【音踊人21】wacci『日常ドラマチック』ディスクレビュー~喜怒哀楽に満ちたありふれた日常をドラマチックに描く~(蒼山静花)
出会いはYouTubeで見た「Weekly Weekday」のミュージックビデオ。ちょっとコミカルで頼りなげな風貌の男性がセットのなかで踊る、なんだかシュールな絵面。「一体この人たちは何者なんだ?」筆者がwacciに関して抱いた第一印象だ。
しかし数日もの間、歌詞をきちんと聴き取っていたわけではなかったのに頭からサビのメロディーが離れない。無意識に口ずさんでしまっている。押しつけがましさはないのに、なんだか中毒性がある。そんな不思議な音楽を奏でる人たちだなと、気になる存在になった。
ーーそこからおよそ3年半。
2016年8月17日に、待ちに待ったアルバムがリリースされた。タイトルは、『日常ドラマチック』。「日常」と「ドラマチック」という一見相反する言葉が共存しているが、このアルバムは当たり前のように私たちが生きている日々を、さまざまな角度から叙情的に描いて集結させたアルバムとなっている。YouTubeで355万再生を超えた(※2016年9月5日時点)「大丈夫」で幕を開け、アップテンポな曲からミディアム、バラードまで、ありふれた日常の景色を音と言葉で色鮮やかに彩っていく。15曲入りと、フルアルバムのなかでもかなりボリューミーな類の作品。年月をかけて、丁寧に紡いできた等身大の音楽たちが1枚の盤となって世に放たれた。
どの曲を切り取っても素敵な楽曲ばかりなのだが、個人的にこのアルバムの中で気に入っているのは、7曲目に収録されている「夏休み」と、14曲目の「変身」、そしてラストナンバーを飾る最新シングルの「歩み」だ。もちろん、wacciの真骨頂(?)のび太くんソングな「君に不採用」「まっぴら!」や、名バラード「東京」など、ここに挙げられなかった楽曲たちもぜひ聴いていただきたいところだが、筆者はwacciが描く情景豊かで空気が感じられる楽曲がたまらなく好きだ。「夏休み」に出てくる<わた飴の白に 金魚の赤>なんて、今にも目の前にその絵が浮かんでくるし、切ないこの曲の最後のフレーズへの枕詞となる<明かりが途切れた 祭りの端っこ>という言葉には、この曲の主人公のような体験をしたことがなくても、夏の終わりに感じる切ない思いが胸にこみ上げてくる。「変身」の序盤の主人公のくぐもった感情がブリッジ部分から最後のサビにかけて晴れていくさま、そして「歩み」でアルバムのラストを締めくくる流れは、自分自身の心の奥底にあった悩みを、それに気付くと同時にどこかへ昇華してくれるような痛快ささえ感じられる。このアルバム1枚を通して聴いたあとには、今まで抱いていた後ろ向きな感情すらも抱きしめて前へ進んでいこう。そんな気持ちになるのだ。
決してポジティブな言葉ばかりが並ぶアルバムではない。なのに、頑張りすぎない程度に前を向いて歩いていく力を与えてくれる。wacciが作りあげるサウンドには、そんな不思議な力があるのかもしれない。喜怒哀楽に満ちたありふれた日常が、実はこんなにも色鮮やかでドラマチックなのだということに気付かせてくれる『日常ドラマチック』。ファーストアルバムにして既にベスト感すら漂う、ここぞとばかりにwacciの魅力が詰まったアルバムだ。
(余談にはなるが、本音をいうとこのアルバムに収録されている曲で筆者が一番好きな楽曲は、初回生産限定盤BのBonus Trackに収録されている「さかな」だ。このレビューを読んでもしこのアルバムに興味を持ってくれた方がいたら、ぜひ初回生産限定盤Bを手にとっていただくか、シングル『リスタート』のカップリングに収録されているこの曲を聴いてみてほしい…)
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