【インタビュー】佐野元春、ロック・ドキュメンタリー映画『Film No Damage』のすべてを30年後の自身が語る
■あと5年たち、10年たち、その先のジャーナリストが振り返った時に
■このフィルムの文化的な価値を発見してくれるかなという思いもあります
──これはぜひ、いろんな世代に見てもらいたい作品です。
佐野:一つジャーナリスティックな視点で見てみると、日本の80年代前半の空気感がここに映っていると僕は思うんですよ。当時のニュー・キッズたちが音楽に何を求めていたのかということが、ちょっとうかがい知れるような。僕は振り返って思うんですけども、1980年代前半から中盤は、戦後の日本というコンテキスト(文脈)で見ると、一番幸福だった時代じゃないか?と思うんですね。復興から立ち上がって、十分な経済力を持って、人々が“夢”“希望”“いつかきっと”という言葉を額面通りに受け取れる時代だったように僕は思う。これが80年代中盤を過ぎると、バブル経済で日本は混乱の中に入って、それが今でもずっとつながってることになるんだけども、それを思えば、70年代があけて80年代の中盤は、非常に幸福な時代だったのかなという気がする。その中で作られたのがアルバム『SOMEDAY』であり、「Rock&Roll Night」「スターダスト・キッズ」「ダウンタウン・ボーイ」、ああした曲だったんだなという振り返りがあります。まさにこの『Film No Damage』は、そのど真ん中で制作されたフィルムということで、そうした視点で見ると、もうあと5年たち、10年たち、その先のジャーナリストが振り返った時に、このフィルムの文化的な価値を発見してくれるかなという思いもあります。非常に貴重な瞬間だと思います。
──あらためて映画館で見たいと思います。これは大音響で聴きたいので。
佐野:音もすごく良くなっています。全部ミックスダウンし直しましたから。当時は24チャンネルのアナログで録音してる。何と言ってもやっぱりテープ・サウンドで、アナログの状態もしっかりしてますから。アルバム『SOMEDAY』の時にはレコーディング・アシスタントをやってくれていた坂元達也さん、のちに90年代の僕のレコードのエンジニアリングをしてくれる彼が、今回音の監修をしてくれた。マルチからあらためてミックスし直して、5.1chのサウンドを蘇らせてくれた。そうした、僕の80年代に理解のあるスタッフがここに関わってくれたことも、大事なポイントかなと思いますね。
──今後のトピックとして、11月にアルバム『SOMEDAY』完全再現ライヴという、ファンにとってはたまらないビッグ・イベントもあります。これはどういう経緯で実現することになったんですか?
佐野:こういう企画があるんだけどやってみないか?という話がありまして。そういえばアルバム1枚丸ごと、同じ曲順でやるのはありそうでなかったなと。欧米ではたとえばPhishがビートルズの『ホワイト・アルバム』を丸ごとやって話題になったり、あるいはヴァン・モリソンが過去のアルバムをそのまま再現したり。当時そうしたアルバムと共振した世代との、良い意味でのノスタルジーを喚起するライヴ・パフォーマンスですね。日本でもそろそろそれができる時代だなと思うし、主催者によれば、この“名盤ライブ”というものをできればシリーズにしていきたい。その第一号で『SOMEDAY』をやってくれないか?と言われて、“面白い。やろう”という話になった。これが成り行きです。そしてアルバム『SOMEDAY』と同じアレンジでやるために、当時のバンドThe Heartlandのメンバーを何人か呼び、その後の僕のバンドであるThe Hobo King Bandからも何人か呼び、僕の音楽をティーンエイジャーの頃に聴いていてくれた人にバッキング・コーラスで参加してもらい、まさに佐野元春サウンド・オールスターズというようなバンドをブックできた。それもすごい楽しみの一つだよね。今までライヴで披露してこなかった曲も初めてやりますし。「真夜中に清めて」とか、「麗しのドンナ・アンナ」はオリジナル・アレンジでやるのは初めて。「ダウンタウン・ボーイ」も、シングル盤のアレンジで最近はやってるんだけども、アルバム『SOMEDAY』に収録されたリッチなアレンジのほうは一回もやったことないですから。これも僕自身が楽しみです。
──振り返ることと、前に進むことが、良い意味で共存しているように見えます。今の佐野元春の活動は。
佐野:まさにその通り。だからこれがただのノスタルジーで、“ああ、懐かしいね”で終わったら、僕はなんだか淋しい。じゃなくて、過去僕たちはどこに立っていたんだろう? 僕たちは今どこに立っているんだろう? そしてこれからどこへ向かうんだろう?という、そういうベクトルが見えてくるライヴになったら最高だと思うよね。たとえばブライアン・ウィルソンが『SMILE』という名盤を作って、その再現ライヴを国際フォーラムでやろうという話になったら、それは見に行きたいし聴きに行きたい。歴史のある一瞬に立ち会うようなワクワク感がありますよね。僕は、そんな感じを持ってます。
──最後の質問です。僕が6年前に佐野さんにお会いした時に、最後に「今は人生の中でどんな時期ですか?」と尋ねたら、佐野さんは「僕は、人生の中でも何度目かの思春期を迎えているんだ」と言ってくれました。その言葉にシビレたんですが、また同じ質問をさせてください。今は、どんな時期ですか?
佐野:思春期続行中です(笑)。
──素晴らしいです!(笑)
佐野:こういう気持ちがどこから来るのか、不思議だけどね。プライベート・ライフにおいても、ソングライティングや音楽活動においても。この『Film No Damage』の時代には確かに、強い声があったり、有り余る思いがあったりして、これはこれで価値があると思う。どんな人でもたぶんそれぞれのライフ・ステージにおいて、それなりの輝きがあると思うんですね。この時の自分は27歳で、今の自分は57歳。年齢でいうとかなり隔たりはあるんだけども、“思い”というところで切っていくと、たいして変わらないなというのを感じますよね。あの頃も思春期で、今も思春期。そういう発見ができるというのは、ハッピーなことです。で、正直に言うと、昔の声よりも、今の声のほうが好き。昔の声は強すぎる。リリックの繊細な意味が、過剰な声によって、少し後ろに行ってる。確かに僕は、声の強さはあの当時よりは少し弱くなってるけども、今はリリックの意味が前に出る声になってきた。だからすごくコントロールして歌える。正直に言って、あの当時は頑張った、OK。ラウドな声出してロックンロールだけども、表現者の視点から言うと、今の声のほうがずっと自分の詞を相手に伝えられる。そういう声になったなと思っています。
──その声で歌う『SOMEDAY』を楽しみにしています。
佐野:ありがとう。ぜひ来てください。
取材・文●宮本英夫
佐野元春『Film No Damage』
2013年9月7日(土)全国ロードショー
[2013/日本/71 分/カラー/5.1ch]
撮影・監督:井出情児
音響監修:坂元達也
製作・配給:ソニー“Livespire”(ソニーPCL 株式会社)
企画:株式会社ソニー・ミュージックダイレクト
制作協力:株式会社エムズファクトリー音楽出版
(C) 1983 Epic Records Japan Inc.
◆佐野元春 オフィシャルサイト
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