その3:コード進行から見るアレンジ
音楽を聴いたときの印象を大きく左右するのがアレンジだ。メロディなどの基本的な要素が同じでも、アレンジによってまったく違ったジャンルの楽曲に仕上げることだって可能なのだ。これまで取り上げてきたリズムや使用楽器、音色といった要素もアレンジにとって重要な要素だが、もうひとつ重要なのが、今回取り上げるコード、つまりメロディに対して伴奏を組み立てていく和音だ。テンションという緊張感ある不協和音を使ったコードが出てくるとジャズっぽくなるし、メジャー・マイナーを決定する3度の音程を抜いたパワーコードを使うとハードロックっぽくなるなど、使うコードでジャンルのイメージが決まってくることがある。今回は、I'veサウンドではどんなコードがどのように使われているのかを探ってみよう。
・使われているコード
I'veの手がけた主なシングル作品を聴いてみると、使われているコードも実にシンプルであることが多い。代表的な曲のコード進行はこんな感じだ。
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■KOTOKO「CherCher」
サビ F-C-Dm-C-B♭-F-Gm-C-F
■KOTOKO「ハヤテのごとく!」
歌の始めの部分 F-B♭-F-B♭-Dm-B♭-C-B♭
サビ B♭-C-Dm-Dm-B♭-C-F-F
■KOTOKO「きれいな旋律」
歌の始めの部分 G-D-Em-Bm-C-Cm-Am-D
サビ B♭-F-Gm-Dm-E♭-B♭-Cm-F
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もちろんすべてがこういったパターンばかりではないが、I'veサウンドといってすぐに思い浮かぶ、明るくてきらびやか、軽快な楽曲の多くは、こんなコード進行で構成されていることが多いのだ。
これらの進行を見てまず気づくのは、トライアドと呼ばれる基本三和音だけで構成されているということだ。ほとんどがメジャー・マイナーのトライアドだけで、ポップスでよく使われるような7thやsus4などのコードですらほとんど使われていない。また、通常は基本となるコードがシンプルでも、そのコードの構成音から外れた音を演奏する楽器がある場合も多いが、I'veの楽曲ではそれもほとんどなく、コードをきっちり守っている。
最近のJ-ポップでは、曲調にかかわらず、ジャズ、ロック、ボサノバなどあらゆるジャンルのコードが使われていて、複雑に組み立てられていることが多いのだが、コードから見てもI'veサウンドは実にシンプルだ。不協和音の入ったジャジーなテンションのコードは、緊張感を生み出すなどして、曲の中で変化をつけるには役立つのだが、リスナーが曲の流れをつかみそこなう危険もある。また、余計な音のないシンプルなコードは耳障りにならず、もっとも美しく響くものだ。こういったコードを使って曲がスムースに流れるようにしているのが、ヴォーカルを重視するI'veサウンドのこだわりなのかもしれない。
・シンプルな循環コード進行 使われているコードもシンプルだが、それを組み合わせたコード進行も実にシンプルに構成されている。楽典を少しかじったことのある人ならわかるだろうが、出てくるコードはそのほとんどが、曲のキーとなるコードと関連が深いコードばかりなのだ。だからコード進行は、よく使われるシンプルな循環コードになっている。そして、ほとんどの曲で、きっちり1小節でコードチェンジとなっている。同じコードを長く続けて使ったり、小節中で頻繁にコードチェンジしたりといったことはなく、ほとんどのコードが1小節単位で使われているのだ。こういった構成なので、意外性はあまりないかもしれない。しかし、これによって曲はもっとも自然でスムースに流れていく。 流れをさらにスムースにしているのがベースラインだ。コードの動きとは離れて、ベースだけが1音ずつ上昇、または下降するパターンも多いのだ。たとえば「Chercher」ではコード進行がF/C/Dm/C...となっているのに対して、ベースはF/E/D/C...と1音ずつ下降する進行になっている。同様に「ハヤテのごとく!」ではB♭から1音ずつ上昇、「覚えてていいよ」ではDから下降と、同様のパターンは多用されている。ベースをこのような進行にすると、コードが変わっても、伴奏全体が離れた音程に移動していないような印象が出てくる。つまりこれも、曲の流れをスムースにするためのアレンジのひとつだろう。 こうして見てくると、I'veサウンドのコードも進行もきわめてシンプルだ。ともすれば平板でつまらない楽曲になってしまいそうだが、そうはなっていない。逆に、これだけシンプルな作りなのに、バリエーション豊かな楽曲を多数創り出しているのが驚きだ。それはもちろん、どの曲もよく練り上げられてアレンジされているからだ。伴奏のメインとなるシンセも実は複数重ねることで微妙な音色を作っていたり、変化をつける別の音色が絶妙なタイミングで入ってきたりと、シンプルに聞こえる伴奏でも細かい工夫が随所に施され、緻密に計算されているのだろう。こういったアレンジが、全体をスムースに流れさせ、歌姫たちのヴォーカルを最大限に美しく際立たせる鍵になっているのだ。 text by 田澤 仁 |