平岡恵子、8年振りのオリジナル・アルバム『25』を赤裸々に語る【後編】

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■そこに隙間があることで、また音が始まった時にキュンとなる

――アルバムでは、アコースティック・ギターを弾いてますけど、プレイヤーとしては?

平岡:下手だなーって思いましたねぇ…。ほーーーんとに下手クソだなって(笑)。最近、イベントに出たり、テレビを見たりしてると、腹が立つの。みんな上手いから。“なんだよ、チクショー!”って(笑)。

――いじけてますね(笑)。

平岡:いじけたくもなりますよ。みんな上手いんだもん。器用だなって。基本そんなに難しいことをやっていないんですけどね。ストロークでリズムを刻んだり、簡単に指弾きしていたりするぐらいの、出来る範囲のことだけしかしてないんですけどね。レコーディングでも別に今以上のことは求められていない…っていうか、求める人もいないので(笑)。クリックに合わせるのって難しいなって思いながらやったんですけど(笑)。それでもハードルが低いから何とか大丈夫でOKがすぐ出ちゃう。いいんじゃないかとか、まあまあ良かったとか(笑)。昔からそうですけど、レコーディングをしていて“今のいいねぇーー!!!!”みたいなテンションの高い人、誰もいないですから(笑)。

――熱い人がひとりもいない(笑)。

平岡:そうなんですよ。上げ上手、乗せ上手みたいな人は皆無(笑)。自分がコンソールルームで色々な人を見ている時、一回やってみようかなと思って“いいねぇーー!!  今の良かった! 天才っ!!!!”ってやってみたんですけど、大した反応もなく(笑)。自分の時はそんな人いないですからね(笑)。

――いずれにせよ、ギターに関しての向上心は芽生えたわけですね。

平岡:だから、レコーディングはしないといけないなって思いましたね。ライヴの感覚でやっても、クリックを聴きながらやっても、ちょうどいいタイム感を、そんなに差がなく気持ちいいところでキープしないといけないなって。

――先程、音の好みも変わってきたと言ってましたよね?

平岡:より無駄をなくそうと。一点豪華主義じゃないけど、完成型みたいなのがあるとしたら、ドラムの音の好み、ギターの音の好みはまず外せないから、そこは絶対死守して自分のイメージ通りの音にしたり。それは今回一緒にやった名越君の方が、私よりも強いので委ねていたところもあるんですけどね。でも、批判するわけじゃないけど、今の日本の音楽って、全部音が前に来すぎて、聴いててうるさいなって思うことが、時々あるんですよね。隙間がないの。奥行きとかを、想像させてもらえない音の作り方が苦しくてしょうがない。これって若くないってことかな?とも思うけど、いや…そうじゃない、自分が若い頃から聴いてきた先輩たちの音楽は、ちゃんと隙間があって、聴き手を育ててくれていたよなって。それって一番贅沢だと思うんですよ。

――そこには、余白があって、感じる力を養ってくれてましたよね。

平岡:そうなんですよ。歌詞でいうと、行間っていうものの素晴らしさとか、それは日本人には絶対に失くしてほしくないものだから。そういう意味で、楽器の好み、ギターはこういう歪み方だからこそ、次のBメロにいった時によりグッとくるんだよねって、そこに隙間があることで、また音が始まった時にキュンとなるんだよねっていう、そういうことがわかりやすく伝わるような音にしたつもりなんですよね。昔は楽しいとか出来たから嬉しいっていう気持ちが先走って、後で聴くとちょっとやり過ぎたかなとか、別のアプローチがあったかなって悔みがちだったんですけど、今は悔み方が違うっていうか。むしろ、ここまでいけるんだったらこうすれば良かったって、前向きな感じで学習できるようになったんですよ。その研究結果がちゃんと出ているから、それがすごく嬉しくて。もし20代ぐらいの人たちがこのアルバムをたまたま聴いた時に、もしかすると物足りないと思う人がいるかもしれない。だけど、なぜ物足りないのかって考えてもらえれば作った甲斐もあったなと。

■英語で歌えて、軽めに心の変化を伝えられるのはいいかなって

――今作では「Feeling」と「A jelly sky is blue」で、初めて英語詞に挑戦してますね。

平岡:メロディが出来ながら歌詞を書く時は、日本語。曲だけ出来てしまった時、デタラメ英語で作ってたりする場合は英詞という感じで。デタラメ英語を日本語にすると、ものすごく陳腐な感じになってノリも変わるし。だったら英語だろってことで、今回は英詞で歌っているんですよ。でも、この何年間はずっと英詞で出来るんだったら、英詞でいいなとは思ってたんですよね。さっきも言いましたけど、せっかくの曲が日本語が入ることで冷めるというか、ノリが変わったりするのが嫌だなって。だから過去に曲のテイストを崩したくないから英詞をつけたいなって思ったことは何度もあったんですけど、英語はしゃべれないし、翻訳機にかけて無理やりくっつけたりしても、意味が通じなかったりして。それで英語ができる人に頼みたいって思ってたんですね。で、「Feeling」はCurly Giraffeさんの歌詞を書いているGenie Clashさんにお願いしました。プライベートで逢ったりした時に、Curly Giraffeのこの歌詞が好きだとかっていう、自分の好みを伝えたりして、それをうまく形にしてくれたんです。

――あの歌詞の中で“The end doesn’t come in the world that i make(=アタシが作る世界に終わりなんて来ないの)”ってフレーズがあるけど、そこがグッときたというか。それってまさに平岡恵子が今回音楽と対峙した時に、それはわかっていたけれど、改めて確認できたことだったんじゃないかなと思ったんですよね。

平岡:うんうん。Genie Clashさんに、歌詞を書いてもらう前に“そろそろ作ろうかなと思うけど”って話したら、“あなたはやるべき。そう思っているんならやった方がいいよ”って言ってくれたんですね。要するに“作り始めるのは正直しんどいから、だからって逃げるな”っていう……言葉にすると恥ずかしいけど、メッセージっていうか、そういうものなのかなって、最初に英詞をいただいた時にそう思ったんです。あれこれ考えてもしょうがない、出来ることをやるしかないって。それを始めたら、“やっぱり好きだってわかるでしょ?”ってことなんだなと。一人じゃなくて、もう一人傍らにいて、でもそれは、名越君というパートナーなのか、もしかしたら、音楽をやるっていうもう一人の自分なのかもしれないって思った時に、これは日本語で説明しちゃうと相当重くなるなって。それを英語で歌えて、軽めに心の変化を伝えられるのはいいかなって思いましたね。

――同じく英詞の「A jelly sky is blue」は?

平岡:この「A jelly sky is blue」は、トリマトリシカの頃から出来てたんですよね。トリマトリシカでやってもいいかなと思ったんだけど、なぜか一人で演奏している姿しか見えてこなくて。それでソロの曲にしたんですけど。で、歌詞は戸田和雅子さんにお願いしたんですね。彼女の歌も知っていたし、彼女が英語できるのも知ってたし。“このメロディには彼女の世界観が合うかも!”って思って、ほぼ全面おまかせでお願いしたんですよね。それでこの歌詞があがってきて、いや〜ヤラれたなぁって。私のデタラメ英語のデタラメ感をキープして書くとそうなったっていうか。歌詞の意味を大事にっていうよりも、響きの中から探してって組み合わせて、最終的にひとつの世界にしてくれたと思うんですね。私のデタラメ英語で歌っている感じをそのまま活かしたら、こういう風になるんだってことの実験として、すごい成功した曲だと思ってます。

■“出そうと思っても出るもんじゃないんだ、大人の色香っていうのは。恋愛がどうとかじゃないんだな”って、やっとわかった(笑)

――ところで、ご自身の歌に関してはどう感じてます?

平岡:歳、食ったなぁって(笑)。

――あはははは。

平岡:昔の「あなたは海の底」とか「青いトゲ」みたいなギョ〜エ――!!!!ってシャウトする感じの歌い方って、フル120%で歌ってるんですよ。でも、このアルバムは70%で歌ってるんですよね。「望郷」のキィーーンって歌い方も、70で歌ってる。最初はフル・パワーで歌ってみたんだけど、全然よくなくて。イメージとして、泣いている感じの…んーなんて言うのかな……“あんまり見ないで、でも、すごく叫びたいんだけど”っていう感じを出すには、70ぐらいがちょうどいいんですよね。誰がいようと関係なく、感情を剥き出しにしているんじゃなくて、どうしようもなく切ないっていう感じで歌った方がいいねってことになって。それで歌ってみたら、不思議にその匂いが出てきた。20代では絶対に辿り着けなかったなって。

――やみくもにシャウトすればいいってもんじゃないですからね。

平岡:そうそう。叫びって、ただ叫ぶことかと思っていたけど、叫ばないことが叫びになるんだなって、大発見でしたね。そういうことだったんだって。私はちょっと勘違いしてました。

――もちろん、ヴォーカリストとしての経験値や年齢もあるんでしょうけど、たぶん、そういうことが功を奏したんでしょうね。ほのかな色香をヴォーカルから感じましたよ。

平岡:あらっ……(爆笑)。

――(笑)ええ。サウンドも含め、大人なアルバムだと思ったというのもあるんですけど。そういう意味でも、声に色香が出るのも当然かなと思いますね。平岡:いやいやいやいやいや……ありがとうございます(笑)。
――程良くほのかにいい匂いがしてくるなって。

平岡:あああああ…なるほど。旦那と一緒に制作しているでしょ。そこは全く色気云々なんて必要ない現場なわけですよ。下心はゼロ。むしろケツ掻きながら、早くしてよっていうぐらいの現場なわけじゃないですか。それなのに若い頃にちょっと色気づいて、女っぽいところを出そうかと思っている時には、絶対に出せないものなんですよね。そこも大発見で。“出そうと思っても出るもんじゃないんだ、大人の色香っていうのは。恋愛がどうとかじゃないんだな”って、やっとわかりましたね、これかって(笑)。

――ということは、自分でもそれは感じてたんですね?

平岡:ちょっと…(笑)。私が一番、楽しみであり、不安だったのが、歌録りだったんですよ。8年間あいてたわけでしょ。20代以降の歌をちゃんと録ってないわけだから。トリマトリシカは、楽器に近い感じで歌ってましたから。だから今回は久しぶりで、大丈夫かなって思ってたんですよ。まずマイク選びから大変で。

――自分の今の声に合うマイク選びですね。

平岡:そうなんです。最近は低い声が出てきたというか、上が少し擦れてきて、そのまた上も出るには出るんだけど、あえて出さないくらいが、いい塩梅にまとまっているって感じを、どのマイクで表現できるだろうかとか。それが実験的でもあり、不安でもあったんだけど。やっぱり何度かマイクを変えたり、歌い直した曲も実際に何曲かあったし。無理なく歌っているものを録れるマイクでやりたくて。気張って録るんじゃなくて、フラットな状態で普通に綺麗にっていう、そういう録り方をしてみたら、“私もちょっと大人になったかな”っていう、色香なのか何なのかわからないけど(笑)。恥ずかしいけど、そういうことを感じたりしましたね。

――不安はあったけれど、声帯が変化することも楽しみつつ…。

平岡:体ですしね、何かが劣化した分、味わいが出てくるんじゃないか?って、そういう楽しみはありましたけど。私ね、声質じゃなくて押し出しがそんなに強くないけど、どこかそこに色気を感じたりするようなヴォーカリストが好きなんですね。もしかすると、自分もそうなりたかったのかなって。10年ぐらい前から好きなのは、ロバート・ワイアットの声とか。すごく母性本能をくすぐられる声っていうのかな…んーどこか物悲しいというか…ちょっとセンチメンタルというか、懐かしいというか、郷愁感というか、普段はそう見えない、立派な大人だったりするんだけど、聴いた瞬間にこの人、どうしても埋まらない穴があるんだなって、だから歌っているだろうなって思わせてくれるような声質が好きなんですよね。

――それってまさに平岡さんの持っている感覚と似てますね。何かいつもワンピース足りない、何かを探して、何かを常に求めてる感じが……。

平岡:あああああ…ありますね、私にもそういうとこ。

――だから「望郷」みたいな詞が生まれるんじゃないかなと。

平岡:我ながら、あれは一番表現したかった、自分に足りないところだったと思います。今までさんざん足りない、足りない、足りないって歌ってきたけど、一番足りないのはココだったのかって思った曲だったから。正直言えば。この曲は、もっと歳をとってからでも良かったのかなとも思ったんですけどね。以前に作っておきっぱなしにしていたこの曲の断片を想い出して、今回形にしたんですよ。たまたま実家に帰って、私の父方の祖父の話を聞いたりする中で書きたいことがまとまっていったというか。大人になるってことは、もしかすると寂しさの純度が増すんじゃないかなって。そこが人の儚くて尊くて素敵なところだなと思ったんですね。それは自分が関わっているほとんどの人が感じていることなんだなって思った時から、自分の父親の背中から滲み出てくる純粋な寂しさや孤独感を感じるようになったんです。この人は強いのか弱いのかわからないけど、寂しいんだろうなって。それを感じたのは血のつながりってこともあるんだけど、自分もそっちに近づいてるんだろうなって思って。それが最初の話じゃないですけど、いい大人がいるっていうことに繋がってくるというか。強がらない、強がっても滲み出てきちゃう、それがダメな感じっていうのかな。そういうのを見てすごくいい経験させてもらえてるなって。だから、そういうことの集大成みたいな歌を歌いたいと思ったんです。何かしら共有できる同じ心の景色なり、大人になるってこうなのかな?っていうことを今の私が捉えて描いたのが「望郷」だったんですよね。

――その「望郷」でこのアルバムが終わるっていう曲順が、作品をグッと締めたなと思いますね。

平岡:そうなんですよ。締めにいいんですよ、「望郷」は。最初から、この曲をアルバムの最後にしたかったんですね。一人でグッと噛みしめながら聴く曲だなって。例えるなら、映画のラストシーンで流れているっていう、そんなイメージ。作品としては色々な要素があるんだけど、人生というのはこういう風に受け入れ始めるというか、振り返ったりするというか、だからどうしても「望郷」は最後にしたかったんです。“ああ…観たね、映画を…”っていうような。“ああ…読んだね、この本を…”っていうような。そんな感じにしたかったんですよね。

――『25』というアルバム・タイトルの意味は?

平岡:それはもう後付けなんですけど(笑)。人間の一日の体内時間って24時間じゃなくて、25時間だと言われているってところからきてるんですけど。体内時計のサイクルに1時間ズレがあるのが不思議だなと。ま、そんなに正直たいした理由はないんですよ。なんとなく“25”って数字がいいなと思えたし。タイトルつけるのは得意じゃないですしね。あとは「25」って曲のタイトルをそのままつけたっていう感じで(笑)。

――最後にこの『25』は、平岡恵子にとってどういう意味合いを持つアルバムになりそうですか?

平岡:自分にとって、30代の記念でもあるし…なんだろ…。あっ、やっぱ、あれだな。“だいぶまとまってきたね”っていうことですかね。自分のやりたいこととか、40代に向けてやりたい方向性がだいぶ決まってきたから、これを軸にまたちょっと新しいものを作っていければっていう。だから、このアルバムは、自分の中の軸になった作品ですね。ここからどっちにでもいけるよねって。「Feeling」みたいな世界観をもっと追求するか。もしくは「望郷」のようなとても情感がある、そういう景色の見えてくるものを追求するか。そういうものが私の中には両面あるんだなってことを確認できたから。どちらを追求しても迷わない。とりあえず、この『25』があるから、わからなくなったらここに1回戻ってくればいいっていう、今後の指針になったアルバムですね。

取材・文●大畑幸子

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◆LIVE INFORMATION
<平岡恵子ワンマンライブ "25" Release Party>
2009年12月11日(金) open 18:30 / start 19:30
会場:下北沢 440
チケット:前売 ¥2,500 /当日 ¥3,000(1ドリンク別)
チケットぴあ Pコード:340-101/ローソンチケット Lコード:70701/イープラス

2009年12月24日(木) open 19:00 / start 19:30
会場:広島 LIVE Cafe Jive
チケット:前売 ¥2,500 /当日 ¥3,000(1ドリンク別)
チケット発売日:11月28日(土)〜
[問]広島LIVE Cafe Jive 082-246-2949 / 広島クラブクアトロ 082-542-2280

<インストアイベント>
2009年12月17日(木) start 19:00
会場:HMV渋谷
参加方法:観覧フリー(イベント参加券をお持ちのお客様優先入場)。ご予約の方優先で、対象店舗にて11/25発売のイベント対象商品『25』をご購入頂いたお客様に、先着でイベント参加券をお渡し致します。
※イベント当日、イベント参加券をお持ちのお客様は、イベントスペースへの優先入場のほか、サイン会にもご参加頂けます。平岡恵子の『プライベートルームLIVE DVD』にその場でサインを入れてプレゼントします。
対象店舗:HMV渋谷/新宿タカシマヤタイムズスクエア/ルミネエスト新宿

◆平岡恵子オフィシャルサイト
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