AOR VS フュージョン、名曲・裏名曲対決十番勝負勃発
4月5日、BIBLIOPHILIC&bookunion新宿にて、「ディスク・コレクションAOR」発売を記念して<AOR vs Fusion 名曲・裏名曲十番勝負>と題したイベントが開催された。「AOR」監修の中田利樹と「FUSION」監修の熊谷美広が、10の対決テーマに添ってそれぞれ曲を持ち寄り、その蘊蓄を語りながら名曲を楽しもうという催しだ。
◆<AOR vs Fusion 名曲・裏名曲十番勝負>画像
音楽好きが集まった、名曲・裏名曲十番勝負イベント、まずは「ピアノがイカす曲」からスタートだ。
■ピアノがイカす曲
AOR:「Glamour Profession」from『Gaucho』Steely Dan
フュージョン:「The Mad Hatter Rhapsody」from『The Mad Hatter』Chick Corea
中田:私の考える究極の「AOR」の中で第一位に挙げるのがこの曲。キーボードワークが一番カッコいいので選んだんですけど、私はAORにおいてはコードで入ってしまうんです。友人のミュージシャンでアレンジャー系の方もこの曲をAORのベストに挙げていて、同じような聴き方をされるんだなと思いました。ピアノがロブ・マウンジー、こういう使い方が僕の理想のAORですね。
熊谷:フュージョンというのは楽器がカッコいいのは当たり前なので、今日は「自分用にいいソロを取っておけばいいものを他の人の作品に参加したら名演を残してしまった」というのを持って来ました(笑)。逆に言うと、主役のプレイヤーよりも脇役が目立ってしまった曲ということで。まずはハービー・ハンコックがゲスト参加したチック・コリアの「The Mad Hatter Rhapsody」という曲でのプレイ。ここではチックはシンセを、ハービーはエレピを弾いていて、チックの曲なのに、ハービーのロング・ソロがフィーチャーされてます。曲自体はどう聞いてもチックの曲なんですけど、そこでソロを取っているのはハービーだ(笑)という。アルバムの最大の聴き所でもあります。
■ギターがイカす曲
AOR:「Appaloosa」from 『Brother To Brother』Gino Vannelli
フュージョン:「What's Going On」from『Funk In A Mason Jar』Harvey Mason
中田:私にとってのAORとは、スタジオ・ミュージシャンが作ったクオリティの高いポップス、有能なプロデューサーの業とか。だから、ギター・ソロを考えて作るというのもポイントで、この曲のギタリストはカルロス・リオスというんですけど、多分この複雑な構成の曲を家に持って帰って宿題のようにソロを考えたんじゃないかと(笑)。そういう構築美が好きです。実は彼の初レコーディング作だったとか。
熊谷:ギターはフュージョンの花形楽器というところもありますので、元祖のひとりでもあるジョージ・ベンソン大先生のプレイを持って来ました。当時ベンソン・バンドのドラマーだったハービー・メイソンのアルバムで、ベンソン・バンドがそのままレコーディングに参加してるんです。このマーヴィン・ゲイの超名曲「ホワッツ・ゴーイング・オン」では、自分のソロ・アルバムよりも長く、ものすごく濃いソロを好きなだけ弾きまくって、最後はフェイドアウト(笑)。さらにオクターブ奏法に、もう1音プラスするという神業です。
■ベースがイカす曲
AOR:「99」from『Hydra』TOTO
フュージョン:「Dance With Me」from『Finger Paintings』Earl Klugh
中田:お馴染みの曲ですが、やはりデヴィッド・ハンゲイトが弾いてこそTOTOじゃないかと。このベースを選んだのはやはりタイトでファンキーなところです。マイク・ポーカロもいいんですけど…、あと、リー・スクラーもTOTOをサポートしていたときウネリがあってもよかったんですけど。この夏のツアーからTOTOにハンゲイトは復帰するので、楽しみです。好きなベーシストは?って聞かれると、間違いなくデヴィッド・ハンゲイトと答えます。他にもマーカス・ミラーとか素晴らしいプレイヤーはいますけど、AOR的には出過ぎないけど締めるところは締めるというのがツボです。
熊谷:フュージョンのベースはいろいろいますが、たったワン・フレーズだけがカッコいい曲を。ルイス・ジョンソン、かのブラザース・ジョンソンの片割れですが、アール・クルーが取り上げたオーリアンズの「ダンス・ウィズ・ミー」のサビの後半の一小節での彼のスラッピング(チョッパー)のプレイ。このおかげで曲がピシッと締まってるんです。ルイスは“スラッピングは俺が元祖だ”って言っているみたいです、一般的にはラリー・グラハムが始めたって言われてますが(笑)。
■ドラムスがイカす曲
AOR:「On The Boulevard」from『Mecca For Moderns』The Manhattan Transfer
フュージョン:「Rocks」from『The Brecker Brothers』The Brecker Brothers
中田:ドラムスはやはりスティーヴ・ガッドですね。ジェイ・グレイドンがプロデュースしたこのマンハッタン・トランスファーの『Mecca For Moderns』と、アル・ジャロウの81年の『Breakin' Away』に入っているトラックの何曲かはガッドのベスト演奏じゃないかと思います。AORっぽいということでいえばスティーリー・ダン『Aja』でのソロ・プレイもあるんですけど、今回持ってきたこの「On The Boulevard」の締まる感じを聞いていただきたいですね。やっぱりAORは“キメ”だというのがわかります。スネアの音とかノリの良さも完璧だなと。これはライナーノーツにも書いたんですけれど、アル・ジャロウのアルバムでチック・コリアの「スペイン」を取り上げたとき、最初のメンバーがチック・コリア本人、スタンリー・クラークのベースに、スティーヴ・ガッドのドラムで録ったのが、どうもジェイ・グレイドンは気に入らなかったらしく、チック・コリアとスタンリー・クラークをクビにして、別のメンバーで録ったそうなんです。そんなことができるのはジェイならではなんでしょうが、それでもガッドは残したということで。緻密に構築するAORならではなんでしょうけど、フュージョンも確かにスタジオ・ミュージシャンで凄腕の人がいいアルバムを作るというところは接点があるんですけど、ライブにおける違いというのはありますね。AORではレコーディング・メンバーがそのままライブに参加というのはなかなか難しいですから。
熊谷:意外と知られてないんですが、このブレッカー・ブラザーズのファースト・アルバムのドラマーはハービー・メイソンなんです。メイソンってこの曲のこのプレイが凄いとかはあまり語られない人なんですけど、この曲は凄いです。メイソンはリズムがジャストではなく、ちょっと後ろめに来る、この曲とハービー・ハンコックのアルバムに入っている「スライ」という曲が私にとってのメイソンの神プレイです。
■サックスがイカす曲
AOR:「Who's Right Who's Wrong」from『Future Street』Pages
フュージョン:「Starburst」from『Morning Dance』Spyro Gyra
中田:デヴィッド・サンボーンがマイケル・フランクスの「アントニオの歌」で素晴らしいソロを吹いているのもいいんですが、今回はマイケル・ブレッカーが吹いた「Who's Right Who's Wrong」を持って来ました。このイントロのサックスは絶対トム・スコットだろうと信じて疑わなかった曲、リチャード・ペイジとケニー・ロギンスの共作曲で、私にとっては究極のサックスです。メロディアスでアンサンブルを重視しつつソロがいい。フュージョンでのブレッカーはブリブリ吹くんですけど、AORではちょっと抑え気味で、やはり決められたところにきちんと吹く、構築美ですね。私の“究極のAOR10曲”中の第3位です。
熊谷:先ほどのジョージ・ベンソンと同様、他人の作品でいいソロをとってしまったという例ですが、AORで選ばれた同じマイケル・ブレッカーが意外なところで、スパイロ・ジャイラのアルバムで名演を残しているんです。朝起き抜けに聴くと気持ちがいいという、さわやかフュージョンの代名詞にもなっているスパイロ・ジャイラ。元来サックス奏者のジェイ・ベッケンスタインがリーダーのバンドなのに、他のサックス・プレイヤーを連れてきてそれをフィーチュアしたら、これがこともあろうに名演になってしまったという(笑)。こういう隠れた名ソロを見つけるのもフュージョンの楽しみですね。
■「これ知ってる?」(知られざる背景のある)曲
AOR:「The Ending」from『Knock The Walls Down』Steve Kipner
フュージョン:「はいからさんが通る」from 『Nanno Songless』Nanno L.A.Project
中田:この曲のギターは、私が考える、歌モノ、ポップスの中ではナンバー・ワンのギター・ソロ(ジェイ・グレイドン)ですが、さてこのとき一番活躍したのは、実はボーカルのスティーヴ・キプナーなんです(笑)。バックトラックに聞こえる“アー”って言うストリングのような音、キプナーが2日間ジェイに同じフレーズを歌わされたという。当時はテクノロジーとかが進歩してなかったこともあって、こういう人力でやったのがあるんですよ。
熊谷:これはもう“ネタ”です。90年代のバブルの頃から2000年代辺りまで、AOR系のアーティストが日本の楽曲を英語でカバーするというのがありましたけど、これはその一連の流れで、南野陽子の曲を西海岸の超一流セッション・ミュージシャンが演奏したというインスト・アルバム。ドラムがジェフ・ポーカロとカルロス・ヴェガ、ギターがマイケル・ランドゥ、ベースはマイク・ポーカロ…というメンバー。さぞTOTOとかエアプレイみたいな作品かと思いきや、見事に“歌のない歌謡曲”(笑)。ではブランドン・フィールズのサックスをフィーチュアした「はいからさんが通る」。今となってはなかなか珍しい作品です。
■アレンジ、コードワークがイカす曲
AOR:「Jojo」ftrom『Middle Man』Boz Scaggs
フュージョン:「Tell Me A Bedtime Story」from『Sounds…and Stuff Like That!!』Quincy Jones
中田:アレンジャーというと、私はデヴィッド・フォスター、ジェイ・グレイドン辺りにいってしまうんですが、1曲選んだときの気分ではこの曲、ボズ・スキャッグスの「Jojo」。アレンジとしてはシンコペーションやコードワークがカッコいいんです。1コーラス目と2コーラス目のつなぎとか、この時代のデヴィッド・フォスターは本当に冴えていたなと。先ほど、AORを印象づける楽器はエレピという話がありましたが、それに続くのはホーン・セクションなんじゃないかと。特にジェリー・ヘイ一派のホーンが鳴るとこれはもう快感ですよ。難しいことをやり過ぎずにカッコいい。これですね。
熊谷:これは発想とレコーディングの手法の勝利というタイプで、クインシー・ジョーンズのアルバムに収められた、ハービー・ハンコックの曲なんですが、この曲の凄さというのがあまり語られてないんです。実は、クインシーがまずハービーにピアノのアドリブ・ソロを延々弾かせて、それを全部譜面に書き起こさせて、それをストリングスが弾いてハービーのソロに重ねてるんです(笑)。聴いていると、最初ハービーのソロが出て来て、そこにストリングスが同じフレーズで被さってきて最後はハービーのソロが消えてストリングスだけになる。ところがそのフレーズはハービーのソロのフレーズ。何が凄いといってハービーの手癖とかもあるフレーズを、おそらく何十枚にもなるであろう譜面にしたのも凄いし、それを完璧に弾いたストリングスも凄い!で、それをやらせたクインシーも凄い。今ならプログラミングなんでしょうけど、それを人海戦術でやらせたんですから。恐ろしい世界です。
■最近のリリースでイカす曲
AOR:「Cure Kit」from『Scene29』JaR
フュージョン:「I Knew His Father」from『Rise In The Road』Yellowjackets
中田:何度も名前の出ているジェイ・グレイドンとランディ・グッドラムの頭文字を取ってJaR。最近といっても2008年の作品。で、これ、実は他の参加ミュージシャンはいないんです、ジェイのギターとランディのピアノ以外は全部打ち込み。それがいい悪いじゃなく、2000年以降の新しいAORを模索した、AORのニューストリームと捉えていいんじゃないかなと。イントロのアコースティック・ギターのグリッサンドもテクノロジーでやったそうです。
熊谷:大ベテランのイエロージャケッツですが、ベースのジミー・ハスリップがちょっと休業ということで、その代わりに入ったのが、ジャコ・パストリアスの息子のフェリックス・パストリアス。彼が参加した最新のアルバム『Rise In The Road』の中に、サックス・プレイヤーのボブ・ミンツァーの曲で「I Knew His Father」というのがあるんです。ボブはジャコ・パストリアス・バンドのメンバーだったわけで、そこでこの題名の曲なんで、私、グッときてしまいました。曲調もいかにもあの頃のジャコ・バンドの音です。で、フェリックス・パストリアスは…、これからの人です(笑)。これから育成される、ということで。
■イカす新人の曲
AOR:「BMPD」from『Clean Up The Business』Smooth Reunion
フュージョン:「We Go On」from『KIN』Pat Metheny Unity Group
中田:Smooth Reunionという、AORのニューストリームということでも取り上げたスウェーデンの20代の2人組なんですが、これがスティーリー・ダンそっくりで。もちろんセンスがいいのと、難しいスティーリー・ダンではなく、前中期のシンプルな音数でもドナルド・フェイゲンっぽさが出るというアノ感じです。ボーカルの声にも特徴があって、私の中ではおススメの新人です。スティーリー・ダンもまたツアーをやるようで、TOTOに入ったキース・カーロックが日本公演の後、参加するそうです。
熊谷:これから注目を集めるだろうというのが、ジュリオ・カルマッシという人で、パット・メセニーのユニティ・グループに参加しているマルチ・インストゥルメンタル・プレイヤーです。どの楽器も上手くて、このアルバムの音だけを聴いていると、本人がどれをやっているかわからない部分もあるんですけど、2013年、ウィル・リーとも来日していて、ウィルが彼を見つけてパットに紹介して入ったそうなんです。この人のことが気になった人はYouTubeで「First Circle」を検索してください。パット・メセニー・グループの同曲を独りで全部演ってる映像が上がってます。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」も歌から楽器すべて演ってますよ。
■AORとフュージョンの関連性を示す曲
AOR:「Eggplant」from『The Art Of Tea』Michael Franks
フュージョン:「We Are All Alone」from『Heads』Bob James
中田:1980年代初頭にアメリカでもAOR的な音が評価されていて、リー・リトナーが『リット』(81年)を出して、1982年にはハービー・ハンコックがジェイ・グレイドンをプロデューサーに迎えて自分で歌ってしまった『ライト・ミー・アップ』を出していて、その辺りでも良いとは思いますが、AORとフュージョンの関連性を語るならこの曲でいいんじゃないかなというのがマイケル・フランクスの「Eggplant」。彼にインタビューさせていただいたときに聞いた話で、最初ワーナー・ブラザース/リプリーズのオーディションがあった時、デモテープを作るお金がなかったので、直接アル・シュミットやトミー・リピューマらの前でギター1本で弾き語りをしたそうなんです。そこで合格をもらってレコーディングという際に、リピューマから“どんなミュージシャンと演りたいんだ?”と聞かれたので、“L.A.エクスプレスの誰々、クルセイダーズの誰々が好きで…”と話したら、その1、2時間後に“ブッキングしたから”という連絡が入ったそうなんです。ラリー・カールトンやジョー・サンプルなど凄いメンバーが入っています。マイケル・フランクスは日本だとAORの範疇で語られますけど、アメリカでは間違いなくジャズのアーティストという捉えられ方をしています。途中のジョー・サンプルのソロとかフュージョンって感じで、これが僕にとってのAORとフュージョンの関連性を語る曲になってます。
熊谷:私、「Eggplant」を説明するときに、“ジョー・サンプルとラリー・カールトンが歌の伴奏をやりながら掛け合いをやっている”ってよく言ってます。これは離れ業です。地味ですけどウィルトン・フェルダーというクルセイダーズのサックス奏者がベースを弾いてるんです。この人の歌伴の上手さ!といったら。
熊谷:AORのカバーをフュージョンでもいろんな人がやってまして、その中で面白いのを一曲。キーボード・プレイヤーのボブ・ジェームスがボズ・スキャッグスの大名曲「We Are All Alone」を明るくカバーしていて。普通はコッテコテな壮大なラブ・バラードに仕上げそうなイメージなんですが、ここではアップ・テンポでダンサブルなアレンジで、しかもテーマを弾いてるピアノはリチャード・ティーなんです。彼のピアノをフィーチュアするためにこういう風にしたんじゃないかと思うくらいのアレンジです。これもインストならではの面白さかなと。
◆ ◆ ◆
イベントは、楽曲を聞きながらエピソードを楽しむという流れで、あっという間に20曲を制覇。AOR、フュージョン共に探れば探るほど、掘れば掘るほど新しい側面を見せてくれるという、底の深さをまざまざと見せつける2時間だった。最後は、中田利樹と熊谷美広両者に今日の1枚ということで、ジャケットを持っての2ショット撮影。手にしているのは中田利樹『Clean Up The Business』Smooth Reunion、熊谷美広『Nanno Songless』Nanno L.A.Projectであった。
『ディスク・コレクション AOR』
監修■中田利樹
A5判/256頁/本体価格2,400円+税
ISBN : 978-4-401-63895-6
『ディスク・コレクション フュージョン』
監修■熊谷美広
A5判/288頁/本体価格2,500円+税
ISBN : 978-4-401-63867-3
◆<AOR vs Fusion 名曲・裏名曲十番勝負>画像
音楽好きが集まった、名曲・裏名曲十番勝負イベント、まずは「ピアノがイカす曲」からスタートだ。
■ピアノがイカす曲
AOR:「Glamour Profession」from『Gaucho』Steely Dan
フュージョン:「The Mad Hatter Rhapsody」from『The Mad Hatter』Chick Corea
中田:私の考える究極の「AOR」の中で第一位に挙げるのがこの曲。キーボードワークが一番カッコいいので選んだんですけど、私はAORにおいてはコードで入ってしまうんです。友人のミュージシャンでアレンジャー系の方もこの曲をAORのベストに挙げていて、同じような聴き方をされるんだなと思いました。ピアノがロブ・マウンジー、こういう使い方が僕の理想のAORですね。
熊谷:フュージョンというのは楽器がカッコいいのは当たり前なので、今日は「自分用にいいソロを取っておけばいいものを他の人の作品に参加したら名演を残してしまった」というのを持って来ました(笑)。逆に言うと、主役のプレイヤーよりも脇役が目立ってしまった曲ということで。まずはハービー・ハンコックがゲスト参加したチック・コリアの「The Mad Hatter Rhapsody」という曲でのプレイ。ここではチックはシンセを、ハービーはエレピを弾いていて、チックの曲なのに、ハービーのロング・ソロがフィーチャーされてます。曲自体はどう聞いてもチックの曲なんですけど、そこでソロを取っているのはハービーだ(笑)という。アルバムの最大の聴き所でもあります。
■ギターがイカす曲
AOR:「Appaloosa」from 『Brother To Brother』Gino Vannelli
フュージョン:「What's Going On」from『Funk In A Mason Jar』Harvey Mason
中田:私にとってのAORとは、スタジオ・ミュージシャンが作ったクオリティの高いポップス、有能なプロデューサーの業とか。だから、ギター・ソロを考えて作るというのもポイントで、この曲のギタリストはカルロス・リオスというんですけど、多分この複雑な構成の曲を家に持って帰って宿題のようにソロを考えたんじゃないかと(笑)。そういう構築美が好きです。実は彼の初レコーディング作だったとか。
熊谷:ギターはフュージョンの花形楽器というところもありますので、元祖のひとりでもあるジョージ・ベンソン大先生のプレイを持って来ました。当時ベンソン・バンドのドラマーだったハービー・メイソンのアルバムで、ベンソン・バンドがそのままレコーディングに参加してるんです。このマーヴィン・ゲイの超名曲「ホワッツ・ゴーイング・オン」では、自分のソロ・アルバムよりも長く、ものすごく濃いソロを好きなだけ弾きまくって、最後はフェイドアウト(笑)。さらにオクターブ奏法に、もう1音プラスするという神業です。
■ベースがイカす曲
AOR:「99」from『Hydra』TOTO
フュージョン:「Dance With Me」from『Finger Paintings』Earl Klugh
中田:お馴染みの曲ですが、やはりデヴィッド・ハンゲイトが弾いてこそTOTOじゃないかと。このベースを選んだのはやはりタイトでファンキーなところです。マイク・ポーカロもいいんですけど…、あと、リー・スクラーもTOTOをサポートしていたときウネリがあってもよかったんですけど。この夏のツアーからTOTOにハンゲイトは復帰するので、楽しみです。好きなベーシストは?って聞かれると、間違いなくデヴィッド・ハンゲイトと答えます。他にもマーカス・ミラーとか素晴らしいプレイヤーはいますけど、AOR的には出過ぎないけど締めるところは締めるというのがツボです。
▲「AOR」監修の中田利樹(左)と「FUSION」監修の熊谷美広(右) |
■ドラムスがイカす曲
AOR:「On The Boulevard」from『Mecca For Moderns』The Manhattan Transfer
フュージョン:「Rocks」from『The Brecker Brothers』The Brecker Brothers
中田:ドラムスはやはりスティーヴ・ガッドですね。ジェイ・グレイドンがプロデュースしたこのマンハッタン・トランスファーの『Mecca For Moderns』と、アル・ジャロウの81年の『Breakin' Away』に入っているトラックの何曲かはガッドのベスト演奏じゃないかと思います。AORっぽいということでいえばスティーリー・ダン『Aja』でのソロ・プレイもあるんですけど、今回持ってきたこの「On The Boulevard」の締まる感じを聞いていただきたいですね。やっぱりAORは“キメ”だというのがわかります。スネアの音とかノリの良さも完璧だなと。これはライナーノーツにも書いたんですけれど、アル・ジャロウのアルバムでチック・コリアの「スペイン」を取り上げたとき、最初のメンバーがチック・コリア本人、スタンリー・クラークのベースに、スティーヴ・ガッドのドラムで録ったのが、どうもジェイ・グレイドンは気に入らなかったらしく、チック・コリアとスタンリー・クラークをクビにして、別のメンバーで録ったそうなんです。そんなことができるのはジェイならではなんでしょうが、それでもガッドは残したということで。緻密に構築するAORならではなんでしょうけど、フュージョンも確かにスタジオ・ミュージシャンで凄腕の人がいいアルバムを作るというところは接点があるんですけど、ライブにおける違いというのはありますね。AORではレコーディング・メンバーがそのままライブに参加というのはなかなか難しいですから。
熊谷:意外と知られてないんですが、このブレッカー・ブラザーズのファースト・アルバムのドラマーはハービー・メイソンなんです。メイソンってこの曲のこのプレイが凄いとかはあまり語られない人なんですけど、この曲は凄いです。メイソンはリズムがジャストではなく、ちょっと後ろめに来る、この曲とハービー・ハンコックのアルバムに入っている「スライ」という曲が私にとってのメイソンの神プレイです。
■サックスがイカす曲
AOR:「Who's Right Who's Wrong」from『Future Street』Pages
フュージョン:「Starburst」from『Morning Dance』Spyro Gyra
中田:デヴィッド・サンボーンがマイケル・フランクスの「アントニオの歌」で素晴らしいソロを吹いているのもいいんですが、今回はマイケル・ブレッカーが吹いた「Who's Right Who's Wrong」を持って来ました。このイントロのサックスは絶対トム・スコットだろうと信じて疑わなかった曲、リチャード・ペイジとケニー・ロギンスの共作曲で、私にとっては究極のサックスです。メロディアスでアンサンブルを重視しつつソロがいい。フュージョンでのブレッカーはブリブリ吹くんですけど、AORではちょっと抑え気味で、やはり決められたところにきちんと吹く、構築美ですね。私の“究極のAOR10曲”中の第3位です。
熊谷:先ほどのジョージ・ベンソンと同様、他人の作品でいいソロをとってしまったという例ですが、AORで選ばれた同じマイケル・ブレッカーが意外なところで、スパイロ・ジャイラのアルバムで名演を残しているんです。朝起き抜けに聴くと気持ちがいいという、さわやかフュージョンの代名詞にもなっているスパイロ・ジャイラ。元来サックス奏者のジェイ・ベッケンスタインがリーダーのバンドなのに、他のサックス・プレイヤーを連れてきてそれをフィーチュアしたら、これがこともあろうに名演になってしまったという(笑)。こういう隠れた名ソロを見つけるのもフュージョンの楽しみですね。
■「これ知ってる?」(知られざる背景のある)曲
AOR:「The Ending」from『Knock The Walls Down』Steve Kipner
フュージョン:「はいからさんが通る」from 『Nanno Songless』Nanno L.A.Project
▲中田利樹 |
熊谷:これはもう“ネタ”です。90年代のバブルの頃から2000年代辺りまで、AOR系のアーティストが日本の楽曲を英語でカバーするというのがありましたけど、これはその一連の流れで、南野陽子の曲を西海岸の超一流セッション・ミュージシャンが演奏したというインスト・アルバム。ドラムがジェフ・ポーカロとカルロス・ヴェガ、ギターがマイケル・ランドゥ、ベースはマイク・ポーカロ…というメンバー。さぞTOTOとかエアプレイみたいな作品かと思いきや、見事に“歌のない歌謡曲”(笑)。ではブランドン・フィールズのサックスをフィーチュアした「はいからさんが通る」。今となってはなかなか珍しい作品です。
■アレンジ、コードワークがイカす曲
AOR:「Jojo」ftrom『Middle Man』Boz Scaggs
フュージョン:「Tell Me A Bedtime Story」from『Sounds…and Stuff Like That!!』Quincy Jones
中田:アレンジャーというと、私はデヴィッド・フォスター、ジェイ・グレイドン辺りにいってしまうんですが、1曲選んだときの気分ではこの曲、ボズ・スキャッグスの「Jojo」。アレンジとしてはシンコペーションやコードワークがカッコいいんです。1コーラス目と2コーラス目のつなぎとか、この時代のデヴィッド・フォスターは本当に冴えていたなと。先ほど、AORを印象づける楽器はエレピという話がありましたが、それに続くのはホーン・セクションなんじゃないかと。特にジェリー・ヘイ一派のホーンが鳴るとこれはもう快感ですよ。難しいことをやり過ぎずにカッコいい。これですね。
▲熊谷美広 |
■最近のリリースでイカす曲
AOR:「Cure Kit」from『Scene29』JaR
フュージョン:「I Knew His Father」from『Rise In The Road』Yellowjackets
中田:何度も名前の出ているジェイ・グレイドンとランディ・グッドラムの頭文字を取ってJaR。最近といっても2008年の作品。で、これ、実は他の参加ミュージシャンはいないんです、ジェイのギターとランディのピアノ以外は全部打ち込み。それがいい悪いじゃなく、2000年以降の新しいAORを模索した、AORのニューストリームと捉えていいんじゃないかなと。イントロのアコースティック・ギターのグリッサンドもテクノロジーでやったそうです。
熊谷:大ベテランのイエロージャケッツですが、ベースのジミー・ハスリップがちょっと休業ということで、その代わりに入ったのが、ジャコ・パストリアスの息子のフェリックス・パストリアス。彼が参加した最新のアルバム『Rise In The Road』の中に、サックス・プレイヤーのボブ・ミンツァーの曲で「I Knew His Father」というのがあるんです。ボブはジャコ・パストリアス・バンドのメンバーだったわけで、そこでこの題名の曲なんで、私、グッときてしまいました。曲調もいかにもあの頃のジャコ・バンドの音です。で、フェリックス・パストリアスは…、これからの人です(笑)。これから育成される、ということで。
■イカす新人の曲
AOR:「BMPD」from『Clean Up The Business』Smooth Reunion
フュージョン:「We Go On」from『KIN』Pat Metheny Unity Group
中田:Smooth Reunionという、AORのニューストリームということでも取り上げたスウェーデンの20代の2人組なんですが、これがスティーリー・ダンそっくりで。もちろんセンスがいいのと、難しいスティーリー・ダンではなく、前中期のシンプルな音数でもドナルド・フェイゲンっぽさが出るというアノ感じです。ボーカルの声にも特徴があって、私の中ではおススメの新人です。スティーリー・ダンもまたツアーをやるようで、TOTOに入ったキース・カーロックが日本公演の後、参加するそうです。
熊谷:これから注目を集めるだろうというのが、ジュリオ・カルマッシという人で、パット・メセニーのユニティ・グループに参加しているマルチ・インストゥルメンタル・プレイヤーです。どの楽器も上手くて、このアルバムの音だけを聴いていると、本人がどれをやっているかわからない部分もあるんですけど、2013年、ウィル・リーとも来日していて、ウィルが彼を見つけてパットに紹介して入ったそうなんです。この人のことが気になった人はYouTubeで「First Circle」を検索してください。パット・メセニー・グループの同曲を独りで全部演ってる映像が上がってます。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」も歌から楽器すべて演ってますよ。
■AORとフュージョンの関連性を示す曲
AOR:「Eggplant」from『The Art Of Tea』Michael Franks
フュージョン:「We Are All Alone」from『Heads』Bob James
中田:1980年代初頭にアメリカでもAOR的な音が評価されていて、リー・リトナーが『リット』(81年)を出して、1982年にはハービー・ハンコックがジェイ・グレイドンをプロデューサーに迎えて自分で歌ってしまった『ライト・ミー・アップ』を出していて、その辺りでも良いとは思いますが、AORとフュージョンの関連性を語るならこの曲でいいんじゃないかなというのがマイケル・フランクスの「Eggplant」。彼にインタビューさせていただいたときに聞いた話で、最初ワーナー・ブラザース/リプリーズのオーディションがあった時、デモテープを作るお金がなかったので、直接アル・シュミットやトミー・リピューマらの前でギター1本で弾き語りをしたそうなんです。そこで合格をもらってレコーディングという際に、リピューマから“どんなミュージシャンと演りたいんだ?”と聞かれたので、“L.A.エクスプレスの誰々、クルセイダーズの誰々が好きで…”と話したら、その1、2時間後に“ブッキングしたから”という連絡が入ったそうなんです。ラリー・カールトンやジョー・サンプルなど凄いメンバーが入っています。マイケル・フランクスは日本だとAORの範疇で語られますけど、アメリカでは間違いなくジャズのアーティストという捉えられ方をしています。途中のジョー・サンプルのソロとかフュージョンって感じで、これが僕にとってのAORとフュージョンの関連性を語る曲になってます。
熊谷:私、「Eggplant」を説明するときに、“ジョー・サンプルとラリー・カールトンが歌の伴奏をやりながら掛け合いをやっている”ってよく言ってます。これは離れ業です。地味ですけどウィルトン・フェルダーというクルセイダーズのサックス奏者がベースを弾いてるんです。この人の歌伴の上手さ!といったら。
熊谷:AORのカバーをフュージョンでもいろんな人がやってまして、その中で面白いのを一曲。キーボード・プレイヤーのボブ・ジェームスがボズ・スキャッグスの大名曲「We Are All Alone」を明るくカバーしていて。普通はコッテコテな壮大なラブ・バラードに仕上げそうなイメージなんですが、ここではアップ・テンポでダンサブルなアレンジで、しかもテーマを弾いてるピアノはリチャード・ティーなんです。彼のピアノをフィーチュアするためにこういう風にしたんじゃないかと思うくらいのアレンジです。これもインストならではの面白さかなと。
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▲中田利樹は『Clean Up The Business』Smooth Reunionを、熊谷美広は『Nanno Songless』Nanno L.A.Projectを手にしてパチリ。 |
『ディスク・コレクション AOR』
監修■中田利樹
A5判/256頁/本体価格2,400円+税
ISBN : 978-4-401-63895-6
『ディスク・コレクション フュージョン』
監修■熊谷美広
A5判/288頁/本体価格2,500円+税
ISBN : 978-4-401-63867-3
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