ニュース・最新情報
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yanokami、ワンマンライブ開催を発表「rei harakamiと作った音を聞いてくれ」
矢野顕子とrei harakamiによるユニットyanokamiが、ワンマンライブ<yanokami indoor festival>を開催する。
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矢野顕子オーガナイザーによる<TOKYO M.A.P.S>、豪華出演者が出演
▲松本淳一▲原田郁子▲大貫妙子▲Ovall▲細美武士▲yanokami▲大橋トリオ▲世武裕子▲宮沢和史▲レキシ▲鈴木慶一▲矢野顕子2012年5月3日(木・祝)・5月4日(金・祝)のゴールデンウィークの2日間、2012年で5回目となるフリーライブイベント<J-WAVE & Roppongi Hills present TOKYO M.A.P.S>が開催された。
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レイ・ハラカミ、死去
7月27日、レイ・ハラカミが脳出血のため亡くなった。
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<ARABAKI ROCK FEST.11>出演アーティスト発表、なんと子供ばんども
2011年4月29日(金・祝)、30日(土)にみちのく公園北地区エコキャンプみちのくにて開催される<ARABAKI ROCK FEST.11>の、出演アーティストが発表された。
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yanokami、マイスペースでアルバムを全曲フル試聴
矢野顕子とrei harakamiによるスペシャル・プロジェクトyanokami。
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矢野顕子×rei harakamiのyanokami、新アルバムから楽曲限定配信中!
Myspaceを自身の音楽配信の場として使うアーティストは結構いる。
プロフィール・バイオグラフィ・リンク
矢野顕子とレイ・ハラカミのユニット。
2003 年、くるりの作品『ワールズエンド・スーパーノヴァ』に収録されている「ばらの花」(remixed by REI HARAKAMI)を聴いた矢野顕子はレイ・ハラカミの才能を知る。一方、レイ・ハラカミは矢野顕子の音楽をそのデビューアルバムから熟知し、深く敬愛していた。そんな彼らの交流は、2003 年の 「さとがえるコンサート」の為に、矢野顕子がレイ・ハラカミにトラック制作を依頼した事からスタートした。2004 年夏のコンサートには、二人の共演が実現し、2006 年のサマー・フェスティバルでは、お互いのゲストとしてパフォーマンスを披露した。
一方、2003 年から、静かに続けられていたデータのやり取りで彼らの音楽は、着実に形を表し、NY と京都で作られた作品は、東京にてミックスされ、さらなる進化を遂げた。
2007 年4 月には『細野晴臣トリビュート・アルバム-Tribute to Haruomi Hosono-』に”恋は桃色”のカバーで参加し、初めてyanokami として待望のデビューを飾る。NY と京都という距離を越え、お互いの音楽を、たっぷりと味わうように制作した4年の月日は、音楽の為だけに存在した、まさに有機的なプロセスだった。その成果は、2007年8月8日に、レイ・ハラカミのプロデュースによりデビューアルバム『yanokami』として結実。この作品は、2007年のYahoo!ミュージックアワードの2007ベストコラボレーション部門 の最優秀賞を獲得した。2008年3月『yanokami』の英語版アルバム『yanokamick』のリリース。そしてシンガポールでの国際的ミュージックフェスティバル「MOSAIC MUSIC FESTIVAL 2008」に出演し、好評を博す。
2年間の沈黙を破り、2010年夏「SETSTOCK’10」「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2010 in EZO」 に出演。
2011年12月14日、デビューアルバムの世界をさらにポップへと昇華させた、2ndアルバム『遠くは近い』を発表。オリジナル曲をはじめ、荒井由実、オフコース、ローリング・ストーンズなど数々の名曲をカバーした全9曲を収録している。さらに、このアルバムのためにレイ・ハラカミが制作したトラックをzAkがミックス・ダウンした至高のインストゥルメンタル・アルバム『遠くは近い -reprise- 』を同時リリースした。
2003 年、くるりの作品『ワールズエンド・スーパーノヴァ』に収録されている「ばらの花」(remixed by REI HARAKAMI)を聴いた矢野顕子はレイ・ハラカミの才能を知る。一方、レイ・ハラカミは矢野顕子の音楽をそのデビューアルバムから熟知し、深く敬愛していた。そんな彼らの交流は、2003 年の 「さとがえるコンサート」の為に、矢野顕子がレイ・ハラカミにトラック制作を依頼した事からスタートした。2004 年夏のコンサートには、二人の共演が実現し、2006 年のサマー・フェスティバルでは、お互いのゲストとしてパフォーマンスを披露した。
一方、2003 年から、静かに続けられていたデータのやり取りで彼らの音楽は、着実に形を表し、NY と京都で作られた作品は、東京にてミックスされ、さらなる進化を遂げた。
2007 年4 月には『細野晴臣トリビュート・アルバム-Tribute to Haruomi Hosono-』に”恋は桃色”のカバーで参加し、初めてyanokami として待望のデビューを飾る。NY と京都という距離を越え、お互いの音楽を、たっぷりと味わうように制作した4年の月日は、音楽の為だけに存在した、まさに有機的なプロセスだった。その成果は、2007年8月8日に、レイ・ハラカミのプロデュースによりデビューアルバム『yanokami』として結実。この作品は、2007年のYahoo!ミュージックアワードの2007ベストコラボレーション部門 の最優秀賞を獲得した。2008年3月『yanokami』の英語版アルバム『yanokamick』のリリース。そしてシンガポールでの国際的ミュージックフェスティバル「MOSAIC MUSIC FESTIVAL 2008」に出演し、好評を博す。
2年間の沈黙を破り、2010年夏「SETSTOCK’10」「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2010 in EZO」 に出演。
2011年12月14日、デビューアルバムの世界をさらにポップへと昇華させた、2ndアルバム『遠くは近い』を発表。オリジナル曲をはじめ、荒井由実、オフコース、ローリング・ストーンズなど数々の名曲をカバーした全9曲を収録している。さらに、このアルバムのためにレイ・ハラカミが制作したトラックをzAkがミックス・ダウンした至高のインストゥルメンタル・アルバム『遠くは近い -reprise- 』を同時リリースした。