【ライブレポート】佐野元春、ポップミュージックの愉悦と芸術性を同時に体験できる圧巻のステージ

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2023年6月からスタートした佐野元春 & ザ・コヨーテ・バンドの全国ツアー<今、何処TOUR 2023>。今回のツアーは、新たな名盤と称される最新アルバム『今、何処(WHERE ARE YOU NOW)』を中心に、演奏、音響、映像、照明、リリックなどを融合したポップ・アート・ショーとして開催された。9月3日(日)に行われた東京公演(東京国際フォーラム ホールA)でも、ポップミュージックの愉悦と芸術性を同時に体験できる、圧巻のステージを繰り広げた。

国際フォーラムでの公演は、35周年アニバーサリー・ツアー以来、7年半ぶり。チケットは瞬く間にソールドアウトとなり、客席は幅広い年齢層のオーディエンスで埋め尽くされた。



アルバム『今、何処』のアートワークが掲げられたステージが暗転し、「今」「何処」の文字がスクリーンに映し出される。続いてバンドメンバー(小松シゲル/Dr、深沼元昭/G、藤田顕/G、高桑圭/B、渡辺シュンスケ/Key)と佐野がステージに登場した瞬間、大きな歓声が巻き起こった。マスク着用、声出し禁止などのコロナによる制限が解かれて初のツアーとあり、観客のテンションも冒頭から最高潮だ。

ライブの1曲目に選ばれたのは「さよならメランコリア」。砂漠の映像をバックに佐野はキーボードを演奏し、〈あきらめず探しに行こう/そう、ぶち上げろ魂〉というフレーズを歌い上げる。スタイリッシュであると同時に、溢れんばかりのエモーションをたたえたバンドサウンドも素晴らしい。


この後もアルバム『今、何処』の楽曲が次々と、しかもアルバムの収録順通りに披露された。演奏と映像のコラボレーションも今回のツアーの大きなポイントだ。疾走感に溢れたロックチューン「銀の月」では、月、宇宙、ギターを弾く宇宙飛行士をモチーフにした映像、そして、“Jump into the metaverse”というワードが映され、楽曲のイメージを増幅させた。

〈彼女が恋をしている瞬間〉を描いた「クロエ」は、佐野が愛犬を乗せてドライブしている映像を挿入。鋭利なギターリフに導かれた「植民地の夜」ではリリックを映し出し、言葉とビートの相乗効果を演出してみせた。これらの映像は今回のツアーのために制作され、ライブを重ねながらブラッシュアップされたという。アルバム「今、何処」をステージでどう表現するか?というテーマに取り組み、それを高いレベルで実現させる。それこそが今回のツアーの意義だったと言えるだろう。


「ステージから見ても、みんなとてもいい感じ。いつものライブが戻ってきました。楽しくいこう」という言葉に導かれた「エンタテイメント!」(アルバム『ENTERTAINMENT!』/2022年)からは、佐野元春&ザ・コヨーテ・バンドの様々な時期の楽曲をプレイ。

「愛が分母」(アルバム『ENTERTAINMENT!』)、「ポーラスタア」(アルバム『ZOOEY』/2013年)、「La Vita e Bella」(アルバム『ZOOEY』)ではバンドと観客が一体となり、心地よい高揚感へとつながった。確実に深みを増しながらも、新鮮な衝動を失うことのないザ・コヨーテ・バンドの演奏もさらにヒートアップ。活動開始から18年が経つが、このバンドのクリエイティビティは今も向上し続けている。



「みんな一緒にロックしよう」というコールから始まった「純恋(すみれ)」(アルバム『MANIJU』/2017年)では、男性舞踏家のコンテンポラリーダンスと佐野のパフォーマンスをスクリーンに投影。〈二人を分かつその日まで/私たちはずっと共にいる〉というラインが胸を打つ「詩人の恋」(アルバム『ZOOEY』)では歌詞が縦書きで映し出され、最後は美しいモノクロの花の映像へ。会場全体を使ったパフォーミング・アートにすべての観客が魅せられていった。

後半は再びアルバム『今、何処』の世界が表現された。白い閃光をテーマにしたムービーとともに放たれた「エデンの海」から、〈より良い明日へと歩いてゆく〉という決意を込めた「明日の誓い」まで。世界中を覆ったパンデミックを超え、次のフェーズへと向かうポジティブなヴァイブスを備えたアルバムの魅力をダイレクトに体感できるシーンが続いた。



本編のラストは、「優しい闇」(アルバム『BLOOD MOON』/2015年)。すべては変わってしまい、切実な状況が続いている。それでも〈この心 どんなときも 君を想っていた〉と歌い続ける…詩情豊かな歌が会場中に響き渡る瞬間は、オーディエンスひとりひとりの胸に強く刻まれたはずだ。

鳴り止まない拍手と歓声に導かれ、再び佐野とバンドメンバーがステージに登場。最初のアンコールで披露されたのは「約束の橋」(アルバム『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』/1989年)、そして「スウィート16」(アルバム『Sweet16』/1992年)。どちらも30年以上前に発表された楽曲だが、サウンドデザイン、歌詞のメッセージ性を含め、今も輝きを放ち続けている。佐野はこれまでのインタビューのなかで「コンサートではいろいろな時代の曲を演奏しますが、懐かしむために演奏しているわけではない。僕は今を生き抜くために、今の音楽をやっているんです」と語ってきたが、その根底にはあるのはもちろん、楽曲の普遍性に対する強い確信。ノスタルジアを超え、常に“今”の表現を突き詰めるスタンスもまた、彼の大きな魅力だ。

2度目のアンコールで佐野は、こう語った。

「僕らは今、大滝詠一もPANTAも清志郎も坂本龍一もいない時代に生きている。彼らの新しい音楽は聴けないことはすごく寂しいです。でも僕はまだ、こうして続いている。彼らが遺してくれたものを忘れないように。よかったら次の曲、一緒に歌ってください」──佐野元春



この日、もっとも大きな歓声のなかで披露されたのは、「サムデイ」(アルバム『SOMEDAY』/1982年)。何度も何度も聴き返してきた名曲がステージの上で、新たな感動を呼び起こす。そして1980年のデビューシングル「アンジェリーナ」へ。〈今夜も愛をさがして〉の大合唱が巻き起こり、ライブはエンディングへと向かった。

アルバム『今、何処』を中心に、奥深さとダイナミズムを併せ持ったステージを見せてくれた佐野元春。彼の音楽とパフォーマンスは今も前進を続けている。そのことを強く実感できたこともまた、今回のツアーの大きな収穫だったと思う。次のアクションにも大いに期待したい。



文◎森朋之
写真◎アライテツヤ

佐野元春 & THE COYOTE BAND<今、何処TOUR 2023>

2023年9月9日(土)沖縄県 ミュージックタウン音市場
2023年9月19日(火)岡山県 岡山市民会館
2023年10月10日(火)北海道 Zepp Sapporo


◆佐野元春オフィシャルサイト
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