【D.W.ニコルズ・健太の『だからオリ盤が好き!』】 第3回 「6枚の『南十字星』」

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D.W.ニコルズの鈴木健太です。

今回語りたいのは、僕の大大大好きなTHE BANDの、1975年発表の作品『Northern Lights - Southern Cross』。邦題は『南十字星』。僕は基本的に邦題では呼びませんが、今回は表記の都合上、以後『南十字星』と呼ぶことにします。


『南十字星』は、'75年という比較的新しい年代のアルバムでもあるせいか、オリジナル盤でも安価で手に入れやすく(ここ1年くらいあまり見かけない上に値段もやや上がっているように思われますが…)、僕が最初に手に入れたTHE BANDのオリジナル盤でもあります。しかし、納得のいく“いい音”に辿り着くまでには色々あり、その結果、僕の手元にはたくさんの『南十字星』があるのです。

最初に買った『南十字星』のレコードは国内盤(1枚目)。ずっと聴いてきた『南十字星』のCDの音が悪くてペラッペラだったのでレコードで聴きたいと思い、オリ盤も何も知らない頃に買ったものです。そして第一回の連載でも語ったようにオリ盤というものを知ってから、USオリジナル盤(2枚目)を手に入れました。

この時期のキャピトルのレコードは、オレンジ地に金のcapitolロゴの入った“オレンジ・キャピトル”と呼ばれるレーベル(レコード盤中央のラベル)がオリジナルで、このデザイン自体は1972年から1978年頃に使われていました。途中でリム(※ 注1)の表記のみが変わりますが、『南十字星』はリム表記変更後のリリースなので、この写真のレーベルがオリジナルとされています。

僕は、初めて手に入れたTHE BANDのオリ盤に感激し、国内盤よりもずっと深みのある音に十分満足していました。しかし、THE BANDの初期から中期作品のオリ盤も手に入れて聴いていくと、次第にその『南十字星』の音に疑問を持つようになっていきました。というのも、初期~中期作品のオリ盤が、僕が持っている『南十字星』のオリ盤よりもずっと音がよく感じられたからです。音の温かみや迫力、音の太さなどは比べ物にならないほどで、作品ごとの音作りに対するコンセプトもはっきりとうかがえます。それらと比べてしまうと、この『南十字星』のオリ盤は、膜がかかったような、気の抜けたような音に思えてならないのです。もしかしたら、盤質があまりよくないせいかもしれないと思い、盤質のいいものを探してもう1枚(3枚目)買ってみましたが、それもまったく同じような音でした。

1970年代中期になるとTHE BANDの内部はボロボロで崩壊寸前だったと言われています。また、'70年代中期以降のレコードは、オイル・ショックの影響でレコードの材質自体の質が落ちたために、音質も落ちたと言われています。だから『南十字星』はオリ盤でもこの程度の音なのかもしれない、と最初は思いました。

…が、しかし。

それらの影響があったとしても、どうしても納得がいかなかったのです。THE BANDというバンドは、レコーディングの度に録音方法に工夫を凝らし、コンセプトを掲げて個性ある音作りを続けてきたバンド。どんな状況だろうと、せめてもう一歩、グッとくる音作りをしているはずだ。

そこで、『南十字星』には、もっと音のよい“本当の”オリジナル盤があるのではないかと思ったのです。

何が“本当の”なのかなんて皆目見当もつきませんでしたが、おそらく、マトリクス(※ 注2)が早いだけではそこまで音は違わないだろうと思いました。したがって探すのは見るからにプレスが違うような『南十字星』。レコード屋に行ったらまず「THE BAND」もしくは「B」のインデックスから漁る。『南十字星』を見つけたら即、検盤(※ 注3)。ツアー先でもどこでも、あるかどうかもわからないその“本物の”『南十字星』を手探りで探す日々が続きました。

そしてある日、ついに僕は出会ったのです。ジャケット、インナーはまったく同じでも、盤が違う『南十字星』に!

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(※ 注1)リム…レーベルの外周部分のこと。製造者やレコード会社の所在地などが細かい字で記載されている。

(※ 注2)マトリクス…マトリクス番号、マトリクス記号。マト、マト番とも言う。盤面の、最もレーベルに近い、音の刻まれていない送り溝部分に手書きもしくは機械打刻で刻まれた、アルファベットと数字によるやっかいな文字列。その盤のプレスの早さを読み取ることが可能だったりもする。ただしこれらはあくまでも俗称。ここでは最も一般的と思われる「マトリクス」という呼び方をしておく。マトリクスが早い=プレスが早い、ということ。

(※ 注3)検盤…レコード屋で、ジャケットから盤を出して見せてもらうこと。見るだけ見て買わないと店員に嫌な顔をされることも多々ある。でもめげずに買う際には必ず行ないましょう。
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