ゲイリー・バートンかな」と思って…実はあまり興味なかったんですよ。僕はオスカー・ピーターソンみたいに弾ければよくて、チック・コリアでさえピンとこなかったので。そしたら彼が「Sounds very nice」ってすごくドライに言うから、僕も「Thanks」って、それで終わり。その1週間後に今度は学長の家でパーティーがあって、僕がピアノでBGMを弾いたわけです。BGMだから静かに、音楽的に弾くじゃないですか。そしたらゲイリーが、これは自伝にも書いてあるんだけど…今度本が出るんですよ。僕もあとがきを書かせてもらったんだけど、彼によると、「僕は結局その夜の大半をピアノの周りでうろつくことになる」って書いてるんですよ。
――いい話です。
小曽根:終わったあと彼が僕のところに来て、「おまえ、ちゃんと音楽が弾けるじゃないか」って(笑)。「明日俺のオフィスに来い」って言われて、初めて一緒に演奏して、言われた最初のひとことが、「おまえは伴奏のバの字も知らないな」って。
――ストレートですね。痛いところをズバッと。
小曽根:おまえの先生は誰だって言うから、あの人とこの人ですって言ったら、「あいつらじゃ難しいな、自分たちが伴奏を知らないから。じゃあ俺が教えてやる」って、そこから始まって、彼のバンドに入ったわけです。そこからは師匠と弟子という関係で、今はありがたいことに、人に紹介する時も「Makoto And I have been best friends for 34 years」「He is my partner」って。ゲイリー・バートンにパートナーと言われるのはうれしいけど、師匠だっただけに照れくさいところもありますよ。自分でもベスト・フレンドという意識はあるけど、だからといって対等になったとか、追い越したとか、そういうことじゃない。今の僕の音楽があるのは彼のおかげだし、僕がクラシックに興味を持ったのも、彼に教わった“音楽とは何か?”があったおかげだと思うし、昔のようにただ超絶技巧で弾いて楽しいじゃんというところにいれば、クラシックはある意味対極のところにあるものなので。そういう意味でも、あのパーティーで彼に出会っていなかったら、今の僕はなかった。それを彼に言うと、「そんなことはない。おまえの才能は俺じゃなくても誰かが見つけていた」って、そういうことを淡々と言う人なんですよ。
――憎いです。かっこいい。
小曽根:バンドに入れと言われた時にも、こっちは興奮してますよね。人生の宝くじに当たったようなものだから。でもゲイリーは「3~4年もしたら、俺の音楽が嫌になってバンドを出て行くって言うだろうけどさ」とか言うんですよ。「そんなこと絶対ない」って言ったんだけど、「おまえはきっと自分の音楽をやりたくなるだろう」って。で、確かにそれぐらいたった頃に、彼がバンドにサックスを入れたんです。トミー・スミスを。それは全然OKだったんだけど、サックスが入るとピアノとビブラフォンが両方伴奏に回ることになることが多くなって、そうすると彼に譲ったり、余分な音は弾かなくなったりして、「俺、ここにいなくてもいいな」って思い始めたんですよ。そしたら、スティーブ・スワローっていうベーシストが辞めることになって、ここで俺も辞めたらバンドは崩壊する。だから俺はサポートに徹することにして、バンドの専務取締役みたいになるんです。それから1~2年たって、もういいだろうと思ったんだけど、どう伝えていいかがわからない。辞めたいけど、別にケンカもしてないし、何も問題はないわけだから。で、あれはサンアントニオのコンサートのあとだったかな、「I need to talk to you」って、ホリデイ・インのバーで、「なんだい?」って聞くから、「えーっと…」とか言ってたら、「You wanna quit?」(辞めたいのかい?)って。
――ああ。もうわかっていた。
小曽根:わかってたんですよ。「I need to talk to you」なんて、あらためて言ったことないから。で、俺が「うん」って言ったら、「なんでそんなに時間かかったんだ?」って。「いやー、そのー、あのー」ですよ(笑)。で、辞めるのはわかってたけど、代わりを用意していないので、半年待ってくれって。それで、半年たって辞めたんです。本当に円満だったけど、あの時彼に「What took you so long?」って言われた時は、辞めろってことか?って複雑な気持ちだったんですけど(笑)。
――わざと言ったんじゃないですか。自分の気持ちに正直になれよって。
小曽根:本当にすごい人で、頭が良くて、知性があって、優しくて情があって。だからパット・メセニーもジョン・スコフィールドも育っていったんですよね。パットがゲイリーのバンドを辞める時も、ゲイリーがそれを察して「もう君が辞める時のようだ」って言ったらしい。パットが自分の音楽がやりたくて、ゲイリーのバンドなのに自分の存在をどんどん大きくしていった。そこでゲイリーは「This is my band」「そういう演奏をするなら自分のバンドでやれば良い」って。パットはそれが許せなくて、そのあと十何年も口を聞かなかった。大変なドラマがあったんです。でも今はすごく仲がいいですよ。パットはゲイリーのことを心から敬愛しているから。彼が18歳ぐらいの時、ウィチタのジャズ・フェスティバルに突然パットが現れて、ゲイリーに「あなたの曲は全部知ってるから、1曲でいいから一緒にやらせてください」って言ったら、ゲイリーが「No」って。
――またしても、ズバッとひとこと(笑)。
小曽根:その頃パットはまったく無名だし、知っていたとしても「This is my band」なわけだから。その頃はギターにミック・グッドリックがいたはずだし、そこにもう一人入れることはできない。でも彼の演奏を聴いて、「君は本当に素晴らしいから早くイースト・コーストに出て来い」って、それでパットはボストンに出てきた。それから自分のバンドに入れたんですよ。だからパットにとってゲイリーはカリスマで、親父みたいな存在なんですね。
――そしておそらく、誰にとっても。
小曽根:本当にあたたかい人ですよ。トミー・スミスも、スコットランドから出てきてバークリーに入って、お金がないから1年で帰ろうとしたのを、「じゃあ俺のバンドに入れ」って、自分の家に下宿させて、メシを食わせて。トミーは家が貧しくて、教育を受けていなかったんだけど、すごく頭のいい人だから、ゲイリーの家にある本を片っ端から読んで、今は優れた小説を書けるようにまでなっちゃってる。スコットランドでジャズの先生になって、シンフォニーを書いてBBCオーケストラと一緒にやったり、すごくクリエイティブなことをしてます。その才能を見つけるゲイリー・バートンは、本当にすごい人ですよ。だから今回はぜひともみなさんに、「これを聴き逃すと知らないよ」というのが僕の中にあるので。
――そうですね。まさに。
小曽根:特別に新しい音楽ということではないかもしれないけど。1曲ソロでやってほしいんだけどな。最近やらないんですよね。それだけはお願いしようと思っていて。
――こちらこそお願いします!
小曽根:1曲ずつソロをやろうと言おうかなと思っています。
――あらためて、ピアノとビブラフォンって、音楽的な相性はどうなんですか。
小曽根:似ているんですよ、音がね。似ているだけに、合えばいいんですけど、合わないと最悪。彼は4本マレットでハーモニーも弾きますから、耳が良くないとぶつかっちゃう。でも、この間もインディアナポリスでのコンサートで、彼のマネージャーのテッド・カーランドが「ゲイリーとマコトのデュエットはなんで合うんだろう」って言ってくれたけど、センスが似ているんでしょうね。斬新な音楽をやる人なのに、ナット・キング・コールの古いレコードが好きだったり、そのへんは僕も聴いて育ったから、音楽へのアプローチが似ているんですよね。
――デュオ・アルバムの『Time Thread』(2013年)を聴いても、とてもメロディアスで美しいフレーズがどんどん出てきて。
小曽根:非常にリリカルですね。僕らは、なんといってもメロディなんですよ。それと、目立たないけれど、うしろのハーモニーの作り方がすごく似ている。世界観だけではなく、音楽としてのしっかりとした輪郭、物語を作りたいタイプかな。しかもゲイリーのビブラフォンは、音が見えるんですよ。煙のようになって、ふわっと浮かんでくるのが見えるかのよう。特にピアニッシモで弾いた時のあたたかいニュアンスはハンパじゃない。今回のツアーでは、僕の好きな「For Heaven's Sake」という曲を彼が弾くんですけど、この間のシカゴのコンサートで、お客さんに「僕は34年間、彼のビブラフォンをベスト・ポジションで聴いてる。観客席よりもいい場所で聴いていて申し訳ないですが(笑)、ビブラフォンでこんなに“歌う”人はいないし、特に彼のこういうバラードを聴くといつも涙が出るんです」、って言ったら、前の方に座っていた高校生ぐらいの女の子が「Me too!」って言ったんですよ。
――かわいい。いい話です。
小曽根:みんなそう思うんでしょうね。澄んでいるのに、透き通るだけじゃなくて、あたたかいんですよ。あれは彼にしかない音ですね。ミルト・ジャクソンはゲイリーより大きいマレットを使って、コツーン!って音を出す。MJQとかでは柔らかい音も出していますけど、やっぱり音が立っている。でもゲイリーがピアニッシモで弾くと、コツン!ではなくてフォォンっていう音がする。金属の板が歌うんです。「なんであなたが弾くとこんなに楽器が歌うの?」って聞くと、「僕はただナット・キング・コールが歌うように弾くだけなんだけどね」って。彼の中で歌が聴こえてるんでしょうね。あれがもう聴けなくなると思うと、それは淋しいです。本当の癒しの音、素晴らしい音ですよ。
――ゲイリー・バートンの音楽に思い出がある方も、これが初めてという方も。今回のツアーにはぜひ来てほしいです。
小曽根:これが最後なんで。ぜひ聴いておいていただけたらと思います。
取材・文●宮本英夫
ライブ・イベント情報
■5月29日(月) 18:30 東京/かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール
問:かつしかシンフォニーヒルズ 03-5670-2233
■5月30日(火) 19:00 山形/山形テルサ
問:山形テルサ 023-646-6677
■6月1日(木) 19:00 大阪/いずみホール
問:いずみホール・チケットセンター 06-6944-1188
■6月2日(金) 19:00 福岡/福岡シンフォニーホール
問:ヨランダオフィス・チケットセンター 092-406-1771
■6月3日(土) 18:00 松山/松山市民会館 大ホール
問:テレビ愛媛 事業部 089-933-0322
■6月5日(月) 19:00 札幌/札幌コンサートホール Kitara
問:道新プレイガイド 011-241-3871
■6月8日(木) 19:00 東京/東京オペラシティ コンサートホール
問:カジモト・イープラス 0570-06-9960
■6月9日(金) 19:00 神奈川/神奈川県立音楽堂
問:神奈川県立音楽堂業務課 045-263-2567
■6月10日(土) 15:00 川口/川口総合文化センター リリア
問:リリア・チケットセンター 048-254-9900
リリース情報
発売日: 2013.05.29
価格(税込) : \3,146
品番:UCCJ-2112
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