【ライブレポート】佐野元春 & THE COYOTE BAND 、今の佐野元春を駆り立てる“あの頃の佐野元春”

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「僕とバンド、パワーアップしてきました。たくさん演奏するんで、楽しんでいってください」。これが、育ち盛りの若手バンドマンによる言葉ならまだわかる。しかし困ったことに、あの佐野元春が、最新ライブツアーのステージ上でさらりと口にした言葉なのである。<2024年初夏、Zepp Tourで逢いましょう>ツアーの追加公演。ツアー本公演は全国のZepp7会場で8公演が行われ、追加公演はKT Zepp Yokohamaで再度スケジュールされた。前述の言葉に偽りなくバイタリティに満ち、またチャレンジングな内容でもあったステージの模様を、あらためて振り返ってみたい。

THE COYOTE BANDの面々(深沼元昭/G、藤田顯/G、高桑圭/B、渡辺シュンスケ/Key、小松シゲル/Dr)が位置につき、佐野元春がひときわ大きな喝采に包まれながら姿を見せる。フロアから高らかな指笛も鳴り響く、その熱くもフレンドリーな距離感は、さすがライブハウス、さすがZeppツアーといったところだろう。フロアには椅子が並べられた、いわゆる座席制ライブの体裁にはなっていたけれども、開演と同時にオーディエンスは総立ちになり、目に見える範囲ではそのままバンドと共に約2時間を駆け抜けてしまった。

序盤から、メンバー個々のフレーズがパキッと立った演奏が織り成す、鮮やかなアンサンブルに惚れ惚れとさせられる。それぞれがシーンの第一線で活躍し、バンド結成(きっかけは佐野が、深沼、高桑、小松を迎えたレコーディング・セッションであった)から間もなく20周年を迎えようとしているものの、ただ盤石の演奏を鳴り響かせるわけではない。反復するグルーヴの中から、今にも情感がはみ出しそうなダイナミズムを描き出している。

2曲目には、ツアー開始に先駆けてデジタルリリースされた「ヤングブラッズ(New Recording 2024 ver.)」が披露される。「佐野元春クラシックスの再定義」というコピーと共に届けられたその曲は、オリジナル・バージョンのニュアンスを踏襲しつつ、キーも歌詞の一部も大胆に変貌した、佐野元春 & THE COYOTE BANDによる最新の記録だ。続いては、軽やかなモータウンビートに佐野元春がタンバリンを振るいながら歌うあの曲が。彼が履きこなすパンツと同じくらいタイトにクリスピーな節回しを決めてゆく「ジュジュ(New Recording 2024 ver.)」である。

ここでギョッとした人は少なくないだろう。かくいう僕も、ライブレポート執筆にあたって送られてきたセットリストを目の当たりにし、仰天した。この曲も最新バージョンが既にレコーディングされているのか? 何しろ今回のライブツアーではこんなふうに、序盤から「佐野元春クラシックスの再定義」が次々と飛び出し、オーディエンスを狂喜の渦に叩き込んでしまうのである。



とりわけ驚かされたのは、藤田による幽玄のギターイントロに導かれた「欲望(New Recording 2024 ver.)」だ。『Dance Expression of The Circle』に収録されていたリミックス「欲望(Rescue Version)」を、THE COYOTE BANDがあらためて解釈し直したかのような、人力アシッド・ハウスとでも呼ぶべきサウンドが完成している。頭上にはミラーボールが煌めき、歌に込めた情熱とダンスの陶酔感が溶け合ってゆく。さらに「インディビジュアリスト(New Recording 2024 ver.)」に至っては、すわ人力ディスコ・ダブかという斬新なリアレンジで、オリジナル・バージョンとも、THE COYOTE BANDが長らく参照してきた「インディビジュアリスト - H.K.B.session」とも、まるで異なっている。

そして「世界は慈悲を待っている」以降は一転、佐野元春とTHE COYOTE BANDが生み出してきたレパートリーが届けられていった。ジャケットを脱ぎながら「みんないい感じ? 一緒に踊ろう、「愛が分母」!」と力強く呼びかけ、踊るようにジェスチャーを交えてバイタリティを漲らせてゆく佐野である。

未来という神秘を前に、フューチャリスティックなサウンド表現として堂々ロックする「銀の月」。アルバム曲でありながら、ヒット・シングルになっていてもおかしくない芯の強いメロディが際立つ「クロエ」。「みんなまだ大丈夫? ブチ上がっていこう、エンタ、エンタ、エンタ、エンタ、「エンタテイメント!」」と、楽しそうにオーディエンスに挑みかかったりもする。際限なくヒートアップしてゆく「La Vita è Bella」では、ステージ後列にどっしりと構えていた高桑までもが最前線に躍り出てくるほどだ。

共に生きる時代を鋭く批評しつつ、あるときは人々を優しく鼓舞し、またあるときは目一杯挑発してみせる佐野元春の表現。だからこそ「今」の熱狂にフォーカスすることができる。自分よりも若い世代のミュージシャンと対話を重ねながら築き上げてきたTHE COYOTE BANDとのキャリアは、『今、何処』という直近の傑作を経てなお、すでに次なる扉を開けて先に進もうとしている。ライブ本編の最後、あらためてのメンバー紹介を交えた「禅ビート」で深沼が猛烈なラストスパートのギターソロを弾き倒しているとき、佐野は深沼の額に触れ「アチチチ!」とコミカルな素振りを見せた。一方通行の啓蒙や継承ではない、何かを企てる少年同士のような関係が、そこには見て取れたのだ。



アンコールに応えてなお、渡辺の雄弁なピアノ演奏から飛び込んでゆく「ヴァニティ・ファクトリー」をはじめ、バンドとオーディエンスの熱は衰えることを知らない。「今から80年代の曲をやる。でもそれは、懐かしむためにやるんじゃなくて……まあちょっとは懐かしいけど(笑)、今を楽しむためにやるんだ!」と告げ、BPMの速い「悲しきレイディオ」が盛大な合唱を巻き起こすのだった。今の佐野元春を駆り立て、今の佐野元春が立ち向かおうとしているのは、「あの頃の佐野元春」である。

スタンドマイクから身を離してオーディエンスに歌を丸投げしてしまうデビュー曲「アンジェリーナ」で、今回のステージは万感のクライマックスを迎えた。来たる2025年は、デビュー45周年、THE COYOTE BANDの結成20周年というダブル・アニバーサリーに当たる。「来年のアニバーサリー・ツアーは僕らにとって最大のホールツアーにしたいと思いますので、そのときはぜひ、友達や家族を誘って遊びにきてください」と、佐野元春はライブの疲れなど微塵も見せることなく、笑顔で呼びかけるのだった。

文◎小池宏和
写真◎アライテツヤ

佐野元春 & ザ・コヨーテバンド<2024年初夏、Zepp Tourで逢いましょう>

2024年8月1日(木)KT Zepp Yokohama
1.君をさがしている(New Recording 2024 ver.)
2.ヤングブラッズ(New Recording 2024 ver.)
3.ジュジュ(New Recording 2024 ver.)
4.誰かが君のドアを叩いている(New Recording 2024 ver.)
5.欲望(New Recording 2024 ver.)
6.インディビジュアリスト(New Recording 2024 ver.)
7.世界は慈悲を待っている
8.愛が分母
9.銀の月
10.クロエ
11.純恋
12.エンタテイメント!
13.La Vita è Bella
14.東京スカイライン
15.エデンの海
16.水のように
17.大人のくせに
18.明日の誓い
19.禅ビート
ENCORE;
EN1.ヴァニティ・ファクトリー
EN2.悲しきレイディオ
EN3.ダウンタウン・ボーイ
EN3.アンジェリーナ
佐野元春 & THE COYOTE BAND;
Guitar, Vocal:佐野元春 | Drums:小松シゲル | Guitars:深沼元昭, 藤田顕 | Bass:高桑圭 | Keys:渡辺シュンスケ

◆公式ウェブサイト「MWS」
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